第13話 とある弓道部員の勘違い【解答編】①
ミカンと約束した土曜日。天気に恵まれた
でも、そんな凛々しい袴姿を素通りして、俺の目はたった一人に奪われていた。
「モナミ、どうしたんだい?」
私服姿の先輩が少し困ったような顔で首を傾げる。そのしぐさが可愛くて俺は何も言うことができない。
鮮やかな空色のワンピースに白いカーディガン。学校ではおろされている長い髪は綺麗に編み込んでまとめ上げている。露わになった耳元で揺れる小さな雫型のイヤリング。
「あ、あの」
「お~い。近藤、こっち、こっち」
何か言わなければと焦る俺の声が、ミカンの声でかき消される。
「休みの日にわざわざありがとうね」
申し訳なさそうに頭を下げるミカンに先輩が首を横にふる。
「私が来たいと言ったんだ。それより二人とも周りを見てご覧。何かに気が付かないかな?」
「えっ?」
先輩の言葉に周りを見渡す。でも、袴姿の学生がそこら中にいるだけで、これといって変わったところは何も。と言いかけた俺はあることに気が付いた。
「えっ、どうして?」
「近藤、どうしたの?」
「ほら、あれ」
「あっ」
俺の指さす先を見たミカンも驚きの声を上げる。
「先輩、あれって」
「さぁ、そろそろ杏さんの番ではないかな? 見逃しては大変だ」
「えっ、アガサ先輩」
俺とミカンの言葉を華麗にスルーして、先輩は弓道場の脇に用意された応援席へと歩き出す。その姿に俺とミカンも慌てて後を追いかけた。
パンッ。
「「よっしゃ~!」」
静まり返った弓道場に、矢が的を射抜く音と掛け声だけが響き渡る。
弓道の試合では矢が的に当たった時の掛け声以外は私語厳禁。さっき気になったことを聞くこともできないまま、銀杏学園の順番がくる。
弓道は三人一組の団体戦と個人戦を一緒に行う。袴姿で真っすぐ前を向いて道場に入ってきた杏さんは二番目。矢をつがえて、弓をひく。
パンッ。
静かな弓道場に的を射抜く音が響き、それを掛け声が追いかける。
「やっぱり」
「あれって」
杏さんの姿に俺とミカンの声が重なる。
「しぃ~。静かに」
先輩に注意されて、俺とミカンは慌てて口をおさえる。
その瞬間、今度は俺だけが目を丸くする。先輩の白い指先が寄せられた口元。いつもと違って、そこがうっすらと紅色に染まっていた。見慣れない姿に心臓が跳ねる。
色々なことに気を取られているうちに杏さんの出番は終わり。杏さんの結果は四本中二本的中。残念ながらチームとしても、個人としても、予選敗退。
杏さんの出番を見学し終わった俺たちは、三人で最寄り駅までの帰り道を歩いていた。部活の反省会があるということで杏さんとは話せなかった。でも、もう確認する必要もなかった。
「あたし、とんでもない勘違いしていたんだね。もっと杏の話をきちんと聞けばよかった」
先日の勢いはどこへやら。肩を落としてミカンがぽつりとつぶやく。
「仕方ないよ。ちゃんと話せば杏さんもわかってくれるさ」
「あたしの話なんて、もう聞いてくれないかも」
うつむいたままのミカンに、大丈夫、と声をかける。
「ミカンがどれだけ杏さんを大切に思っているかは、俺たちにだって伝わったよ」
「近藤」
「杏さんの話をしていた時のミカン、本当に心配なんだなって伝わった。あれだけ杏さんのことを一生懸命に考えているんだもん。杏さんに伝わってないはずないよ」
「そう、かな」
うつむいていたミカンが俺を見る。その目は不安げに揺れている。
「大丈夫」
俺はもう一度そういって、大袈裟にうなずいてみせる。
「杏さんもわかってくれる。きちんと話しなよ」
「うん」
微かな声でミカンがうなずく。そんなミカンに俺はニヤリを笑って続ける。
「だって、あんな勢いで家庭科準備室のドアを開ける人、なかなかいないよ。大して面識もない、ほぼ初対面なのに、前置きも、なんならノックもなしにスパーンッだもん。どんだけ必死なんだよって感じだよ。ってか、道場破りでもきたのかと思ったし」
「そこかい!」
ちょっとわざとらしかったかな、と思ったけど、ミカンも俺を叩く真似をしてくる。から元気なのは丸わかりだけど、そこには笑顔がのぞいていた。俺も大袈裟にそれを避けてみせる。
「それにお礼なら、俺より先輩に言ってよ」
「えっ?」
「そう言えば、先輩は最初から気が付いていたんですか? って、先輩?」
先輩の顔を見た俺は予想外の表情に驚いた。そこには眉間に皺を寄せた先輩がいたのだ。
「どうしたんですか? まさか、まだ何か?」
「いや、何もないよ。先日の福山さんの話でおおよその予想はついていたんだ。ただ、きちんとこの目で確認してから話そうと思って。だが、結果として福山さんに余計なショックを与えてしまった」
私としたことがとんだ失敗だ、と先輩が眉間に皺を深くする。その姿に何かフォローをと思ったのだけど。
「あっ、アガサ先輩もありがとうございました!」
俺が何か言う前にミカンが勢いよく頭を下げる。
「杏ともきちんと話します。近藤もありがとう」
ミカンの言葉に先輩の眉間の皺が微かに緩む。
こうして杏さんの痣の謎は無事に解決したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます