第27話 とあるミステリ研究会員の願い【問題編】③
全く喜べない人生初の告白を受けたその日、気が付いたらサトシは先に帰っていた。
他の部員に聞いても特に変わった様子はなかったと言うし、サトシと俺は使っている路線も違う。みんなの前で話すことでもないし、まぁいいか、くらいにしか俺は思ってなかった。
帰宅してからサトシに連絡しようかとも思ったけど、試合の疲れもあって帰ったら即寝落ちしていた。
昼休みにでも、部活終わりにでも、帰ってから電話でも。そう思っていたのになかなかタイミングが合わなくて。
そのうちに、どうせ断るんだし、まとめて話せばいいか、と考えるようになっていた。相手の女の子には悪いけど、興味ないし。サトシの話を聞いていたから、尚更、断る以外の選択肢は思いつかなかった。
そう、あれは冬休み前のことだった。
「ちょっと! この時期に屋上で昼ごはんなんて、狂気の沙汰でしかないと思うんだけど!」
「そんなこと言ったって、学食は高等部にならないと使えないんだから仕方ないだろ?」
屋上で弁当を広げながら、文句を言うヒサヨシに言い返す。確かに寒いけど仕方ないものは、仕方ない。
「教室に戻るか? 暖房きいてるし」
「無理! あんな騷しいところで食べたくない! それに教室にいると、みんなに声かけられてごはんどころじゃないんだもん!」
ジュンジの提案にもヒサヨシは首を横にふる。その理由があまりにもヒサヨシらしくて苦笑いする。
「ちょっと! 今、馬鹿にしたでしょ! ねぇ、サトシ、何とか言ってよ! って、サトシ? どうしたの?」
サトシに助けを求めたヒサヨシが変な顔をする。俺とジュンジもサトシの手元を見てびっくりした。
「サトシ、どうした? 全然食べてないじゃないか!」
四人の中で一番大きな弁当箱を、誰よりも早く食べきるサトシが、今日は手すらつけていない。
万年ダイエット中のヒサヨシならともかく、サトシがごはんを食べないなんて、ありえない。
「おい! サトシ! しっかりしろ!」
「へっ?」
コロン。
俺がサトシの肩を掴んだ拍子に、サトシの手から箸がこぼれ落ちる。ぼ~っとした顔で俺を見る。と、急にサトシが俺の両肩を掴んだ。
「うぇ? ど、どうした?」
「なぁ! 俺、どうしたらいい?」
「えっ?」
驚く俺の肩を放して、サトシはヒサヨシの手を握りしめる。
「好きなんだ!」
「はぁ? ちょっと待って」
「待てない!」
「嘘でしょ? いくら俺が可愛いからって」
慌てるヒサヨシの手をパッと離すと、今度はジュンジをじっと見つめる。
「どうしよう。練習にならない! 気がつくと目で追ってるんだ!」
「ん? 練習?」
サトシの言葉にジュンジが首をひねる。
「そう! ダッシュしてても、試合してても。昨日はタオルを渡されたんだ! もったいなくて使えない!」
「あぁ、そういうことか」
「いや、使えよ」
「っていうか、タオルって何? 俺、渡したことないけど!」
なんとなく状況が読めたジュンジと俺、読めた上で自尊心を傷付けられて腹立たしいヒサヨシ。
そんな俺たちに恐らく初恋であろう話を、若干暴走気味にサトシは話したのだった。
なるほど。サトシの好みはこういうタイプだったのか。
衆人環視の、申し訳ないが俺にとっては罰ゲームに近い、あの告白から数日後。俺は部活終わりに彼女を呼び出した。
バレンタインデイの返事ならホワイトデイにするものなのかもしれないけど、断るなら早い方がいいと思ったのだ。
「悪いんだけど、俺、今は彼女とか作る気ないから」
もちろんサトシのことは言わない。
俺の言葉に彼女の栗色の大きな目が更に大きく見開かれる。と、みるみる涙が溢れてくる。
嘘だろ。勘弁してくれよ。焦る俺はどうしたらいいかわからず立ち尽くす。その反応が気に入らなかったのか。
「酷い! みんなの前で受け取っておいて、私に恥をかかせるつもりだったんですね!」
キッと睨みつけてくる目に思わずたじろぐ。
いやいや、断れない状況で渡したのはそっちだろ。
「人の気持ちを弄ぶなんて、最低! 近藤先輩がそんな人だとは思わなかった! 絶対に許しませんから!」
えぇ、ちょっと待って。弄ぶって。
目の前の小柄な少女から発せられたとは思えない激しい言葉に、ますます俺は何も言えずにいた。
「私、バスケ部辞めます! 近藤先輩にこんなことされて、もう部活になんていけない! みんなに全部、話しますから!」
ちょっと待って! 俺、何した? いや、チョコレートは受け取ったけど。えっ? 嘘でしょ? 全部話すって、何?
結局、俺は一言も発することはできず。ものすごい剣幕で立ち去る彼女の背中を見送ることしかできなかった。
いや、女って怖ぇな。
でもこの時になっても、俺はどこか楽天的に考えていたんだ。彼女が部活で何を言ったとしても、長い付き合いの仲間たちが真に受けるとは思えなった。
何より、サトシ、ジュンジやヒサヨシが俺より彼女を信じるなんてありえない。極論を言ってしまえば、俺は三人さえいてくれればそれでよかったんだ。そう思っていたのに。
「サトシ、ダメだって!」
あれ? どうしてこんなことになっているんだ?
「サトシ、落ち着け! それ以上言ったら、お前、絶対に後悔するぞ!」
気が付いたら俺は屋上にいた。足元には弁当箱が転がっている。
そうだ。いつもどおり四人で昼ごはんを食べて、俺は彼女の告白を断ったことを話したんだ。その時の彼女がすごくて、女って怖ぇなって。
あとは三人が、うわぁそれは災難、って苦笑いしてくれて、それでこの話はおしまいってなるはずだったのに。
「なんでだよ! 近藤、なんでお前は俺の欲しい物を全部持っていくんだよ!」
「サトシ! やめなって!」
小柄なヒサヨシが大柄なサトシに抱き着いている。
いやいや、ヒサヨシ。お前がサトシを止めるのは無理があるだろ。第一、お前のキャラじゃないじゃん。そういうの疲れるからヤダ~とか言って、外から眺めるタイプじゃん。
「いつもすかした顔して、たいした努力もしないで。しかも、なんだよ! 断ったって! なんだよ! あの子が必死にした告白を怖ぇとか、ちゃかしてんじゃねぇよ!」
サトシ、俺、努力したよ。少なくともお前に怒られてからは、バスケだけは本気で頑張っていたよ。お前、わかってくれていたんじゃないのかよ。
告白は悪かったよ。でも、あの子、本当にすごかったんだよ。俺の気持ちなんて全然聞くつもりなくてさ。俺、一言も口を挟めなかったよ。あれはさ。なんか違うと思うんだよ。俺もそういうのよくわかんないけどさ。
「俺の気持ち考えたことあるのかよ! ポジション、あっさりお前に取り返されて。結局、お前がエースだよ! 影で俺がなんて言われてると思う? 実力もないのにキャプテンなんてウケるって! 俺は近藤のオマケだってさ!」
「サトシ、やめろ! ポジションも彼女のことも近藤のせいじゃないだろ!」
ジュンジも加わってサトシを止めている。ジュンジ、お前もヒョロいし、ヒサヨシと二人じゃ、分が悪そうだな。
その光景に俺は思わず苦笑いする。
いや、違う。ヒサヨシとジュンジの頼りなさを笑ったんじゃない。サトシとヒサヨシとジュンジ、そして、ぼっちの俺。わかりやすい三対一に笑ったんだ。
本当にウケる。小学校で勉強しただろ? 批判も称賛も相手次第。関わるだけ無駄だって。何、期待しちゃってたんだよ。
「そうだよ。サトシ、気が付かなかったの? 俺、努力しなくても何でもできるんだよね。彼女くらい譲ってやろうと思ったんだけど、なんならポジションもやるよ。どっちももう飽きたからさ。全部いらない。お古でよければどうぞ」
「「「近藤!」」」
三人の声が綺麗に重なった。あぁ、本当に仲の良いことで。
その声を背に俺は屋上を後にした。
そして、俺はそのまま学校に行くこともやめた。もうどうでもよかった。
さすがは私立。出席しなくとも成績が良かった俺は退学させられることもなく、中等部を卒業し、高等部に進学した。高等部では保健室で定期試験だけを受けてしのいだ。これが保健室登校ってやつなのかも、と思いつつ、それにしても定期試験だけでいいって杜撰すぎるだろう、と自分のことながら笑えた。中途半端に出来の良い頭に産んでくれた両親に感謝だ。
そんなこんなで高等部一年生の冬まで迎えた俺は、偶然、家庭科準備室を見つけたのだった。そして、先輩と出会い、ミステリ研究会が生まれた。バスケ部のことも、サトシのことも、すっかりなかったことにして。
*****
読んでいただきありがとうございます!
近藤って、平凡な男子高校生じゃなかったの?って感じかと思いますが、その理由はこれからのお話で明らかになっていく予定です。
少しでも続きが気になっていただけたら、引き続きお付き合いをお願いします!
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