第11話 とある弓道部員の勘違い【問題編】①
とある地方都市にある中高一貫
歴史があるといえば聞こえはいいが、ようはボロい旧校舎の二階の隅。家庭科準備室で俺と先輩は今日も読書に勤しんでいた。
夏休みが明けてもミステリ研究会に新たな会員は入らず。俺と先輩は夏休み前と変わらない日々を過ごしていた。
――なぜ家庭科準備室で読書?
嘘でしょ? まだそれ聞くの?
――いや、お約束かと。
そんな約束いらないよ。はぁ、仕方ないなぁ。
家庭科準備室なのは顧問が家庭科の先生だから。読書の理由は俺らがミステリ研究会の会員だから。
そして、先輩と俺が二人きりなのは会員が二人しかいないから! 先輩と俺は無関係! さぁ、どうだ!
――どうだって言われてもねぇ。情報多すぎない?
同じ質問を毎回するからでしょ! 毎回、心をえぐられる俺の気持ちにもなってよ!
――さっさと告白すればいいじゃん。モナミって呼ばれて、舞い上がってなかった?
舞い上がってたとか言うな! あぁ、そうさ。ちょっと期待してましたとも。でも、只今絶賛、暗雲立ち込め中なんだよ。告白なんて、できる状況じゃないの!
「おや、無関係とは素っ気ないね。幾度の放課後を二人きりで過ごしてきたというのに」
「やっぱり、俺、口に出してます? ってか、そういう思わせぶりな発言はどうかと思いますよ!」
憮然とした顔で答える俺に先輩の目が丸くなる。色素の薄い榛色の目が夕日を受けて橙色にきらめく。その綺麗さに見とれていたら、一拍おいて橙色の月形に変わった。
「おやおや、ご機嫌斜めかい? モナミ、心の安定には糖分が一番だよ」
そう言って先輩がローテーブルに置かれた箱から、饅頭を一つ差し出す。
「そういう問題じゃなくて! って、もういいです。それより美味しいんですか? それ」
どうせ何を言ってもはぐらかされるだけだろうし。諦めた俺は先輩の手の平にのった丸い物体へ冷たい視線を送る。
「何を言うんだ。程よい甘さと、もっちりとした皮。単なるお土産ものとは一線を画したクオリティだよ」
そう言いながら先輩は俺の手に無理矢理一つのせると、自分も一つ取って口に運ぶ。そして満足げに目を細めている。
直径四センチメートル程、小ぶりなそれはこの街の定番デートスポットである水族館の、これまた定番のお土産。その名もくらげ饅頭。
くらげ饅頭って言ったら普通は水まんじゅうとかを考えるよね? もしくはくらげの焼印がされているとかさ。ところがこいつは予想の斜め上をいく代物。なんと真っ青なのだ。しかも玉ねぎ型。目にも鮮やかなその色と特徴的な形。どう見てもくらげというより、某有名RPGにでてくるぷるぷるのあのモンスター。お世辞にも美味しそうには見えない。とはいえ。
「あ、美味しい」
手の平にのったものを箱に戻すわけにもいかず。恐る恐る口に運んでみたら、思いの外だった。もれた言葉に先輩がまた目を細める。
「そうだろう、そうだろう。惜しむらくは水族館でしか売っていないことだね」
「いや、確かに美味しいですけど、この見た目ですよ。お店に並んでも買う人は少なそうですよ。ってか、大々的に売ったら、確実に怒られますよ。某有名ゲーム会社に」
「まぁ、それもそうだね。希少価値もまた隠し味といったところか」
残念そうな顔でうなずくと先輩はまたローテーブルの箱に出を伸ばす。
ところで饅頭とココアって組み合わせ的にどうなんだろう。先輩の前に置かれたマグカップへ目をやる。どう考えても甘過ぎると思うんだけど。
「何を言う。饅頭とココアの甘さは別物。素晴らしい組み合わせだよ」
「だから、俺、何も言ってませんよね?」
なんだろう。だんだん不安になってきた。俺って知らぬ間に思ったことを口に出したりしてるんだろうか?
「まぁ、好みは人それぞれだからね。そんなことより
「えっ? 久しぶりなんですか?」
あれだけ力説するのだから、てっきりよく食べているのかと思っていたのだけど。
「さすがに家族で水族館という年齢ではないし。さりとて、一人で行くにはややハードルが高い場所だからね」
「それもそうですね」
先輩の言葉にうなずく。
水族館はこの田舎町にある数少ないデートスポット。週末だけでなく放課後だって学園のカップルが誰かしらいる。現にこのくらげ饅頭はジュンジのデート土産だ。
確かにあそこに一人で行くのはなかなか勇気がいる。
だったら二人で行きませんか?
ふと思いついた考えに俺は慌てて頭を横にふる。
いやいや、先輩には他に好きな人がいるかもしれないんだって。俺、何を考えているんだよ。
ん? いや、でも待てよ。
頭をふって追い出しかけた考えにもう一度手を伸ばす。もし本当に先輩に好きな人がいるなら、誘っても断るはず。逆に断らなければ、俺、自信持ってもいんじゃないか。
そうだよ。告白して玉砕なんてしたら気まずいことこの上ない。でも、水族館に誘って断られるくらいならダメージもそこまでじゃない、はず!
「あの! 先輩、俺と!」
「ねぇ、ミステリ研究会ってここだよね?」
一緒に水族館へ行きませんか? って続くはずだった俺の言葉は、ノックも無しに家庭科準備室へ飛び込んできた人間の大声でかき消された。
「モナミ、何か言ったかい?」
「いや、いいです」
出鼻をくじかれた俺はそうこたえると、家庭科準備室の入り口に目をやった。
誰だ、人の恋路を邪魔する奴は! って、えっ?
「福山さん? えっ? 何で?」
そこに立っていたのは、旧校舎とは無縁のはずの運動部員。ソフトボール部のエース、福山
「あっ、もしかしてお取込み中?」
スパーンと家庭科準備室の扉をあけ放った状態で、福山さんがしまったと言いたげな顔で立ち尽くしている。
短く切られた栗色くせっ毛に同じく栗色のくりくりとした目とそばかす。小柄ながらもしなやかに伸びた手足は俊敏で好奇心旺盛な小鹿を連想させる。いかにも元気の塊といった風の少女。
「いいや、気にしないでくれたまえ」
いや、こっちは十分気にしてるんですけどね! 一世一代のお誘いをふいにされた俺は憮然とした表情で先輩を睨む。もちろん先輩はいつも通りに華麗にスルーだけどね。
その態度にため息をつきつつ、俺は改めて福山さんに声をかける。
「いや、気にしないで。それにしても珍しいね。ソフトボール部のエースがうちに何か用事?」
福山さんは俺と同じ高等部二年生。とは言え、俺やジュンジ、ヒサヨシのように中等部からの持ち上がりではなく、高等部から入学してきた、いわゆる外部組だ。しかもスポーツ推薦組とあって、俺とはほとんど接点はない。
ここがミステリ研究会の部室とわかって訪ねてきたみたいだけど、まさか入会希望ってわけじゃないだろうし。
「近藤、ミステリ研究会を始めたって本当だったんだ。ねぇ、バスケ辞めるって本気なの?」
なぜか意外そうな顔で俺を見つめる福山さんの言葉に俺は首を捻った。
はい? 何の話? バスケって、バスケットボールだよね?
意味が分からず、言葉に詰まった俺をどう勘違いしたのか。俺が何か言う前に福山さんが慌てて手を横に振る。
「ごめん。部外者の私が言うようなことじゃないね。そんなことより、ミカンでいいよ。タメなんだし。ちょっと相談したいことがあってきたんだけど、アガサ先輩って今日はいないの?」
そう言って家庭科準備室を見回す福山さん、改め、ミカン。その目線は先輩を見事にスルーしている。
ジュンジ、ヒサヨシと来て、次はミカン。思わずニヤニヤしてしまった俺は、先輩の顔をみて慌てて真面目な顔を作ろうとしたのだけど。
「モナミ! その顔は何かね! 失敬な! 福山さんと言ったかな? 僭越ながら君より少し人生経験の豊富な先輩として一言アドバイスをさせていただこう。人を見た目で判断するのは愚か者のすることだよ」
どうやら失敗したらしい。ふくれっ面の先輩が俺とミカンに向かって文句、じゃなかった、先輩のありがたいアドバイスをしている。本気で憤慨している先輩を見て、俺は慌ててミカンに説明する。
「こちらが我がミステリ研究会の会長、アガサ先輩だよ」
「えっ?」
できる限り厳かに言ったつもりだったのだけど、ミカンには効果がなかったらしい。キョトンとした顔で俺が示す先、つまりはアガサ先輩を見つめている。
ここで一応説明を。アガサ先輩と紹介したけど、もちろん本名は違う。本当は阿川先輩だ。以前にジュンジがたまたまアガサと聞き間違え、それを先輩がお気に召して訂正しなかったので、そのままになってしまったのだ。
ちなみに俺は近藤です。ヘイスティングスとは縁もゆかりもない名前で申し訳ない。
「えぇっと、アガサ、先輩? こちらが? 名探偵の?」
おずおずとたずねるミカンに俺は大きくうなずく。先輩はふくれっ面のままだけど、どうやら名探偵と呼ばれて満更でもないらしい。口の端がちょっと笑いそうになっている。と、なぜかミカンはローテーブルの緋色の表紙の本に目をやった。そして、何度かうなずく素振りを見せると、よし、と呟いた。
「わかった!
「私は単なるミステリ好きの高校生に過ぎないよ。でも、私の灰色の脳細胞がお役に立てるなら、ささやかながら協力させていただこう」
神妙な様子で深々と頭を下げるミカンの姿と、再度の名探偵呼びに先輩のご機嫌はなおったらしい。先輩はそう答えてニヤリと笑うとマグカップのココアを一口飲むのだった。
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読んでいただきありがとうございます!
こちらの作品は「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」に応募中です。
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