☆第41話 こうしようや

 売店の隣りにある中央ロビーのベンチに移動すると、小夜子は男性の前に本を差し出してこう言った。


「やっぱり、受け取れないです」


 断固として本を受け取ろうとはしない小夜子に苦笑していると、男性はおもむろに口を開いた。


「知らないじいさんから受け取った本は、やはり気持ちが悪いか?」


 そう言って上半身をぐいっと伸ばすマイペースな男性に、小夜子は益々困惑した。


「い、いや、そうじゃなくて……。これはおじさまの本ですから、私は受け取れません」


 そう小夜子がきっぱりと言い返すと、今度は中央ロビー中に響き渡る大きな声で、男性が爆笑した。


「嬢ちゃん、やっぱり面白い奴だな」


「腹が痛ぇ」と言って笑い続ける男性に、小夜子は毅然と対応する。


「おじさまのお金で買ったのだから、これはおじさまの本です。私の本じゃありません。だからこの本はお返しします」


 そう言って両手で本を持つと、小夜子はその手を男性の前に差し出した。


 小夜子の真剣な表情に、男性は笑うのをはたと止める。

 そして、しばらく考え込んでいた男性が、小夜子の顔を一瞥してこう言った。


「そうしたら嬢ちゃん、こうしようや。この本を、俺が嬢ちゃんに貸すっていうのはどうだ?」


 予想外の急な男性の提案に、小夜子は鳩が豆鉄砲を食ったように面食らう。


「で、でも……」と返す小夜子を遮って、男性は話を続けた。


「これは今から俺の本だ。だから俺の自由にして良いはずだ。だから俺が嬢ちゃんに今からこの本を貸してやるよ」


「それで良いだろう?」と言って男性はちゃんちゃんこのポケットの中から、280ミリリットルの、水入りの小さなペットボトルを取り出す。

 

 そしてキャップを勢いよく開けると、男性はごくごくとペットボトルの水を口に含んだ。


 困り果てて固まる小夜子を見ながら、男性は最後にこう言った。


「さっきも言ったが、俺はもうその本をすでに一度読んでいるんだ。買ってもらったのに誰にも読まれないのは、さすがにその本が可哀想だろう。だから嬢ちゃんが読んでやってくれ」


 そう言って男性が笑みを見せる。

 その笑顔は小夜子よりも随分年上で大人であるのにも関わらず、子供のように無邪気で屈託のない笑顔だった。


――そう言われると、何も返す言葉がないなぁ。


 男性に何を言っても無駄だと悟った小夜子は、男性の前に差し出していた本を大人しく自分のほうへと引き寄せた。


 そうすると男性は「これで問題ないな」と言って、またペットボトルの水を口に含んだ。

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