第4話 最終章

 その年の冬は、普段の年と平均気温はあまり変わりがなかったと言われているが、そのわりに積雪の多い年だった。田舎町の積雪は相変わらずだが、都会は普段からあまり降ることのない雪に、都心として機能をマヒさせるだけに十分なだけのパニックを引き起こした時が多かった。

 そろそろ梅の季節も終わり、桜が気になる時期になってきたが、梅は普通に咲いたのに、さくらはなかなか開こうとしない。

 海が見える小高い丘、そこに一人の女性が参っていた。彼女の後ろ姿は哀愁に溢れている。

「どうして私だけが残っちゃったの?」

 そう言いながら、墓前に手を合わせている。墓は本当に新しく、ここ数年くらいのものだった。

「ここまで一緒にいたのにね。私だけが残っちゃうなんて、想像もしなかったわ。でも、あなたがそれで納得しているのなら、私は何も言わないけど、本当に納得しているの?」

 そう言いながら、彼女は隣の墓石にも一瞥した。

「あなたが望んでいると思ったからここに墓を持ってきたんだけど、でもね、本当はそこでいいのかしら? 隣には誰も眠っていないのよ」

 彼女は、二つの墓を見比べながら、今までのことを回想し始めた。

「本当はこの回想は、私じゃなくって、あなたがすることなのにね」

 と言いながら、彼女は思わず吹き出していた。

「さっきから私、あなたに対して『本当に』という言葉を連発しているわね。思わず吹き出しちゃったわ。でも、本当にって言いたいのよ。ひょっとすると、あなたの求めている真実が、私には一つだったのかどうか、それが不思議なの。だから、『本当に』という言葉であなたに問いかけているの。ごめんなさいね」

 と、言って謝った。しかしすぐに、

「これもあなたが最後になって私を一人にしてしまったバツよ。と言って、あなた一人にその責任を負わせるのは気の毒よね。その代償は、私が今払っているから、安心して眠るといいわ」

 墓石に水を掛けてあげている。

 その女性の髪は半分白くなっていて、ストレートな髪に見えるが、近くまで来ると、毛先が縮れている。前からではないように思えるのは、最近になって気苦労が多いからだろう。

 墓石の前で、

「どうして私だけが残っちゃったの?」

 と言ったその言葉が、彼女の気苦労を想像させられた。今までずっと一緒に寄り添うように生きてきた相手と死に別れたのだ。彼女にどれだけのものが残ったのか分からないが、少なくとも、今の彼女は彼の死を受け入れられるだけの納得できるものを持っていないということを示している。

 彼女の背中は震えている。泣いているのだろうか?

 いや、泣いているのではない。小刻みな震えは、寸分狂いのない震えで、ここまで小刻みな震えで寸分狂いがないということは、感情から伝わった身体の反応ではなく、無意識の中で勝手に身体が反応していることではないか。つまり、彼女には震えているという意識がないに違いない。


 彼女は櫻井麻衣だった。

 茂とずっと一緒にいたが、結婚することはなかった。だが、なぜか昨年になって、

「結婚しようか?」

 と、言いだしたのは茂の方だった。

「今さら?」

 麻衣もまんざらではないくせに、一応聞いてみた。

「ああ、今俺がそう思ったんだ。本当は今までに結婚したいと思ったこともあったんだが、言えなかった。いや、言わなかったと言ってもいい。結婚してしまうと、何か大きなものを失ってしまう気がしたんだ」

「今は違うの?」

「失うかも知れないけど、それ以上に、『もうそろそろ自分の感情に正直になってもいいんじゃないか』って思うようになったんだよ。これって素直になったということでいいのかな?」

 麻衣は、少し返事のタイミングをずらし、

「いいんじゃないかしら?」

 と答えた。

 他の人から見れば他人事のように聞こえるが、茂には決して他人事に思えない。

「ありがとう」

 今までに何度かしか言ったことのない言葉だった。それだけに尊い言葉だ。麻衣にとってこれほど嬉しい言葉はなかった。

「うん」

 一言で返事をしたが、この言葉も一言で言い表せるものではないいくつかの言葉を表現するには、一番的確だったに違いない。


 茂が死んで半年が経った。麻衣は毎日のように茂の墓にお参りをしている。早朝の時もあるし、夕方の時もある。茂が樹里の墓を毎日参っていたのは知っていた。そしてそれが夕方であることも……。そのために、

「会ってはいけない二人」

 が出会うことはなかった。

 会ってはいけない二人とは、茂と由梨のことであった。

 茂は、由梨が樹里に似ていることを知っていた。一時期、松倉家の様子を毎日のように垣間見に行っていたのを麻衣は知っていた。知っていて、別に何も言わなかった。注意したとしても、茂がやめるとは思わなかったし、やめたとしても、茂の性格から考えれば、自分の中に籠ってしまい、精神だけではなく、身体まで壊してしまう恐れを感じていたからだ。垣間見ると言っても決して自分が表に出ることはない。表に出てしまうと、二度と由梨の前に出ることができなくなることを分かっているからだ。

 茂にとっては会いたいが会ってはいけないという意識は、自戒の念でもあった。樹里が自らこの街を離れたということを麻衣から聞かされてはいたが、もし子供の頃、最後に会った時、樹里を止めることもできたはずだ。

 茂には樹里の覚悟が分かっていた。止めても無駄だということが分かっていたくせに止められなかったことを後悔している。矛盾した考えではあるが、止めようとする気持ちに自分の勇気がついてこなかったことで、樹里と最後のお話ができなかったこと。そして、彼女が言うわけはないと思うが、確認しようと思えばできたはずの真実を確かめようとしなかった自分への自戒の念である。

 そのせいで、茂はずっとまわりから浮いてしまった。それを悔やんでいるわけではない。すべてにおいて、引っ込み思案になってしまい、麻衣に対しても終始そうだった。だが、麻衣はそれでもよかった。むしろそんな茂だから、ずっと一緒にいようと心に決めたのだ。

 それなのに、茂は自分の中にあったはずの「禁」を破ってしまった。

「もう、ここらでいいだろう」

 とでも思ったのだろうか? それとも自分の運命を悟ってしまったのだろうか。茂は由梨と出会ってしまったのだ。

 最初から、由梨を愛してしまったわけではないはずだ。いくら同じ顔をしていると言っても、違う人間なのだ。それを分かっていて、茂は由梨と出会った。

 茂が出会うには簡単なことだった。

 いつも早朝にしている墓参りを、夕方にもするだけのことだった。それでも、早朝の墓参りを欠かすことはなかった。生きている証の半分を墓参りだと思っていた茂である。そして残りの半分は麻衣の存在である。茂は麻衣と一緒に生きていく気持ちを固めた時のことを、ずっと忘れないでいた。

「まるで一日が二日になったような気がするな」

 時間がゆっくり流れるわけでもない。逆に毎日早く感じられるくらいだった。

「最近、一日が長いと思うんだけど、一週間経ってみれば、一日一日があっという間だった気がするんだ」

 茂が死ぬ半年くらい前になって麻衣に話した言葉だった。

「年を取った証拠じゃないんですか?」

 麻衣はあまり気にすることなく、茂に答えた。麻衣は、いつまでも茂と自分が若い時に出会ったあの時のままだという意識があった。それなのに、

「年を取った」

 と言ったのは、

「老いた」

 という意味ではなく、

「素敵に年齢を重ねた」

 という意識があるので、茂に答えた表現は、悪い意味ではなく、むしろいい意味での答えだったのだ。

「そういえば、私、夢の続きを見ることができないって話をしたことがありましたよね?」

「そうだね、僕と意見が少し違っていたんだっけ?」

「ええ、でも、最近は夢の続きも見れるんじゃないかって思うようになったんです。実際に続きだと思える夢を見た意識が、目が覚めた時にあったんです」

「しっかりとした意識でかい?」

「夢のような漠然としたものに、しっかりとした意識なんて求めてはいけないんですよ。私はそれを求めようとしたので、夢の続きなど見れるはずはないと思っていたんですよ。何かの呪縛に掛かったのかも知れないって今は思っています」

「僕の意見も参考になっているのかな?」

「なってないと思います。私が考えているのは、しっかりとした意識があるわけではないんですよ。それだけに人の意見に左右されるというのは、却って考えが曖昧になってしまいますからね」

 と麻衣は答えた。

「君の夢の続きというのは、そんな夢なんだろうね。僕が出てくる夢だったりするのかな?」

「どうしても夢は曖昧なので、あなたが出てくるかどうかまでは分かりません。でも、怖い夢のような気がして仕方がないんです。少なくとも、『続きを見たい』と思って見ていた夢ではありませんでした」

「見たくない夢を、しかも途中から見るというのは、これ以上怖いことはないのかも知れないね。君が前に、僕に対して『夢の続きを見ることはできない』と言ったのは、本当は、

『夢の続きを見たくない』という言葉が裏に含まれていたのかも知れないね」

 と、茂がいうと、

「まさしくその通り、今なら私は何が怖い夢なのかって、分かる気がするわ」

「どういうことだい?」

「それは、自分の思った通りにならない夢ほど、怖い夢はないということじゃないのかしら? でも、逆に思っている通りにすべてが進むのも、却って怖い気もするわ。思い通りにならない夢が一番怖い夢、思い通りにしかならない夢が、二番目に怖い夢、そんなところじゃないかしら」

 茂には樹里が何を言いたいのか分からなかった。

 本当は、自分が夢の中に出てきていて、茂が自分の思い通りにならないことで、怖いと思っているのかも知れないと感じた。

「私、茂さんの夢を時々見るんだけど、意外と怖い夢の時が多いのよ」

 と言って、笑ってみせたことがあったが、それは、麻衣の夢の中で、茂はすべて思い通りになるという、「二番目に怖い夢」の主人公になっているからなのかも知れないと、その時感じた。

 麻衣はこの時、自分が見た夢を茂にどうしても話すことができなかった。その時にはまだ茂は由梨に近づいていたわけではなかったからだ。その時の夢は今から思えば正夢だった。ただ、その結果茂が死ぬなどということはまったくの想定外だったからである。

――夢の続きを見ることができると言っても、最後まで見れるわけではない。見ているのかも知れないけど、最後に忘れてしまっていれば同じことなんだわ――

 と麻衣は感じていた。

 敢えて茂に話さなかったことが、茂の死を招いたことになるとは思えない。このことを話していたとしても、まず信用してもらえないだろうし、

「麻衣は心配性だな」

 という言葉で、一蹴されるかのどちらかだったからだ。

 その時見た麻衣の夢は、茂が由梨と出会って、仲良くなっていた。仲良くなる過程を夢で見ることはなかったが、肝心なのは、由梨と一緒に出掛けて、そのまま帰らぬ人になってしまったということである。

 そう、茂は由梨と出会って、時々二人で会い、食事をしたりしていた。

 茂は、由梨に自分のことを話しはしていたであろうが、樹里のことを口に出すことはしなかったと思う。

 由梨の方はどうだったのだろう?

 自分にとっては「知らないおじさん」のはずの茂と、そう簡単に仲良くなるとは考えられない。誰が見ても、由梨は知らない人を簡単に信じるような女性ではない。由梨のような純粋な女性ほど、人を疑ってかかる。そのことを茂も重々分かっていたはずだ。

 茂が不思議に思っていたのは、

「どうして由梨が、樹里の墓参りを、毎日欠かさず行っているか」

 ということである。それもまわりに隠れるようにして、毎日欠かさずの墓参りである。茂にも、他の誰にも由梨の心根は分からなかった。

 隠れて墓参りをしているのを、由梨は誰も死rないと思っていたようだが、もし、そのことをSってい人が敦美であれば、他に誰も知る人はいないだろう。しかし、逆に敦美以外の誰かが知ったのだとすれば、由梨が墓参りをしていることを知る人は、全員となるに違いない。

――松倉家で、敦美だけ別の存在なのだ――

 と茂は感じていた。

 それは樹里に対してだけのことでなく、敦美だけが、他の人たちと一線を画そうという意識を持っているようだ。

「私は樹里の生まれ変わりではないだろうか?」

 という思いであったり、

「私の中に流れている血は、誰よりも松倉家の本質に近く、そのせいで、由梨が姉に生き写しで生まれ変わったんだわ」

 という、どんなに自分が松倉家の旧家としての運命から逃れようとしても逃れることができないことを「呪縛」が存在しているのかも知れない。その呪縛は、誰から教わったものではなく、事実として目の当たりにしてしまったことで、拭い去れるものではない。特に自分が何事も客観的に見る性格であったとすれば、余計に辛く悲しい運命を感じさせられる。

 由梨はそんな敦美から生まれた。敦美は由梨を見て、自分の辛く悲しい運命を思い知らされたのだろうが、潜在意識としては当然どこかに持っていたに違いない。だが、敦美はそれまで自分の姉である樹里を見たことがない。仏壇に遺影を飾っているわけではない。それはまだ両親が樹里の死を信じられないからなのか、それとも、死んだのかどうなのか分からない人の遺影を仏壇に飾ることは厳禁だと思ったのか、さすがに葬儀の時だけは姉の遺影を飾ったらしいが、まだ生まれてきてもいない敦美に確認できるはずもない。

 だが、敦美は由梨が生まれてからその顔を見た時、

「私、初めて子供を産んだのに」

 と、まるで初産ではなかったかのような不思議な感覚があったのだが、それも出産という一大イベントの前ですぐに打ち消されたことで、忘れていた。数年経って、姉の存在を知らされ、そして、その姉に由梨がソックリであるということの両方を知らされたことで、

――どうして、もっと早く教えてくれなかったんだろう?

 と、ちょうどその時、生まれて初めて陥った鬱状態に戸惑いを隠せない中、鬱状態の理由に考えた姉の存在という事実を知らされていなかったことを、恨みに思う敦美だったのだ。

 敦美は、母親(由梨にとっては祖母)に問い詰めたことがあった。

「どうして、姉の存在を隠す必要があったの?」

 最初は、ハッキリと教えてはくれなかった。それでも何度となくしつこく話を聞いてみると、

「あの時は、本当は誘拐などではなかったんだよ」

「それはどういうことなの?」

「お姉ちゃんは病気だったんだ。それをお姉ちゃんに知らせるには、まだ幼くて、しかもこの田舎では、その病気は伝染病のように昔から伝えられていて、まわりの人には知られるわけにはいかなかった。お姉ちゃんは、昔から伝わる、いわゆる「数百年に一度」と言われるような病気で、以前その病気が発症した時、この田舎町で半分近くの人たちが被害に遭った。このまま人に知られては、どうなるか分からないほどのパニックに陥る。そこで考えられたのが、誘拐というシナリオだったんだよ。いろいろ調べてもらったら、すぐには死ぬことはなく、きちんとした施設で治療すれば、現代の医学では治せるということだった。そこで、誘拐してもらう人をお金で雇い、そして、お姉ちゃんをここから一番近く、そして奇病を密かに治してくれる施設に預けることにした。幸い、それほど遠いところにあるわけではなかったので、すぐさま計画が立案されて、実行されたというわけなんだよ」

「その場所というのは?」

「信じられないくらい近いところで、ほら、ここの墓地がある小高い丘に昇れば見えるだろう。くじら島のことなんだよ」

「えっ? あのくじら島?」

「そうなんだよ。今はあそこには施設は残っていないけど、あの頃には確かにあそこにサナトリウムがあった」

 母親から聞かされた内容は、かなりショッキングなことだった。敦美が生まれてからですら十数年が経っているんだ。さらに姉が行方不明になったとされる時期はそこからさらに遡ることになる。それを考えると、敦美にとっては気が遠くなるほどの昔のことに違いないが、母親にしろ、当時の事件に関わった人から思えば、まだ、あの頃の自分の役割に「時効」は迎えていないことだろう。

 ひょっとすると、「時効」などという言葉は当てはまらないだろうし、そのことはそれぞれ皆自覚しながら、思い荷物を背負って、ここまで生きてきたのかも知れない。それを思うと敦美は、

――いくら知りたかったこととはいえ、聞いてしまったことを後悔するかも知れない――

 と感じた。

 それは自分も。同じように聞いてしまった瞬間から、同じ十字架を背負いながら生きていかなければならないと感じた。それは、昔から続く旧家の宿命であり、このまままわりを欺いて生きていかなければいけないのかと思ったことが、一番のショックとなって、心の中に残って行った。

 敦美は、姉が誘拐されたわけではなく、親も承認しているところに「遊びに出かけた」という感覚だったに違いない。敦美には姉が苦しんでいたわけではないということだけが安心できることだった。

 そういえば、母の話の中で、

「あなたのお姉さんは、じゃんけんが好きだったのよ。いつも何かをする時にはじゃんけんをしていたわ。『じゃんけんなんかしなくても、大丈夫よ』と言っても、あの子は『いいのよ、私がじゃんけんするのが好きなだけだから』と言って、他の人もじゃんけんに巻き込んでいったわ。お母さんはね、今から思えば、それがあの子のコミュニケーションの取り方だったんだって思うのよ。あの子は勝ち負けをしっかりつけるのが嫌いな性格だった。本当であれば、じゃんけんが好きではない性格だったんだって思うんだけど、今から思えば、あの子の本心って、どこにあったのかなって感じるのよね」

 今まで、姉のことを話すのがタブーだとされていたのだろう。

 しかし、そのうちに敦美が次第に大人になっていくにしたがって、樹里のことを知りたがるようになる。その時は、ある程度の年齢が過ぎると、話をしてあげなければいけないということになっていたのではないだろうか。

 話をするのは、その時に聞かれた人で、それぞれの意見を述べていいことにしていた。それだけ姉の事件が起こってから、時間が経っていることになるだろう。

 ただ、確率的に一番考えられるのは母親だった。母親は最初から話すことを決めていたのかも知れないが、敦美に話をした内容が、最初から決めていたことだとは言いにくい。きっと、まったく違っているのかも知れない。それは、母親にしか知る由のないことで、敦美が納得できることなのかどうなのか、今となっては分からない。


 敦美は高校を卒業するとすぐ、都会の会社に就職した。田舎を出て行くことを親は反対するかと思ったが、別に反対されることもなかった。

「家を残すために、私に婿養子を取らせるかと思ったのに、簡単に都会に出ることを許してくれるなんて」

 と、少し拍子抜けした感じで、就職したのはよかったのだが、結局は数年で、会社を辞めることになり、家に帰ってきた。

「こうなることが分かっていたみたいで、悔しいわ」

 と思い、戻って来てからは、しばらく大人しくしていた。

 すでに二十歳になっていた敦美は、その頃になると、都会に出たのは、都会への憧れではなく、この街にいたくなかったという思いが自分の中にあったことが、出戻ってくることになる一番の原因だったのだと思うようになっていた。もちろん、都会への憧れだけで出て行ったとしても、結果は同じだったかも知れないが、精神的には少し違っていたのかも知れないと思った。

――ひょっとすれば、もっとひどい精神状態になっていたかも知れない――

 とも思ったが、少なくともあれだけ嫌だった田舎が、何事もなかったように迎えてくれたことは敦美にとって幸いだった。

 ちょうど、都会から帰ってきてちょうど一年が経った頃、敦美を一人の女性が訪ねてきた。年齢的には三十代前後くらいだろうか。見覚えのないその人は、

「私は、あなたのお姉さんを知っているのよ」

 と言っていた。敦美にとってお姉さんというと、樹里しかいない。樹里のことは、重要な話を子供の頃に母親から聞かされたが、それ以外の人から聞かされたことはない。

 もっとも、母親の話では真実を知っているのは、家族と誘拐事件をでっち上げた人たちという一部の人間だけだったはず。だから、もし他の誰かから姉の話をするとすれば、それはほぼ根拠のない話になるに違いないと思っていた。

 もう、姉のことは、三十年近くも前の話で、覚えている人、知っている人すら、もうほとんど残っていないのではないかと思えるほど、時間が経っている。

 ここが、閉鎖的な街であるというゆえんは、年齢的に五十歳以上になった人は、若い人に口を挟まないというのが、伝統になっていた。だから、話をしに来るなら、当時まだ未成年だった頃の人しかいない。その頃にまだ未成年だった人がどこまで知っているかというのも、疑問である。まず、話をするにしても、経ちすぎた時間は如何ともしがたく、よほど記憶の中から消せないことがあった人しかいないだろう。そう思うと、確率的には、ありえないと言ってもいいほどだったに違いない。

 その女性は、どこか垢抜けたところがあった。だが、都会の空気を最近まで味わっていた敦美には、彼女が都会の女性ではないという思いが強く、裕福な家庭に育った品格のようなものを感じているのかも知れないと思った。その感覚は半分は合っている。彼女は確かに裕福な家庭に育ったが、それも途中までで、しかも、彼女は途中で家を出てきていたのだから、それでも垢抜けた雰囲気を感じるということは、彼女の中に身について消えない雰囲気があり、敦美にとっての「垢抜けた雰囲気」というのが、彼女の身なりや態度に現れていたに違いない。

「私は櫻井麻衣と言います。あなたのお姉さん、つまり樹里さんとは、子供の頃、仲良くしていた者です。松倉敦美さんですよね?」

「ええ、そうです」

「会えてよかった。本当はもっと早くお会いしたいと思っていたんですけど、あなたに会って、樹里さんのお話をするということは、この街ではタブーのようになっていて、しかも敦美さんがどこまで知っているかによって、話が変わってくると思ったからです」

「でも、どうして今なんですか?」

「あなたは、お母さんから、当時の真実を教えてもらっていますよね。たぶん中学生の頃だったでしょうか?」

「ええ、母親を問い詰めるような形になってしまったんです。お母さんには悪いと思いましたけど、仕方がなかったんです」

「敦美さんのお気持ちはよく分かります。で、その時お母さんから、あなたに事情を話したことを聞かされて、それ以上のことをあなたに話すのは時期尚早なので、あなたが二十歳を過ぎてから話をしてくれと頼まれました。ひょっとすると、あなたが二十歳になる頃に、私があなたに会いたいという感覚が薄れるかも知れないということと、そして、あなたが、もう今さらと思うのではないかということを計算してのことだったのかも知れないとも思うんですよ」

「そうでしょうね。私も実際は、何を今さらという感覚になっているのも事実ではありますね」

「それでも、麻衣さんがどうしても私に話したいということがあるということなんですか?」

「樹里さんや、あなたに対してというよりも、私の中でけじめをつけたいという気持ちがあるのかも知れないですね。それと、今になって、これだけは話しておきたいという気持ちが残っていたことに気が付いたというのも事実ですね」

「後になって思うことというのは、本当にあるのかも知れませんね」

「ええ、私もビックリしているんですが、私は今実は樹里さんが子供の頃に好きだった男性のところに身を寄せています。その人のことは、松倉家の人は知っていたとしても、ほとんど意識はしていないと思います。ただ、樹里ちゃんがサナトリウムにいた頃、私と会っている時、いつも口にしていたのは、その人のことでした。名前は大久保茂さんと言います。彼も、本当は樹里ちゃんのことが好きだったようで、特に行方不明になった時、一番最後に遭ったのが彼だったということで、彼の中には、大きなトラウマが残ってしまいました。私は、その気持ちが分かったんです。その時以来、私は茂さんと自分のために一緒に生きていこうと決めたんですよ」

 麻衣の話を聞いた時、

――この人のようには、私はとてもなれないわ――

 と敦美は感じた。

 まず、そう思えるほどの相手にいまだ出会っていないということ。そして、そう思ったとして、本当に自分に、麻衣のような行動が取れるかというと、まったく自信がなかったからだ。

「でも、私にはまわりにそういう環境があったというだけで、選択肢がたくさんあったわけではないのよ」

 と麻衣から言われた。

 しかし、どうしても自分と相手を比較していると、後ろ向きな考え方にしかなれない麻衣には、

「私が麻衣さんの立場になった時、どんな行動を取るかということを、想像するのも難しいです」

「それは当然のことよ。私も今から思えば、考えての行動だと思っていたことも、衝動からの行動だったと訂正しなければいけないことがたくさんあったように思えてならないの。だから、敦美さんが自分を卑下する必要はまったくないのよ」

 と言ってくれて、少し落ち着いてきた。麻衣に言われると、どこか安心してしまう自分がいることに敦美は気付いていた。しかし、それが他の人皆に通用するわけではなく、限られた人間に対してではないかと思うことで、

――私の性格は、麻衣さんに似ているような気がするわ――

 と感じていた。

 その時いろいろな話をしたのだが、一番印象に残っているのは、じゃんけんの話になった時のことだった。

「樹里ちゃんは、じゃんけんが嫌いだって言っていたわ。勝ち負けが一気に決まってしまうことがじゃんけんが嫌いな理由だっていうことだったの」

「えっ、お母さんから聞いた時は、じゃんけんが好きだったと聞かされたわよ」

 というと、麻衣も意外そうな顔になり、二人して考え込んでしまった。

「お姉ちゃんが、勝ち負けが一気に決まるのが嫌だという理由、今の私には分かる気がするわ。私ももし高校を卒業する頃までなら、そんなことを感じなかったかも知れない。でも、学校を卒業し社会人になると、考えが一気に変わって行ったわ。その中に、勝ち負けに対してというより、決まるタイミングを考えるようになったことがあるの。学生時代まではテストなどで一気に決まって、それがそのまま結果となってしまった。でも社会に出ると、一気に決まることもあるんだけど、それ以上に、その人の価値観の強さが要求されたり、小さな勝ち負けだけではなく、一つ一つの勝ち負けの累積が段階となって大きな勝ち負けに結びついて、結果がいつ出るか分からないということも少なくないの。それだけ難しいということなのかも知れないわね」

「それだけ面白いんだけど、難しさもあるということね」

「そうですね。子供の樹里ちゃんがそこまで本当に分かっていたかどうか、今となってはハッキリと分からないけど、大人になった樹里ちゃんに会ってみたいと思うようになったのは、樹里ちゃんが『じゃんけんが嫌い』と言っていたことを思い出したからだわ」

「でも、子供の頃に優れている人でも、大人になると平凡な考え方しかできない人が多いでしょう?」

「それは、きっと大人になったらまわりや、その他大勢に圧倒されたりするからなのかも知れないわね。大人になればなるほど、一人では生きられないということをいい意味でも悪い意味でも実感するものなのかも知れないわね」

「姉の場合は違うというの?」

「樹里ちゃんは、最初から自分が大人になれない。そして、生き続けることができないことを悟っていたと思うの。だから、私は、敢えてそんな樹里ちゃんが大人になった姿を見てみたいと思うのよ」

「麻衣さんが、姉のことをよく分かってくれているので、姉の存在すらずっと知らなかった私でも、麻衣さんと話をしていると、姉がそばにいてくれるようで嬉しく思います」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 と言って、二人は一息ついたが、麻衣が思い出したように、

「そういえば、私と一緒に住んでいる茂さんが、以前面白いことを言ったわ。それは、私と樹里ちゃん、そして、敦美さんの三人は、まるでじゃんけんみたいだって言っていたことがありました」

「それはどういうことなんですか?」

「じゃんけんは、三すくみのようになっていて、グーはチョキより強いけど、パーには弱い、パーはグーには強いけど、チョキには弱い。そしてチョキはパーには強いけど、グーには弱いでしょう?」

「……」

「それは三人の力の均衡が取れているということなの。つまりは、三人のうちの誰がグーであっても、チョキであっても、パーであっても同じことなのよね」

「はい、そうですよね」

 敦美は考えながら、相槌を打った。麻衣はそんな敦美を見ながら、してやったりの表情になり、

「三人のうちの一人がいなくなった。ということは、力関係のバランスが崩れたわけだから、一本の線が切れてしまい、見る人が見れば、力関係から、残っている敦美さんと私のどちらがグーチョキパーなのか、分かるというものよね」

「でも、このお話には、最初から無理がありますよね?」

「ええ、そうなの。三人が同じ時間に存在していないという決定的な事実があるのよ。でも、これも考えようで、お互いの力の均衡が破れたことで、誰がどれだったのかを考えようとした時、ふっと我に返ると、樹里ちゃんと敦美さんが同じ世界にいなかったということが大きな意味を持ってくる。これは茂さんの考えなんだけど、もっと発展した考えに基づいて、人間をじゃんけんになぞらえるということ自体が、人に対しての冒涜じゃないかっていうのよね。たとえとして考えるのはまだいいんだけど、力関係に当て嵌めてしまうことは、同じ人間としてしてはいけないことなんじゃないかってね」

 敦美は茂という男性を知らないが、麻衣の話を聞いているだけで、懐の大きな人だと分かってきた。麻衣がその人と生きていこうと考えたのも分からなくないと思えた。

 この時が、麻衣と敦美の最初の出会いだった。


「クジラ島と、くじら島って、声に出せば同じなんだけど、実際はカタカナとひらがなで、まったく違ったものになるの。そう聞くと、違うところに思うでしょう? でも、本当は同じものなの」

 由梨はまるで禅問答でもするかのように語り掛けた。

「知ってるよ。正面から見るのがくじら島、裏から見るのが、クジラ島」

「じゃあ、今私たちが見ているのは、クジラ島の方ね」

「そうだね。でも、まさか君とここで一緒にあの島を見ようとは思わなかったよ。本当は一緒にクジラ島を見るはずの相手は、君のおばさんに当たる樹里だと思っていたからね。でも、樹里はいなかった。そして、ここで一緒に見ているのは、その樹里に生き写しの由梨だった」

「私、あなたと一緒に来れてよかったと思っています。麻衣さんには本当に悪いことをしたと思っているけど、でも、どうして、私はこんな気持ちになってしまったのかしらね。あなたのことが死ぬほど好きだったという意識はなかったのに」

「これもじゃんけんさ。もし、君が樹里に似ていなければ、そして、君のお母さん、敦美さんが、樹里の生まれ変わりだったとすれば、運命は変わっていたかも知れないね」

「私、お母さんに対して、申し訳ないという思いがあるの。そして、私の中には、私の知らない記憶が隠れている気がしてはいたのよ。誰にも言えずに一人で抱えていたんだけど、それを本当に意識させてくれたのが、茂さんだった」

「君が毎朝、お墓参りしているのは知っていたよ。でも、それがまさか、僕のお墓だったとは意外だったね」

「だって、一緒に死のうとして、私は死に切れなかった。でも、あなたが、彷徨っているのを私は知っていたのよ。きっとこの世に未練があるんだろうと思ってね。麻衣さんが言っていたって話してくれたでしょう? 『あの世に行くには、何段階もある』って言うお話」

「君が樹里と同じ病にかかっていたなんて、まさか信じられなかったけど、あの病は、現代の科学では治せると聞いたけど?」

「私もそう思っていたの。でも、実際はウイルスの方の発展が早くて、新型にかかってしまったことが、私の運命を決めてしまったの」

「この病は肉体的なものと、精神的なものとがあって、それぞれに段階があるようだね。それにまんまと引っかかってしまったのは、僕だったのかも知れない……」

 しばらく沈黙が続いたが、沈黙を破ったのは、茂だった。

「彷徨っていてよかったよ。そのおかげで、僕も樹里のお墓参りを毎朝できるようになったからね。死んだからと言って、まだまだ段階が浅いので、自分が死んだ感覚がないんだよ。だから、待っていれば、君が来てくれると思っていた」

「私は、あなたと一緒ならどこでもいいの。でも、今の私は中途半端な存在なのよね。もっと段階が進めば、中途半端な私ではなくなるかしら?」

「大丈夫さ。二人で一緒に歩いていこう」

「嬉しいわ。ありがとう」

 そう言って二人は熱く手を握りあった。

「じゃんけんしようか?」

 ゆっくりと歩いていると果てしない。同じ段階の袋小路に入り込んだみたいだ。何かをしていないと気が遠くなるかも知れない。じゃんけんを言いだしたのは、茂だった。

「ええ、いいわよ。でも、きっと終わらないわね」

 と由梨はそういい、微笑んでいる。

「ふふふ、そうだね。この発想は、元々僕のものだったはずなのに、すっかり君は、もう僕の気持ちを分かってしまっているようだね」

 じゃんけんはバランスが命である。三人いてバランスの均衡が取れる。だが、二人の間には、バランスの均衡が取れている。それは、

――最初に勝った人は、次必ず負けるというバランスだ――

 このバランスは、現世の方が保ちやすい、勝負のたびに、何を出すかは計算によって決めるからだ。自分がどれに属しているかなど考えもしない。だが、死人になってしまうと、それがハッキリとしてくる。それでもバランスが保たれているのは、お互いに惹き合う気持ちが強いからだ。由梨は茂によってその考えを教えてもらい、すっかり、理解できるようになっていた。

「私の病気は、生まれながらの寂しがり屋。そして誰かに好きになってもらわないと、生きてはいけない。今までは家族の愛だけで十分だったんだけど、異性を意識してからは、そうはいかないわね。おばさんの場合は、両親に対して、愛情がなかったのかしらね。だから、幼女の頃から寂しさに耐えられなくなった。そして選んだのがあなただったのよね」

「僕は、まったくそんな意識はなかった。まだ幼女だったこともあって、その思いは一方通行で、しかも僕まで届くことはなかった。それが君のおばさんの悲劇だったのと、子供の僕にトラウマを残したんだ。でも、そのトラウマを取り除いてくれたのが、麻衣だったんだ」

「麻衣さんは、本当にステキな人だと私は思う。私のお母さんが、いつも麻衣さんの話をしてくれた。もっとも私には、麻衣さんのステキさが話を聞いているだけでは分からなかったのよ。特に、話を聞かせてくれるのが母親では、どうしても偏見の目が付きまとてしまうわ」

「俺、麻衣という女性が本当にいたのかどうか、疑問に思うことが何度もあったんだ。あれだけ長い間一緒に暮らしてきて、本当に存在したのかどうかなど、発想すること自体が、ありえないことのように思えてくる」

「ええ、でも、私もあなたの半分以下の人生しか歩んでいないけど、あなたと歩んできた人生に思えるのよ」

「君のお母さんが樹里の生まれ変わりだとすれば、意識が共有したのかも知れない。だけど、それこど、考えにくい発想。だけど、君のお母さんは信じていたのかも知れないね。だから、お母さんの中で、架空の樹里の人生を作り上げようとした。つまりは、お姉さんはどこか知らないところで生きていて、その人生を自分の人生を重ね合わせようとした。そんな時、麻衣が現れて、樹里のことをいろいろ話してくれる。十分に自分の中に樹里という存在を作り上げることができる。そして生まれたのが君なんだ。記憶というのは、遺伝子に組み込まれているものを引き出すことができないわけではないんだと思う」

「じゃあ、私の意識の半分は、架空のものだということなの?」

「君は、最初に会った時に言ったじゃないか。自分の中にもう一人違う人がいるような気がするってね」

「でも、今から思えば、それがおばさんだったというのは、あまりにも安易な発想すぎて、却って私の中の信憑性に欠けるのよ」

 由梨の発想は、まわりと同じでは嫌だというところがある。天邪鬼にも思えるが、人と同じではない発想だけが頭に残っていくことを自分の特徴だと思っていた。一日の長さが一定しないことがあると思っていたが、死んでからやっと分かった気がした。麻衣という女性が本当に存在したのかどうか、考えている茂だった。

 茂は、今まで自分が生きてきたのは、由梨に出会うためだったのではないかと思うようになっていた。ただ、生きてきた世界、いわゆる現世と言っても、あの世に向かうまでにある一つの段階に過ぎないのではないかとも思う。今由梨といるこの世界だって、現世と言えば言えなくもない。この世界にも「クジラ島」が存在している。

 一つ前の段階で、茂は麻衣と一緒に歩んできた。一緒に歩んできたはずの麻衣ではなく、どうして一緒に死ぬ相手が由梨だったのか、茂は思い出せない。一つだけ思い出すのは、麻衣がじゃんけんをしようとしなかったということである。

「じゃんけんしよう」

 軽い気持ちで言ったわけではない。好きだったはずのじゃんけんを嫌いになった樹里の気持ちを思いながら麻衣に語り掛けたのだ。

「じゃんけんは嫌。ごめんなさい」

 ハッキリと断られてしまった。ここまでハッキリと断られると、理由を訊ねることもできなくなった。

――自分でも理由が分かっていないのかも知れない。ただ、考えられることとしては。樹里にじゃんけんが嫌いになった本当の理由を聞いていて、じゃんけんをしてしまうと、何か大切なものを失ってしまうと思っているのではないだろうか?

 大切なものというと、考えられるものは、「記憶」である。

「私は以前から、いつか記憶を失うんじゃないかって思うことがあるの。ちょっとしたきっかけで、暗示にかかったみたいになってね」

 もちろん、麻衣の妄想だという思いは強かった。だが、麻衣に見つめられると、まんざらその危惧が信憑性のまったくないものではないように思えてならなかった。

「記憶なんて曖昧なものさ。最初にあるものの上に重なり合って出来上がっていくという単純なものではないと思うんだ。だから、余計にキッチリとして雁字搦めな状態では、記憶はすぐにパンクする。それだけに、あまり意識しすぎると、記憶が錯乱して、他からの侵入を許してしまうことにもなりかねない」

 と、茂は麻衣に言った。

「他からって、人の記憶と交錯するということ?」

「一緒にいて話をすれば、その人の意識を理解しようと、思考回路が働くでしょう? 思考回路がもし混乱してしまうと、話をしている人の意識が。自分の記憶として格納されてしまうこともあるかも知れない。そうなると。実際に行ったこともないのに、行ったことがあるような思いを抱くという『デジャブ』も説明がつくんじゃないかな?」

「いろいろな学者が研究し続けていることも、ちょっとした素人の発想が、最後の扉を開いて、研究を完成させることもあるかも知れないということね」

「そういうことだね」

「でも、私は曖昧な記憶であっても大切にしていきたいと思っているの。少なくとも段階を追って積み重ねたものですからね」

 この時に麻衣は確かに「段階」という言葉を使った。茂の考えている死後の世界にある段階と同じものであろうか?

「樹里ちゃんが言っていたんだけどね。海が怖いんだって。それは母親の胎内の中にいた時の羊水の記憶があるからだって言っていたわ。羊水なら怖くないんだけど、本当の水は怖いみたいだったわ」

「それは前世の記憶とのつながりを示唆しているように感じさせられるね」

「でも前世って本当に人間だったのかしら? 他の動物だったり、植物だったり、ひょっとしたら、『生のないもの』だったりする可能性だって否定できないわ。前世が人間だったと感じるのは、人間のエゴであって、人間以外を意識していない証拠なのかも知れないわね」

「でも、あの世に行くまでに段階があるのだとすれば、段階を追うのは、自分が自分でいられることの証拠でしょう?」

「人間には、絶えず二つの考え方があるんじゃないかな? 裏があれば表がある。光があれば影がある。現実があれば夢だってあるんだ」

 茂は麻衣に話をしながら、自分を顧みた。自分は完全に二重人格だと思っている。麻衣と正対している自分と、表に出たくないと思っている自分。表に出たくない自分を引き出してくれる人がいるとすれば、もう一段階進んだ世界を、見せてくれるのかも知れない……。


 茂が死んだのは決して自殺などではない。車を運転していて、出会いがしらの交通事故だった。隣に乗っていたのは由梨。その時、由梨は即死で、運転していた茂は、しばらく生死の境を彷徨っていた。

 その頃の茂は、表に出たくないと思っている自分が表に出ていた。ずっと出ていたわけではなく、夕方になると、現れるのだ。それは樹里の墓参りをしている時で、墓前で目を瞑り、手を合わせていると、人の気配を感じる。そこに多々生んでいるのは、樹里だった。

 茂の意識の中には、由梨の存在はその時はなかった。

「樹里ちゃん」

 最後に見た時そのままの姿は茂に現れた。

「どうしてあの時、声を掛けられなかったんだ」

 と茂は自分に言い聞かせる。

「茂ちゃん、じゃんけんしよう」

 と、樹里は言った。

「いいよ」

「じゃんけんぽん」

 同時に出した指は、二人とも二本だけで、チョキだった。あいこである。

「ふふふ」

 樹里があどけなく笑みを浮かべる。

「じゃあ、もう一度」

 と、茂が声を掛けると、

「いいの。あいこのままで」

 と樹里が答えた。

「どうしてなんだい?」

「だって、私、じゃんけん嫌いだもの。茂ちゃんが私と同じチョキを出してくれて、私は嬉しいのよ」

「樹里……」

 思わず涙が溢れてくるのを感じた。長年の呪縛が解き放たれた瞬間だった。

「さよなら、茂ちゃん」

 そう言って、樹里の姿が消えた。

 茂は自爆が取れたと同じく、樹里の中に引っかかっていたものも取れ、あの世への「段階」が一つ進んだのではないかと思った。そして、その瞬間、なぜか自分もすぐに樹里に追いつくのではないかと思うようになっていた。

 その時、樹里と入れ替わるように姿を現したのが、由梨だった。一瞬、樹里とは似ても似つかない女性に見えたが、目を凝らしていくうちに、樹里の面影を感じさせる雰囲気に魅了されていくのを感じた。

 由梨は、茂に気付いていなかった。目の前にいるのに、すぐそばに腰を下ろし、樹里の墓に参った。それでも茂を意識する様子はなかった。

――夢でも見ているのかな?

 と思ったが、墓参りを終えた由梨はそのまま帰って行った。茂にとっては、キツネにつままれたようだった。

 次の日、同じ時間に茂は樹里に墓参りをした。

 その時、同じように由梨が樹里の墓参りにやってくる。

 今回の由梨は茂にすぐに気が付いて、頭を下げてくれた。

「大久保茂さんですね? 初めまして、松倉由梨です」

「初めまして、よく僕のことをご存じでしたね? 誰から聞いたんですか?」

 と訊ねると、

「母から聞きました。ここで見知らぬ男性に会うことがあれば、それは大久保茂さんだろうって」

 その時、由梨の様子が少し変なのを感じていた。麻衣と最初に出会った時のイメージがよみがえってきて、思わず海を見つめていた。海面に反射した光が目に入ってきて、眩しさで目を瞑ってしまいそうだった。

 由梨との出会いは、さほど自分の運命に大きな影響を与えることはないものだった。ただ、出会った場所が樹里の墓前であるということ、そしてその時の由梨は、やたらと「くじら島」を意識していたということ。

「くじら島が気になるのかい?」

 と訊ねると、

「いいえ、ただ、自然と目が行くんです。意識しているわけではないんですよ」

 無意識のうちに視線がそちらを向くということは得てしてあるものだが、何か本人の意識にはない因縁が、存在しているのかも知れない。因縁が記憶と結びついて、逆に意識させないようにする作用をもたらすものが、本能ではないかと茂は考えていた。

「くじら島」を見ている由梨の横顔が、茂の中で、

――由梨を忘れられない存在――

 に変えた。由梨を見ている時の茂は、樹里を意識していた時の子供の頃、そして、麻衣との運命的な出会いをした時、そしてその後の麻衣との半生が、走馬灯のようによみがえってきた。しかし、その時茂は、走馬灯の中で思い出した記憶が、そのまま走馬灯の中に封印され、自分の記憶から消えていくことに気付いていなかったのだ。

 記憶の消滅も、一つの「段階」だったのかも知れない。

 死というものをあまり考えないようにしていた茂だったが、唯一の発想として意識している、

――あの世への「段階」――

 それを、由梨との出会いに感じたのも事実だった。

 ただ、それがまさか、本当の死に繋がってくるなど、考えもしないことだった。由梨もその時、自分の運命について、曖昧な意識だったに違いない。

 由梨は、寂しさを埋めてくれる人を必死に探そうとしていた。それが茂であってほしいという思いはあったようだが、最初から茂であるとは思えなかった。

 茂の後ろに、女性を感じたからだ。その女性が麻衣であることは、母親から聞いて知っていた。そして、麻衣がどんな女性なのか、想像もしていたが、どうしても会っているわけではないので、想像が膨らんでいるということは分かっているが、却ってどこまでが想像で、どこからが妄想なのか分からない。曖昧なまま茂に自分を委ねることは、最初からできる由梨ではなかった。

――出会いがしらの交通事故は、本当に偶然だったのだろうか?

 この思いを一番強く抱いているのは、実は麻衣だった。

 敦美も由梨が交通事故に遭ったのを聞いた時、その時運転していたのが茂であるということを聞くと、半狂乱のようになった。すぐに精神的に落ち着いたが、この世のものとは思えないほど、言い知れぬ恐れと、自分の中にある限界を思い知らされた気がして、その感覚が、敦美に狂気を見せたのだった。

 まわりも、ここまで狂気を表に出す敦美を見たことがなかったので、声を掛けることができなかった。落ち着いてみると、

――これが狂気に打ち震えていた女性なのか?

 と思わせるほど、落ち着いていた。

 顔色はまったく精気を帯びていないが、精神的には落ち着いている。まるで抜け殻のようになってしまった敦美の方が、まわりから見ると、恐ろしさを感じさせられた。こんな敦美に話しかけられる人がいるとすれば、麻衣だけではないだろうか。

 もし、家族で声を掛けられる人がいるとすれば、母親だけだったのかも知れないが、母親もすでに病に臥せっていて、敦美に構っていられる状態ではなかった。由梨の死を知っても、動揺する様子もない母親。何か予感めいたものがあったのかも知れない。

 それと同様、麻衣にも予感めいたものがあった。

「一緒に生きていこう」

 と言って、一緒にここまで生きてきたのに、ここに来て、由梨を愛するようになっていしまった茂の苦悩は、これも麻衣にしか分からない。

 茂の様子を見ている限りではいつも落ち着いている。麻衣の前でも今までと変わりなく、愛情を注いでくれている。それと同じくらいに由梨にも愛情を注いでいるのだろう。ただ、それは男女の恋愛感情ではなく、親子に近い感情を持っている。茂が冷静でいられるのは、恋愛感情ではないからだ。

 それなのに、どうして苦悩が生まれるのだろう?

 茂には、由梨の病が分かっていた。肉体的な病ではなく、精神的な病が、いずれは肉体を蝕んでいくことになることを、茂には分かっていたのかも知れない。

 由梨にはそこまで分かっていなかった。肉体的な病が精神を蝕むこともある。そして精神的な病も悪実に肉体を蝕んでいく。由梨の肉体は徐々に蝕まれて行っていたのに、由梨には分からなかったのは、感情がマヒしてしまっていたからだ。

「お腹が減ったら、ご飯を食べる」

 当たり前の感情なのだが、由梨はご飯を食べたいと思うほど、お腹が減らないのだ。お腹が減っているのを意識することはあっても、

「食べないと我慢できない」

 というところまで行かない。そのうちにピークを過ぎると、お腹が飽和状態になった感覚が生まれ、何も食べたくなくなる。食欲が欠落しているように感じられるのだ。

 実際は欠落しているわけではなく、腹が減るという感覚がマヒしてしまっている。そのうちに食事を受け付けなくなり、本当に何も食べたくなくなってしまうだろう。

 それが自然な感覚になると、気が付けば、身体が精神に蝕まれてしまっていて、次第に死期が近づいてくる。気が付いた時には遅いということになってしまう恐ろしい病が存在するのだ。それを最初に意識していたのは、クジラ島での樹里だった。

 由梨のそんな状態を由梨は何も言わなかったが、茂には分かっていた。最近の茂も自分の身体に変調が起こっているのを自覚していた。足が痛み出したり、肘が急に曲がらなくなったりしていたので、病院に行って検査をしてもらったが、

「どこも異常は見られませんね」

 と言われるだけだった。レントゲンや、血液検査でも異常が認められなければ、医者としてはどうすることもできない。それなのに、本人には異常が認められるのだ。

――この痛みは、誰にも分かるまい――

 と、思ってみてもどうしようもない。次第に痛さにも慣れてきて、精神的に感覚がマヒしてくるのが分かってきた。

 茂の場合は、年齢から来るものもあるのかも知れない。麻衣には茂の身体に異変が起こっているのは分からなかった。茂は麻衣に心配させたくないという思いがあるのも事実だが、実際に分かってくれていないことに寂しさを感じるのも事実だった。

 由梨は、茂が苦悩しているのを次第に分かるようになってきた。茂の苦悩を自分なりに考えていると、ぶち当たったのは、自分の運命であったのは皮肉なことだったが、その代償として、由梨は寂しさという病から開放された。ただ、肉体的に蝕まれていくスピードが衰えることはなく、茂と同じく、いろいろな感覚がマヒしていくことに気が付いた。

 しかし、気が付いてもどうすることもできない。何とかしようという感覚もマヒしていたのだ。

――ただ、茂さんが一緒にいてくれればいい――

 という感覚は、茂も同じだった。

 麻衣のことを忘れてしまったわけではないのに、どうしても由梨から離れることができない。

 茂の芯の苦悩は、そこにあった。そんな精神的に不安定な時期、今までにも精神的に不安定になったことがあまりない茂には、自分の感情が表に出やすいことの自覚がなかった。交通事故を起こしてしまったのも、そんな精神的な不安定さが影響していたと見るのが一番妥当ではないだろうか。

「俺はこのまま死んでしまうのか?」

 最初は何が起こったのか分からない中、子供の頃に、木に登っていて、枝が折れてそのまま背中から落っこちたのを思い出していた。あの時は、宙に浮いた身体がどこに行くのかすぐには分からなかったが。背中に走った痛みと同時に、息ができない苦しさに、初めて「死」を意識したような気がした。誰かに助けてほしいと思いながらも、誰にも知られずに、このまま死んでしまえば楽になると考えたという記憶があるのは、本当に自分の意識から感じたことなのだろうか。

 その時茂は、幻を見た。そこにいるのが由梨だとばかり思っていたが、よく見ると、樹里ではないか。まだ幼い頃の樹里が目の前にいた。そして、茂に微笑みかけている。

「あなたは、敦美のことを待っていたんじゃないの?」

「えっ?」

「私はあなたが、本当に意識しているのは、私だと思っていたのよ。だから、以前敦美が私のことを知った時、夢に出たの。そして、あなたが待っているって教えてあげたんだけど、あなたの前に、まさか麻衣ちゃんが現れるとは、思っていなかったのよ。あなたが麻衣ちゃんに心を奪われている間に、敦美への気持ちが次第に薄れていった。というよりもマヒして行ったというべきかも知れないわね。だから、あなたは今、精神的にも肉体的にも感覚がマヒしているでしょう? すでにマヒしていることにすら慣れきってしまっている状態。ずっと、同じ夢の中にいて、起きている時と、夢を見ている時で、それぞれの現実を歩んでいるような感覚になっているんだと思うわ。事故に遭ってあなたは、ここにやってきた。あなたは、私を見つけることができるのかしら?」

 茂は自分が麻衣と出会う前のことを考えていた。それまで思い出すこともなく、麻衣と出会ってまったく違った人生を歩み出したことで、それまでの記憶を忘れようとしていたのか、それとも、本当に忘れてしまっていたのか、自分でも分からない。

 いろいろな土地を転々としていた。最後に樹里を見たということで、意識が過剰になってしまい、被害妄想の強さから、引きこもってしまった茂を、家族が気に掛けて、他の土地に移り住んだ。幸い、父親は転勤族だったので、単身赴任が多く、引っ越しにさしたる影響はなかった。

「あの時の俺は、誰かが待っているのを感じていたような気がする。この街に帰ってきたのもそのためだった。それが、敦美さんだったというのか?」

「あなたは、麻衣ちゃんの中に敦美を見たのかも知れないわね。あなたには人生の選択がなかったと思っているかも知れないけど、あの時が選択の時だったのね」

「俺が間違っていたと?」

「間違っていたとは思わない。人には無限に可能性が広がっているんだから、どっちに転んでも、それは間違いとは言えない。ただ、その影響がどれほどのものか、選択した人には分かるはずはない」

「どうしてなんだい?」

「まったく違う世界が開けたんだから、次元が違う世界を覗けるわけはないわよね。だから、本人に意識はないの」

「じゃあ、相手が取り残された感覚になっているだけということなんだね?」

「私には、見えるとしても、それを忠告することはできない。忠告してしまうと、選択した本人の意志を侵犯してしまうことになるのよ。それは冒涜しているのと同じことなのよね」

「じゃあ、君には麻衣が僕の前に現れることも分かっていたのかい?」

「それだけは分からなかった。私にとっては想定外だったのよ。あくまでも想定内であれば、自分の考えていることが先にどうなるかを見ることができるんだけど、想定外のことまで、さすがに見ることはできないの」

「……」

「あなたが、敦美を意識しなかった理由は分からなくもないわ。確かに敦美には結婚した相手がいて、由梨が生まれた。あなたに敦美に対して恋愛感情を求めているわけではないの。ただ、敦美の中にある私を、引き出してほしいと思っていたの。そうすれば、もっと早くあなたもトラウマから脱却できて、私も、もう一段階先に進むことができたと思うの」

「君は、それでいいのかい?」

 茂は優しく微笑みかけた。樹里が自分の気持ちを表に出して、感情を隠すことなく表してくれていることに、茂は嬉しくなっていたのだ。

「最初は、そう思っていたけど、こうやってあなたが来てくれたことで、あなたを待っていたのは敦美ではなく、私だということがよく分かったわ。だから、こうやってあなたが私に追いついてくれた」

 心なしか、樹里の目が潤んで見える。そして、その表情は、最初に愛おしさを感じた麻衣を思い起させるものだった。

「だから、あの世に行くまでに、いくつかの段階が存在するんだね」

 というと、樹里の目から、涙が溢れ始めた。

「ところで、麻衣という女性は本当に存在したのかい?」

「どうして、そう思うの?」

「今の君を見ていると、麻衣を思い出すからさ。麻衣を通して、君は僕に会いに来てくれたんじゃないのかい?」

「あの世に行くまでの段階の中で、あなたに会うための場所をずっと探していたの。麻衣ちゃんの中に私が入ることはできなかったけど、麻衣ちゃんを通してあなたは、意識しないまでも私を見てくれていたことは確かなの。私はそれだけでよかった。だから、麻衣ちゃんは確かに存在していたのよ」

「僕の思い過ごしなんだね?」

「麻衣ちゃんが、あなたのところに現れるのは、確かに私にとって想定外だったわ。でもそれだけに、私には麻衣ちゃんを通してあなたを見ることができたというのは、ある意味、皮肉ではあるけど、私にとっては、ありがたいことだったの」

 樹里はそう言うと、少し考えていたようだったが、

「ねえ、じゃんけんしない?」

「いいけど、じゃんけん嫌いだったんじゃないの?」

「生きている時はね。でも、今はじゃんけんしたいの」

「勝負がつかないかもよ?」

 麻衣と同じような会話をした記憶を思い出していた。

「いいのよ。じゃんけんしているうちに皆追いついてくるわ」

 樹里はそういうと、茂の後ろを目を細くして垣間見ていた。

「そろそろ由梨が追いついてくるかも知れないわね」

「由梨ちゃんは、もっと先に行っているんじゃないのかい?」

「いいえ、あなたが由梨を追い越したのよ。あなたにも由梨にも意識はないでしょうけどね」

 茂は、後ろを振り向かなかった。振り向くことが許されない気がしたからだ。それなのに樹里は茂に注意を促そうとはしない。後ろには何があるというのか、茂は震えを感じていた。

「それじゃあ、じゃんけんを始めるわよ」

「じゃん、けん、ぽん」

 二人は同時にチョキを出した。

 この瞬間、墓の前で腰を下ろしていた麻衣の姿が忽然と消えてしまったこと、そして、麻衣という女性が存在していたことを知る人は、誰もいなくなったことを、茂は自分のことのように寂しい気持ちになっていた……。


                 (  完  )

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墓前に佇む・・・ 森本 晃次 @kakku

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