第12話 とある弓道部員の勘違い【問題編】②

「はい。アイスティーでよかったかな? ホットもあるけど」


 先輩と向き合うかたちで座ったミカンにお茶をだしながらたずねる。


「ありがと。アイスの方が嬉しい。ってか、いつも用意してるの? すごいね」

「まあね。コンロも冷蔵庫もあるし、家庭科準備室の特権ってやつだよ」


 暦の上では秋と言っても、まだまだ夏の暑さは健在。なので、冷蔵庫に水出し紅茶を用意しているのだ。

 個人的には濃いめの紅茶で作るアイスティーより、水出しの方が断然おすすめ。軽い飲み口で夏には合うと思うし、なにより水色がきれいだから。

 

 ちなみに今日は巨峰のフレーバーティー。アイスでも秋らしさは感じたいしね。

 まぁ、先輩は相変わらずホットココアだけど。

 

「まめだねぇ」


 そう言ってミカンが一口飲むのを待って、先輩が口を開く。


「さて、お話を聞かせていただけるかな」

「そういえばヒサヨシから聞いてきたって言っていたよね? どうしたの?」


 俺たちの言葉にミカンがソファに座り直す。


「実は妹のあんずことで相談があって来たんだ。今年から学園の高等部一年生になって、弓道部に入ったんだけどさ」


 そこまで言って、ミカンがためらうように黙り込む。その姿を俺と先輩は黙って見つめる。

 

 銀杏いちょう学園は、割と姉妹や兄弟率が高い。まぁ、田舎町だからね。学校の選択肢も少ないわけだ。だから、妹が同じ学園にいても珍しいことではない。


 そして、弓道部は昔からある部活だし、これといって悪い噂もきかない。

 まぁ、強豪校ってわけではないから、ミカンのいるソフトボール部ほど成績は良くないけど、まさかそれを相談しにきたわけではないだろう。


 つまり、これだけだとわざわざうちにくる理由がない。次の言葉を待つ俺たちをみて、ミカンが言いづらそうな顔で口を開く。


「なんかまずいことになってるみたいでさ」

「まずいこと?」


 あいまいな表現に俺は首を傾げる。先輩も無言のままだ。


「うん。最初は七月の始めだったと思う。頬に痣をつくって帰ってきたことがあってさ」

「顔に痣? 弓道部って言ったよね?」

「うん。百歩譲ってテニス部とか球技系ならボールが当たったのかなって思えたんだけど、弓道部でなんで? って感じでしょ」


 確かに。弓道部であたるといえば矢だろうけど。矢が刺さったなら痣をどころの騒ぎじゃないはずだ。でも。


「何か片付けている時にぶつけたとかじゃないの? 弓道部でしょ。それこそ弓とかさ」


 杏さんは一年生ということだし、きっと後片付けとかを任されていることだろう。弓を仕舞うときにぶつかったとか、ありそうな話だ。そう思ったんだけど。


「そんなんじゃない。だって、七月のその日からずっとなんだ」

「ずっと?」

「そう。ずっと。痣が消える暇もないくらい毎日、同じ場所。それも部活のある日だけ」

「それは」

「故意を感じる、ということかな」


 続いた先輩の言葉に俺はうなずく。

 同じ場所、しかも女の子の顔に、毎日痣ができている。それはかなり陰湿な話だ。


「しかも杏のやつ、七月に入ってからずっと長袖のままでさ」

「えっ? どういうこと? まさかこの夏ずっと長袖で通したの?」

「その、まさか、なんだよ」

 

 今年は例年になく夏が早くて、しかも暑かった。学園では五月〜六月が衣替え期間だけど、ほとんどの生徒が五月早々に半袖の夏服に変えていたはずだ。そんな中、長袖で通すなんて。


「おかしいだろ? それでこっそり杏が風呂に入っているのを覗いてみたんだけどさ」

「えっ、それはまずくない?」

「そこはいいから! で、見たら杏の腕が真っ青に腫れていたんだよ」


 驚いた俺のつっこみはあっさりスルーされてしまった。まぁ、姉妹だし、女の子同士だし、そういうものなのかな。って、そうじゃなくて。

 

「痣は顔だけじゃなかったってこと? あっ! それを隠すために長袖を?」

「おそらくね。頬の痣もずっと髪をおろして隠しているんだ」

「それって、かなりやばくない?」

「やっぱり近藤もそう思うよね」


 ミカンと俺の会話を眺めていた先輩が、コトリとマグカップをテーブルに置いた。そして。


「それで杏さんは何と?」

「杏さんはなんて言ってるの?」

「杏は大丈夫の一点張り。でも、そんなの放っておけないじゃん。そんな部活さっさと辞めちまえ! って何度も言ってるんだけどさ」

「辞めるつもりはない、と」

 

 無言でうなずくミカン。その姿に先輩は思案顔でマグカップを口に運ぶ。三人の間に沈黙が流れる。


「でもさ! 昨日はとうとう眼鏡まで壊されて帰って来たんだ!」

「それは」

「眼鏡のつるの所がポッキリ。頬の痣も酷くなっていたからおそらく」

「殴られた拍子に眼鏡が飛んだ」

「もう無理じゃん! どう考えたって辞めた方がいいんだって。あんな部活!」


 ローテーブルに身を乗り出して主張するミカンに、とりあえず落ち着くようにと声をかける。でも、俺もミカンの意見に賛成だった。どんな理由があろうと暴力は許されることじゃない。


「それで杏と喧嘩になっちゃってさ。部活の話をするどころか、口もきいてくれなくて」

「ミカンは間違ってないよ。俺だって同じ立場ならそう言ってる」

「ありがとう。でも、どうしたら杏に部活を諦めさせられるかわかんなくてさ」

「確かに理由がわからないよね」


 そんな目にあってまで弓道部を辞めないのはなんでだろう? 脅されているとか? だとしたら、それこそ早く辞めさせないと。


「悩んでいたときに紫村しむら|から近藤とアガサ先輩の話を聞いたんだ」

「なるほど」

「お願い! 二人には何の関係もない話だってのはわかってる。でも、どうして杏がそんなに弓道部にこだわるのかを調べて、弓道部を諦めるように言ってくれない? もう見てられないんだよ」


 悲痛な顔で訴えるミカンに先輩が冷静な顔でたずねる。


「杏さんの痣はいつも同じところ、右頬と左腕にできているのではないかな?」

「えっ? そこ気になります? 痣の場所って大事ですか?」


 見当違いな先輩の問いかけに、ミカンより先に抗議めいた声がでてしまう。

 

「痣の場所? 顔はいつも右頬だけど、腕はどうだろう。一度しか見てないし。ただ折れた眼鏡のつるは右側だったよ。でもそれが何か?」

「じゃあ、腕の痣は肘より先になかったかい? しかも内側」


 ミカンも、何の関係があるんだ、と言いたげな顔で答える。けど、そんなミカンの様子を気に留める風もなく、先輩が次の質問を口にする。

 

「えっ? 肘の先の内側? なんでそんな中途半端なところ?」

「あぁ、確かに言われてみればそうだった。あたしも変な場所だなって思ったから。見えない所を狙うなら、同じ腕でも二の腕とかじゃないかって。夏服は半袖だしさ。でも、なんでそんなことわかるの?」


 ミカンの返事に先輩が満足そうにうなずく。


「先輩、何がわかったんですか?」

「モナミ、灰色の脳細胞を働かせたまえ……と言いたいところだけれど、今回はやめておこう。確か弓道部の新人戦は今週末の土曜日だったね?」

「新人戦?」

「あぁ、そうだよ。今週末の土曜日に新人戦があるんだ。よく知ってるね。杏、選手に選ばれてるんだ。それもあって、いくら止めても部活に行き続けているんだ。……多分、部活を休めないようにする目的で選手にされたんだと思う」

「ひどい」


 そんな理由で選手にするなんて。杏さんはもちろん、他の部員に対しても失礼な話だ。


「ところでアガサ先輩は、何かわかったの?」


 期待を込めた目でミカンが先輩を見つめる。でも、先輩はその問いかけには答えず。


「よし、私たちも行こう。杏さんが弓をひく姿を見ておきたいんだ」

「いやいや、部外者の俺たちが新人戦を見に行くなんて無理ですよ。そんなことより、もったいぶってないで、何かわかったなら教えてくださいよ!」


 思わず先輩に詰め寄ろうとした俺を、ミカンが、いいんだ、と止める。

 

「別に弓道場の外から見る分には問題ないです。杏をよろしくお願いします。あたしではもうどうしようもできないので」

「ありがとう。私も杏さんのことは心配だが、迂闊なことは言えないのでね。きちんと自分の目で確認してから、お話したいんだ。決して、もったいぶっているわけではないからね」


 頭を下げるミカンに先輩が声をかける。後半はどう考えても俺への当てつけだけど。


「じゃあ、土曜日に」

「うん。あとで詳しい場所と時間は連絡するね。面倒なこと頼んでごめん。よろしくお願いします」


 そう言ってミカンは家庭科準備室を出て行った。


 *****

 夏場の紅茶は水出しが好きです。冷蔵庫にいれておくだけでできるし、特にフレーバーティーはなんとなく香りも綺麗に出る気がします。

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