ガラスの靴を探して2

「で、でも、わ、私には王子様という人が……」


 求婚されたと思い込んでいるシンデレラ。

 ブツブツ独り言を呟く彼女を軽く無視する桃太郎はバッグを脇に置く。

 さっそく手当たりしだいに辺りを捜索した。

 そんな中、懐からぽとりと1台のスマホが落っこちた。

 それをシンデレラは「なにこれ」と目ざとく拾い上げた。


「へえ、あんた見かけによらず面白そうなもん持ってるじゃない」

「見かけによらずは余計じゃ」


 桃太郎は眉をひそめる。

 そんな桃太郎をシカトして、シンデレラは他人のスマホを勝手にイジり始めた。


「やめえやめえ。下手にイジると壊れるど」


 桃太郎が奪い返そうとしたところで、ピカッとスマホは光った。


「このライト使ったほうがいいでしょ?」


 逆光でシンデレラの顔は見えないが、したり顔なのだろう。

 桃太郎はシンデレラからスマホを無遠慮に受け取り、まぶしいライトを頼りに散策した。

 どういう理屈でこの薄っぺらい板が光を放っているかは、桃太郎にはわかなかった。

 しかし使えるものは使う主義である。


「シンデレラも一緒にガラスの靴探せえや。だいたいおめえのもんやろがい」

「私は靴がないっつってんでしょ。それに王子様と踊るんだから体力温存しとかなきゃ」


 どこまでも打算まみれの女である。

 桃太郎が言えた義理ではないが……。


 ともあれ。

 噴水の中と周辺を重点的に探したが、ついぞ見つからない。

 ガラスの靴らしいので水中に透過しているんじゃないかと思ったのだけど……苔ひとつ見当たらない。

 桃太郎は見事にアテが外れてしまった。

 スマホの液晶画面を確認すると、現時刻は午後11時55分。


「はあ、もういいわ」


 シンデレラは嘆息した。


「所詮、私には叶わぬ願い。貧乏人ルサンチマンはおとなしく沈むわよ」

「王子様との恋仲を諦めるんか?」


 ハッピーエンドを諦めるのか?

 それがシンデレラの導き出した答えなのか?


 桃太郎は他人事ながら無性に腹が立った。


「しょうがないじゃない。身分が違い過ぎるもの。生まれも育ちも、見えている世界も、何もかも」

「関係ねえじゃろ。身分とか人種とか、そげーなもん些細な問題じゃ」


 桃太郎はそう言ったが、シンデレラはカボチャの馬車に繋がれた白馬を愛でながら儚げに俯いた。


「こんな立派なドレスを着たって、心までは飾れない。それが貧しいということなの」


 スマホの時計は午前0時を表示していた。

 学校の時計台のチャイムが鳴ると校舎に悲しいほど重たく響いた。

 結局、ガラスの靴は見つからず、ドレスは灰煤はいすすけたボロ布に変わり果てた。カボチャは腐敗し、馬は白骨化する。

 王子様に出会うことも叶わずにシンデレラの魔法は解けた。


「おめえは着飾らなくても美しいと、僕は思うけどな」


 これは桃太郎の本心だった。


「ありがとう。私にはこのみすぼらしい恰好かっこがお似合いなのよ。全部わかってたの」


 シンデレラは自嘲的に笑った。


「所詮、私は貧乏人よ。魔法は解けて、ガラスの靴も消えたわ。もう素寒貧すかんぴん。ありのままの等身大のシンデレラよ。どう? 笑えるでしょ?」

「…………」

「私はね、小さい頃からお嫁さんになるのが夢だったの。たとえ貧しくても、素敵な旦那さんとふたりで、子供を育てて、いつまでも幸せに暮らして……なーんて、一夜の儚い夢だったわ」


 シンデレラは沈んだ声で呟いた。


「無理よ。貧乏のつらさは、これでも知ってるつもり。自分の子供にその苦しみをいるなんて嫌だもの。……はあ、この考え方からもう貧乏臭い。自分で自分が嫌だわ」

「なら貧困の連鎖を断ち切りゃあええ」

「そんなの無理よ。あーあ。貧乏人は少ないチャンスを掴めなきゃ終わりなのよ。もうとっくの昔に、みんな死んでればいいのに……」


 魔法が解けたせいか口まで悪くなるシンデレラだった。

 そんな傷心の彼女に桃太郎は言う。


「僕は死ねん。おじぃとおばぁが悲しむんじゃ」


 そして、とある鬼との約束だから。


「死ぬ気で生きにゃ、何になる」


 その鬼気迫る桃太郎の迫力にシンデレラは圧倒されてしまった。


「し、知らないわよ、そんなの……。必死に生きたって……何者にもなれやしないわよ」

「シンデレラ、僕は知っとる」

「あんた以外、誰も私のことなんて知らないわよ。憶えてもいない。シンデレラなんて骨と灰になって消えるだけよ」

「違う。そうじゃのうてやー」


 桃太郎は即座に否定した。


「僕は在処ありか言うとるんじゃ」


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