第一章 人工ギフテッド ⑤
昼休み。購買部で買った軽い弁当のウィンナーを箸でつまむ私の席を、グルッと人が取り囲む。お目当てはもちろん……
「ねえねえ、蒼井くんの能力はなんなの?」
「怪獣の体内の記憶って本当に無いの?」
「怪獣のことどう思ってる?」
怪斗一択だ。他クラスからも人が集まってきては、皆がみな思い思いの疑問を飛ばす。中には「体内から排出された時の気分はどうだった?」なんていう少々破廉恥なものもあった。
一方の怪斗はというと、相変わらずの無愛想さでパンを口に運んでいた。机の上をチラリと見ると、糖分が高そうな甘いパンが10個は置かれていた。細身にしては予想外の食いしん坊だ。
「理子は質問しなくていいの?」
群衆の中で唯一私に話しかけてきたのは、亜季だ。
「いや、いいよ。質問に答える気もなさそうだし」
「人工ギフテッドになりたいんじゃないの?」
「どうせ私はなれませんし〜」
私は拗ねたような口調で言う。なりたいのは事実だ。毎日『ヒカリ』に食われる夢だって見ている。でも……。
――なれないんだろうな。少し現実に打ちひしがれたような気分になる。
その瞬間だった。
「竹中……だったか?」
自分の苗字を呼ばれてドキッとする。声のした方を見ると、怪斗が立って私を見つめていた。
「は……はい!」
思わず声が上擦る。
「ちょっと話がある。屋上まで来てくれないか」
「はい、もちろん!」
即答だった。
うちの高校の屋上は基本的に開放されている。とはいっても、アニメなんかに出てくるような芝生とかが整備された素敵なものなんかではなく、空調設備が無秩序に置かれている殺風景という言葉が似合うものではあるが。
怪斗は私の手を強く引っ張り、屋上のドアを開けた。
「へえ、こんな感じなんだ。雰囲気あっていいな」
ドアノブに手をかざしながら怪斗が言う。
すると、瞬く間にピンク色のペーストのようなものが生成され、丸いドアノブを覆ってしまった。
「凄い……これが蒼井くんの能力?」
「いや、単なる応用だ。10分もすれば溶けてなくなる」
怪斗は再び私の手を引っ張った。さっきに比べ、手が冷たくなったような気がする。
「ここなら誰にも聞かれないだろ」
屋上の真ん中あたりまで来たところでぼそっと呟く。
「いいか、今から話すことは他言無用だ。誰にも話すなよ」
「う……うん」
どんなことを言われるのだろうか。好奇心と不安がごちゃ混ぜになる。
怪斗は用心深く首をキョロキョロ回すと、少し小さい声で話し始めた。
「さっき話しかけられた時に気づいたんだが、お前には素質がある」
「素質……?」
「まあなんだ、潜在能力があると言った方が正しいか」
――潜在能力……?私は首を傾げる。
「どんな能力なの?まさかさっき見せてくれたみたいな?」
「いや、そこまではわからない。どうして人工ギフテッドじゃないのにそんな力があるのかもな」
含みを持たせた言い方をすると、スマートフォンをズボンのポケットから取り出し、私に見せつけた。どうやら地図アプリらしい。
「今日の20時、いや19時にここに来れるか?
鷹見公園はこの地方都市を一望できる、少し高台にある公園だ。家から30分ほど歩いた場所にある。
「うん、いいけど。なんで?」
「いいか、覚悟して聞けよ」
怪斗は少し躊躇いを見せ、そして決心したような表情をした。
「今夜、この都市に怪獣が出る」
それは、予想だにしなかった言葉であった。
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