第一章 人工ギフテッド(①〜⑤まとめ読み用)

 ピピピピ ピピピピ……

「う〜ん、あと5分。いや10分だけ……」

 私は寝ぼけながら、夢の延長を依頼した。誰にというわけでもないが、強いていうならば『ヒカリ』にだろうか。『ヒカリ』は全てを解決してくれる。

 ピピピピ ピピピピ……

 だけど、目覚まし時計だけは止めてくれない。私は時計上部についている無駄に大きいスイッチを大袈裟に押し、布団をガバッと被る。もう一度『ヒカリ』に会いたい。『ヒカリ』に……

「食べられたい……」

「ほら〜お姉ちゃん、また二度寝しようとしてる」

 私の瞼が大きく開く。ベッド脇を見ると、安眠妨害装置2号こと弟が立っていた。呆れたような表情をしている。

「いつの間に居たの!?」

「1分前ぐらいから」

 驚く私に弟は冷静に答える。まるで精神年齢が入れ替わったかのようだ。

「うわ、恥ずかし。勝手に聞かないでよ」

「お姉ちゃんこそ。これじゃあまるで怪獣のファンだよ」

 ふたりしてどんぐりの背比べをしていると、階下から自分たちを呼ぶ声がした。母だ。

「理子!優斗!早く起きなさい!」

「ちぇっ、お姉ちゃんのせいで僕まで叱られた」

 弟は不満そうな顔をして一足先に部屋を出た。

「なにがお姉ちゃんのせいよ」

 私は同じく不満そうな表情をして、勉強机の上にある小さな額縁を見つめた。中には至近距離から撮影された『ヒカリ』の写真が収まっている。

 

 階段を下りると、いつもの光景が広がっていた。テーブルの上にはパンとサラダを主役にした色彩豊かな朝食が並び、食卓を家族3人が取り囲んでいる。自分はいつも最後発だ。

「理子、もうちょっと早く起きれないの?」

 母が不満を垂れる。これもいつもの光景だ。

「学校には間に合ってるんだからいいじゃん」

「それでもギリギリなんでしょう?」

「まあまあ、その気になったらちゃんと起きれるから」

 たわいもない会話をしながら、私は席につきパンに手をつける。

 左耳をテレビの音声がくすぐる。画面こそ見えないが、アナウンサーの話し声ぐらいなら聞こえる。

『巨大不明生物『ヒカリ』がかつての首都・東京に上陸して、今日で6年になります。14時には、東京県・立川市で斉藤首相による追悼式典が執り行われる予定です』

「あっ、お姉ちゃんの推しのニュースじゃん!」

 弟が要らぬツッコミを入れ、

「理子、まだ怪獣に食われたいとか思ってるのか?」

 父が食いつく。

「おおお思ってないし!ただ間近で見たいな〜ってぐらいだし!」

「怪獣なんて碌なものをもたらさん。あんなものを好きになるのはやめときなさい」

「は〜い……」

 私は適当に返事をし、パンをひと齧りした。少しだけ苦い味がした。


 制服を着て家を飛び出した私は、少し小走りをしながら駅へと向かった。地方都市の、しかも郊外というだけあって、朝時間帯でも来る電車は30分に1本しかない。1本逃せば遅刻確定だ。

 駅のロータリーに到着し辺りを見回すと、赤屋根の木造駅舎の前に見慣れた人物が立っていた。

「おはよー亜季」

「おはよう理子」

 亜季は同じ明英高校1年A組のクラスメイトで、同じ時間、同じ電車に乗って登校する。

「そういえば、亜季。ここで会うなんて珍しいね」

「うん。それがさ、電車が鹿と衝突したみたいで、20分遅れるらしいんだよ」

 亜季は黒のロングヘアーをクルクルと指で回しながら、さほど衝撃的でもない情報を伝えた。この田舎では電車が動物と衝突するぐらい、日常茶飯事だ。

 ただ遅刻がほぼ確定したのは厄介だ。私は愚痴に似た言葉を吐こうとしたが、亜季が遮る。

「そういえばさ、知ってる?転入生の話」

「転入生?なにそれ」

 初耳の情報だった。私の中の好奇心が叫ぶ。

「実はさ、今日男子の転入生がうちのクラスに来るっていう噂があってさ」

「なんだ、男子か。興味なし」

 鳴りを潜めようとした私の好奇心を、亜季の一言が呼び止める。

「いやいや面白いのはここからなんだよ。その子さ、なんと人工ギフテッドなんだよね」

 人工ギフテッド。その言葉に、私は全身の臓器がひっくり返った気分に陥った。


 ギフテッドとは、普通の人と比べて特定能力がずば抜けて高い人を指す言葉だ。例えば、一度見ただけで他国語を瞬時に理解できたり、難しい計算を楽々こなしたり、失敗を分析する能力が秀でていたり。そんな人をギフテッド、神からのギフトを受け取った者という。

 すなわち、人工ギフテッドとは読んで字の如く、人の手によって産み出されたギフテッドのことである。ただ、普通のギフテッドと違って、やや特殊な能力を有している場合が多い。


「人工ギフテッド!?」

「ちょっ、声でかいって」

「ああ、ごめんごめん」

 私は申し訳なさのかけらも無い謝罪を口にする。

「でも、よく人工ギフテッドがこんな辺鄙な学校を選んだね」

「ね、大阪とか名古屋行けばよかったのにね」

 亜季と意見が一致する。人工ギフテッドは日本を含めた各国が研究を進めてはいるが、ようやく安定した方法が確立したのがたったの5年前。それも完成までに数年単位を要するといった代物であった。今の日本には、100人強ほどしか居ないとされている。

 その貴重なひとりがたかが地方都市に転入してくるのだから、相当なワケがあるのだろう。

「やっぱりアレかな、世界を救うような重大な使命とかあったりするのかな」

「そんなのがあったらロマンあるんだけどねえ。ほら、私たちが寝てる間に人知れず化け物退治をしてたりさ。ロマンの塊じゃん」

「亜季、漫画の読みすぎ」

 話を振った自分が言うのもアレだが、亜季は漫画の主人公、特にヒーローに憧れている節がある。「世界が異能力者だらけになればいいのに」とは彼女の常套句である。

 そんな話をしていると、遅れていた電車の警笛音が遠くから聞こえた。

「まあ、どんな人工ギフテッドなのかはお楽しみだね」

「だね」

 ――やっぱり、食われたのかな……。改札に向かって駆け出す亜季に半歩遅れて、私は歩き出した。


 学校に着くと、予想通り1時間目の授業が既に始まっていた。遅刻仲間が多いのが救いではあったものの、国語の先生の機嫌は少し悪そうに見えた。

 私は今度は申し訳なさアピールをムンムンに醸し出しながら、教室後方の席についた。

 学校指定の紺色の通学鞄を床にそっと置き、筆箱やら教科書やらを取り出す。いつもの動作だが、関心はすっかり人工ギフテッドの方に向いていた。しかし、教室中をキョロキョロ見回すもそれらしき人は居なかった。

 そのまま何事も起こらず1時間目は終わり、15分間の休憩時間に突入した。会話のネタはもちろん、人工ギフテッドだ。

「なあ、今度のやつどんな能力を持ってるんだろうな」

「普通にIQとかそんなところじゃない?」

「俺、ギフテッドとか嫌いなんだよな。自分が劣ってるように思える」

「それはギフテッド関係ないでしょ」

 なんの変哲もない会話が繰り広げられる中、私はただ人工ギフテッドを待った。この休憩時間中に会える、そんな気がしたからだ。

 果たして、その勘は見事に当たった。教室前方の白いスライドドアがゆっくりと開けられ、初対面の人物が顔を出した。

 それが、私と人工ギフテッドくんとのファーストコンタクトであった。

 

 クラス中の目が人工ギフテッドくんに集中する。もちろん、その中には私も含まれていた。

 彼の見た目はある一点を除いていたって普通だった。髪型はセンターパート、細身で紺色の制服を上手く着こなしている。クラスに3人は居そうなかっこいい知的男子。そんな感じだ。ただ一点、髪色が濃い青色なことを除いて。

「なにあれ、かっこよくない?」

 左隣の席の亜季が机を寄せて話しかけてくる。

「そうだけど、なんか変な感じ。アニメに出てきそうっていうか」

「そこがいいんじゃん、わかってないな〜」

 流石は超能力者推しだと感心しながら、私はどこか劣等感に近いものを抱いた。どこにでも居る茶髪ショートヘアの私じゃあ、青髪の人工ギフテッドくんには敵わない。第一印象は完敗だ。

 謎の対抗心が芽生えようとしたちょうどその時、担任かつ歴史の先生が紙の束を重そうに抱え入室してきた。

「あれ?2時間目は数学じゃなかったっけ?」

 亜季が首を傾げる。確かに、本来ならば2時間目は数学の時間だ。「教室でも間違えたのかな?」と私は呟く。

 結果から言うと、その予測は大外れだった。先生は資料の山を教卓にドサっと置くと、白チョークで黒板に文字を書き始めた。それに合わせ、彼が教壇の上に行儀よく立つ。よくある、転入生の自己紹介タイムだ。

「え〜、皆さんも既にご存知かもしれませんが、今日からA組に新しい仲間が増えます。じゃ、自己紹介を」

 先生の声が高らかに響く。黒板には『蒼井怪斗』という4文字が縦にならぶ。ご丁寧に『あおいかいと』とルビまで振られている。

「蒼井怪斗です。よろしくお願いします」

 怪斗の声はどこか控えめで、高くも低くもない一般的なものだった。

「蒼井くんは人工ギフテッドだけど、みんなも仲良くするように」

 先生は教卓の上の資料を生徒全員に配り始めた。片面カラー刷りのその紙には、人工ギフテッドとの接し方がイラスト付きで長々と書かれていた。互いの能力を尊重すること、いじめないこと、自分に劣等感を感じないこと。小学生ですら知ってそうなことばかりだ。

 適当に目を通し顔を上げると、先生の指が自分の方を指していた。少しドキッとする。

「蒼井くんの席はあそこ、竹中さんの隣ね」

 ――竹中……自分!?鼓動が更に高ぶる。怪斗は声もなくうんと頷くと、机の間を縫って歩いては私の右隣の席に腰掛けた。

「よ……よろしくね、蒼井くん」

 私は若干震えた声で挨拶をしたが、怪斗は振り向きもしなかった。

 ――無愛想なやつ!私は心の中で唾をペッと吐いた。先生が言葉を続ける。

「それじゃあ、今日は怪獣が東京に上陸した日だし、怪獣と人類の歴史について授業しましょう」

 私の顔が反射的に黒板の方へ向く。気づけば目をキラキラと輝かせている自分が居た。


「巨大不明生物、まあ皆さんは普段怪獣と呼んでいますが」

 先生は『ヒカリ』の簡単なイラストを黒板上に描く。身長100メートルはある巨大な体躯、それに負けないほど長く地面に根を下ろしている尻尾、東京タワーを握りつぶした巨大な手、山手線の車両を200メートルは飛ばしたと言われる太い足。

 精密さには欠けていたが、『ヒカリ』推しの私から見ても合格点をあげたくなるほど特徴を捉えていた。

「最初の怪獣が我が国に上陸したのは、今日でちょうど6年前になる2024年11月7日。白昼の出来事でした。怪獣は東京中のビルやインフラを破壊してまわり、東京駅跡地で活動を停止しました。これが有名な『東京巨大不明生物上陸事件』、通称『ヒカリ事件』です。そのまんまですね」

 先生は微かに笑みを浮かべる。

「さて、この怪獣は現在『ヒカリ』と呼ばれているわけですが、その命名理由は大きく2つあります。ひとつは背中に無数に現れた人々の笑顔です。その数は犠牲者数と同じ100万人分であるとされ、犠牲者の顔であるというのが有力な説です」

 先生はそこまで話すと、教卓の中からプロジェクターを取り出し、卓上に置いて電源に接続しては、黒板にとある映像を投影した。

「もうひとつは人工ギフテッドの存在です。これをご覧ください」

 映像が再生される。内容は人工ギフテッド3人と一般人3人の100メートル走を映したものだ。ビーッというサイレンと共に6人は一斉に走り出す。だが、スタートしてすぐに人工ギフテッド組と一般人組の間はグングン離れていき、最終的に7秒近くもの差が生まれた。人工ギフテッドの圧倒的な勝利である。

「この3人の人工ギフテッドは、『ヒカリ事件』の11ヶ月後、東京駅跡地付近に居るところを保護されました。特筆すべきは今見せたような驚異的な身体能力、11ヶ月間一切歳をとっていなかったこと、そして怪獣災害の犠牲者であったという点です」

 先生は淀みなく話し続ける。

「3人はみな口を揃えて、自分が怪獣に吸収されたこと、怪獣の体内で特殊能力を手に入れたことを語りました。その数日後にはもうひとりの人工ギフテッドが確認され、同じように高い知能を有していることがわかりました。このことから、『ヒカリ』は人工ギフテッドを産み出す母体としての役割を持つことになり、我が国は人工ギフテッド研究の最先端国になったのです」

 先生は口を一瞬だけ休めた。

「さてと……。今現在、『ヒカリ』に吸収されるための唯一の手段は口から直接入ることですが、中に入れる人数は年に100人ほどに限定されています。皆さんの中に、人工ギフテッドになりたい人は居ますか?」

 教室内にポツポツと手が挙がる。当然、私も挙げた。

「人工ギフテッドになるためには、元から高い基礎能力を有していることが求められています。また、怪獣の体内から出られるまでの期間も人によってばらつきがあるとされています。それでもなりたい人は、しっかりと日々の授業を受けるように」

 ――結局は授業授業か……。私は少しがっかりした感じで手をゆっくり下ろした。体育も勉学も平均並みの自分じゃあ、人工ギフテッドになんかなれないだろうな……。

 ――そういえば、怪斗も怪獣に吸収されたんだよね……どんな感じだったんだろ。私の頭の中にふとそんな疑問が湧いたが、『ヒカリ』の絵を消す黒板消しの音と共に疑問も掻き消された。怪獣の体内での記憶は消去されるという記事を思い出したからだ。

「『ヒカリ』の後、世界各国で怪獣災害が多発するようになりましたが、その話はこの後の時間でしましょう。今は数学の先生にバトンタッチします」

 そう言うと、先生は教室を出ていき、代わりに数学担当の老教師が入ってきた。退屈な時間の始まりだ。


 昼休み。購買部で買った軽い弁当のウィンナーを箸でつまむ私の席を、グルッと人が取り囲む。お目当てはもちろん……

「ねえねえ、蒼井くんの能力はなんなの?」

「怪獣の体内の記憶って本当に無いの?」

「怪獣のことどう思ってる?」

 怪斗一択だ。他クラスからも人が集まってきては、皆がみな思い思いの疑問を飛ばす。中には「体内から排出された時の気分はどうだった?」なんていう少々破廉恥なものもあった。

 一方の怪斗はというと、相変わらずの無愛想さでパンを口に運んでいた。机の上をチラリと見ると、糖分が高そうな甘いパンが10個は置かれていた。細身にしては予想外の食いしん坊だ。

「理子は質問しなくていいの?」

 群衆の中で唯一私に話しかけてきたのは、亜季だ。

「いや、いいよ。質問に答える気もなさそうだし」

「人工ギフテッドになりたいんじゃないの?」

「どうせ私はなれませんし〜」

 私は拗ねたような口調で言う。なりたいのは事実だ。毎日『ヒカリ』に食われる夢だって見ている。でも……。

 ――なれないんだろうな。少し現実に打ちひしがれたような気分になる。

 その瞬間だった。

「竹中……だったか?」

 自分の苗字を呼ばれてドキッとする。声のした方を見ると、怪斗が立って私を見つめていた。

「は……はい!」

 思わず声が上擦る。

「ちょっと話がある。屋上まで来てくれないか」

「はい、もちろん!」

 即答だった。


 うちの高校の屋上は基本的に開放されている。とはいっても、アニメなんかに出てくるような芝生とかが整備された素敵なものなんかではなく、空調設備が無秩序に置かれている殺風景という言葉が似合うものではあるが。

 怪斗は私の手を強く引っ張り、屋上のドアを開けた。

「へえ、こんな感じなんだ。雰囲気あっていいな」

 ドアノブに手をかざしながら怪斗が言う。

 すると、瞬く間にピンク色のペーストのようなものが生成され、丸いドアノブを覆ってしまった。

「凄い……これが蒼井くんの能力?」

「いや、単なる応用だ。10分もすれば溶けてなくなる」

 怪斗は再び私の手を引っ張った。さっきに比べ、手が冷たくなったような気がする。

「ここなら誰にも聞かれないだろ」

 屋上の真ん中あたりまで来たところでぼそっと呟く。

「いいか、今から話すことは他言無用だ。誰にも話すなよ」

「う……うん」

 どんなことを言われるのだろうか。好奇心と不安がごちゃ混ぜになる。

 怪斗は用心深く首をキョロキョロ回すと、少し小さい声で話し始めた。

「さっき話しかけられた時に気づいたんだが、お前には素質がある」

「素質……?」

「まあなんだ、潜在能力があると言った方が正しいか」

 ――潜在能力……?私は首を傾げる。

「どんな能力なの?まさかさっき見せてくれたみたいな?」

「いや、そこまではわからない。どうして人工ギフテッドじゃないのにそんな力があるのかもな」

 含みを持たせた言い方をすると、スマートフォンをズボンのポケットから取り出し、私に見せつけた。どうやら地図アプリらしい。

「今日の20時、いや19時にここに来れるか?鷹見公園って場所だ」

 鷹見公園はこの地方都市を一望できる、少し高台にある公園だ。家から30分ほど歩いた場所にある。

「うん、いいけど。なんで?」

「いいか、覚悟して聞けよ」

 怪斗は少し躊躇いを見せ、そして決心したような表情をした。

「今夜、この都市に怪獣が出る」

 それは、予想だにしなかった言葉であった。

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