第26話 とあるミステリ研究会員の願い【問題編】②

 青いチェックのマフラーをした少女。

 小さな箱を持つ手が微かに震えているのは、冬の寒さのせいだけではないんだろう。

 背後には見慣れない体育館。冬の日暮れは早くて、紺色の世界の中で体育館の明かりが少女を縁取っている。逆光で少女の顔は見えない。


 こんな所で勘弁してくれよ。


 ひどい話だとは思うけど、正直、最初に思ったことはそれだった。

 バスケ部の練習試合終わり。帰り支度を終えて、さぁ行くか、と部活のみんなで相手校の体育館を後にした時のことだった。


 目の前の少女はマネージャー。確か中等部二年生だったはず。 

 銀杏いちょう学園のバスケ部は中等部と高等部の合同だから、選手もマネージャーも人数が多い。残念ながら学年の違う、しかも、マネージャーの名前までは覚えきれない。


 ショートボブの栗色の髪に、大きな栗色の目。色白で小さな顔は、寒さのせいで頬と鼻の頭が赤い。

 小柄な少女は恐らく可愛い部類に入るのだろう。そして、本人もそれなりに自分の容姿に自信があるとみえる。


 そうでもなければ、部員全員の前で告白なんてだいそれた真似はできまい。まぁ、それなりに緊張はしているようだけど。


「あっ」


 と、そこまで考えて、アイツの言葉をふと思い出す。

 中等部二年生のマネージャー。小柄で、栗色のショートボブ、栗色の大きな目。

 あれ? この子ってもしかして。


「近藤、やるじゃん!」

「さすが中等部のエース! もてるねぇ!」


 囃し立てる周りの奴らに、うるせぇよ、と返しながら、俺はそっとアイツを探した。


「あの」


 アイツを見つける前に目の前から、か細い声が聞こえる。


「あっ」


 しまった。

 残念ながら名前すら思い出せないけど、このまま無視して帰るわけにもいかない。

 

「えっ、あっ、ありがとう」


 今日はバレンタインデイ。

 差し出された小さな箱は、中身を見るまでもなくチョコレートに違いない。

 部員全員、なんなら他校のバスケ部まで見ている中で告白とか、本当に勘弁してくれよ、と内心でため息をつく。とは言え、さすがにここで断る度胸は俺にはない。

 とりあえず受け取って、さっさと仲間の元に戻る。


「なになに? とうとう近藤にも春か?」

「てか、二年生のマネージャーで一番かわいいって噂の子じゃん」

「バスケも上手くて、勉強も学年トップ。その上、年下の可愛い彼女ゲットとか、お前、夜道には気をつけろよな!」


 二年生のマネージャーで一番かわいい子。

 やっぱり、そうだったかぁ。

 周りでぎゃあぎゃあと騒ぐ声の中から、聞き取れたフレーズにげんなりする。衆人環視の告白のみならず、相手が親友の想い人だったとは。

 きっと今朝の占いは最下位だったに違いない。まぁ、そんなの見ないけど。


 とはいえ、俺はそのとき、この告白をそんなに重要視していなかった。どうせ断るし、こんなことで俺とアイツ、赤井あかいサトシ、との仲がどうこうなるわけもない。


 大袈裟な話でもなんでもなく、サトシはこれまでの人生で最初にできた友人で、俺たちは唯一無二の親友だった。


 自分で言うのもなんだけど、俺は嫌な子どもだった。別に性格が悪いとかではない。なんでもできたのだ。

 勉強も運動もできない理由がわからなかった。周りのできない奴らはわざとそうしているのだと、本気で思っていた。今思えば相当いけすかないガキだったことだろう。


 親の教育方針により、小学生になると同時に地元の野球チームにいれられ、塾にも早々にいれられた。

 そのどちらでも俺は常にトップだった。小さな体をハンデとしない身体能力で、年上の子たちからあっと言う間にポジションを奪い取った。塾は同世代しかいないからもっと簡単だった。聞けばわかる授業、授業がわかれば解けるテスト。なんの苦労もなかった。


 でも、小学校も四年生になる頃には、自分の認識が誤りだったことに気が付いた。


 出来る奴は違うよなぁ、と聞こえよがしに囁かれる陰口。面と向かって言われるお門違いなやっかみ。どうやら彼らは手を抜いているのではなく、本気でできないらしい。

 妙に卑屈な顔ですり寄ってくる奴ら。きゃあきゃあと持て囃す耳障りな声。彼らが見ているのは俺ではなく、俺の取った賞や成績だった。


 批判も称賛もそいつらの気分次第。相手にするだけ無駄だし、なんなら巻き込まれたくもない。

 その日から、俺は下手に目立たないように、ほどほどに手を抜く、さらに嫌なガキになった。


 やがて卒なく中の上の銀杏いちょう学園に入学。バスケ部を選んだのは本当にたまたまだった。

 一応、運動部に入っていた方が無難だろうけど、野球は知り合いに会うと面倒。サッカーは泥が嫌だし、テニスはなんだかいけすかない。バスケットなら屋内だし、ちょうどバスケ漫画が流行っていて、希望者も多い。紛れるには丁度よく思えた。


 そこで出会ったのがサトシだ。


 第一印象は暑苦しい奴。声はでかいし、馴れ馴れしい。人一倍練習するし、不器用だし。俺とは真逆。接点なんてないと思っていた。


 そんな俺たちが仲良くなるきっかけとなったのが、入部して初めての紅白戦だった。新人戦の選手決めのために行われたそれで、俺とサトシは同じポジションだった。


 もちろん争うつもりなんて俺にはなく。ほどほどに手を抜いた俺と全力のサトシ。結果は火を見るよりも明らか。順当にサトシが選手に選ばれたのだけど。


「おい! お前、手ぇ抜いただろ!」


 部活のあとでサトシはそう言って俺に掴みかかってきた。

 面倒くさいな、そう思った俺はサトシの顔を見て凍りついた。その目には涙が浮かんでいたのだ。


「えっ? そんなに悔しかった?」

「当たり前だろ! お前は才能がある! 全力を出し合えるのが仲間だろ!」


 あの時、俺はどうかしていたんだと思う。

 うざい。そう思ったし、ここはスルーするのが一番だとわかっていたのに。


「仲間じゃねぇし! 俺の気も知らずに適当なこと言うなよ! あのなぁ」


 道徳の授業で見せられるビデオじゃあるまいし。俺は小学校で味わった落胆と諦めをサトシにぶち撒けてしまったのだ。


「くだらん」

「はぁ?」


 全てを話し終えて、肩でゼェハァと息をしていた俺は、サトシの言葉にキョトンとした。


「上っ面しかみない奴らの言葉に価値はない。そんなことで努力をやめるなんて、お前は愚かだ」

「なんだと!」

「少なくとも俺は誰かに負けても、それを相手のせいにはしない。仲間なら尚更だ。まぁ、近藤、お前に負けるとは思わないけど」


 何をくだらないことを、と本気で言っているサトシの姿に、なんだかすごく恥ずかしくなった。俺は何を拘っていたんだろう。気にしないなんて言いながら、しっかり気にしていたんだ。


 それから、本気をだした俺にサトシはあっさりポジションをとられた。でも、言葉どおりサトシは俺をやっかんだりはしないで、練習を続けた。


 ついでに緑川みどりかわジュンジと紫村しむらヒサヨシという、とても濃い友人も紹介してくれた。

 二人ともサトシとは小学校からの付き合いだった。今更俺が入る隙なんて、と思ったけど、サトシのお陰もあってあっさり打ち解けた。

 

 ジュンジはあのとおりのオカン気質だし、ヒサヨシは自分が一番かわいいと信じてやまないし、二人とも俺をちやほやもやっかみもしなかった。

 しばらくして、ジュンジとヒサヨシにも小学校時代の話をしたけど、くだらない、と笑い飛ばされた。サトシと全く同じ反応に俺は心の中で本当に感謝した。


 そのまま中等部三年生となった俺はバスケ部のエースになっていた。サトシは結局俺からポジションを取り返すことはできなかったけど、中等部チームのキャプテンになった。

 高等部になったら先輩を蹴散らして、俺とサトシで天下を取ってやる、なんてくだらないことを結構本気で話していた。ジュンジはそうだなって笑って、ヒサヨシは、その時はチアリーダーやってあげる、なんて言っていた。


 俺たち四人はずっと変わらないって、その時は本気で信じていたんだ。

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