第一章 人工ギフテッド ④

「巨大不明生物、まあ皆さんは普段怪獣と呼んでいますが」


 先生は『ヒカリ』の簡単なイラストを黒板上に描く。身長100メートルはある巨大な体躯、それに負けないほど長く地面に根を下ろしている尻尾、東京タワーを握りつぶした巨大な手、山手線の車両を200メートルは飛ばしたと言われる太い足。

 精密さには欠けていたが、『ヒカリ』推しの私から見ても合格点をあげたくなるほど特徴を捉えていた。


「最初の怪獣が我が国に上陸したのは、今日でちょうど6年前になる2024年11月7日。白昼の出来事でした。怪獣は東京中のビルやインフラを破壊してまわり、東京駅跡地で活動を停止しました。これが有名な『東京巨大不明生物上陸事件』、通称『ヒカリ事件』です。そのまんまですね」


 先生は微かに笑みを浮かべる。


「さて、この怪獣は現在『ヒカリ』と呼ばれているわけですが、その命名理由は大きく2つあります。ひとつは背中に無数に現れた人々の笑顔です。その数は犠牲者数と同じ100万人分であるとされ、犠牲者の顔であるというのが有力な説です」


 先生はそこまで話すと、教卓の中からプロジェクターを取り出し、卓上に置いて電源に接続しては、黒板にとある映像を投影した。


「もうひとつは人工ギフテッドの存在です。これをご覧ください」


 映像が再生される。内容は人工ギフテッド3人と一般人3人の100メートル走を映したものだ。ビーッというサイレンと共に6人は一斉に走り出す。だが、スタートしてすぐに人工ギフテッド組と一般人組の間はグングン離れていき、最終的に7秒近くもの差が生まれた。人工ギフテッドの圧倒的な勝利である。


「この3人の人工ギフテッドは、『ヒカリ事件』の11ヶ月後、東京駅跡地付近に居るところを保護されました。特筆すべきは今見せたような驚異的な身体能力、11ヶ月間一切歳をとっていなかったこと、そして怪獣災害の犠牲者であったという点です」


 先生は淀みなく話し続ける。


「3人はみな口を揃えて、自分が怪獣に吸収されたこと、怪獣の体内で特殊能力を手に入れたことを語りました。その数日後にはもうひとりの人工ギフテッドが確認され、同じように高い知能を有していることがわかりました。このことから、『ヒカリ』は人工ギフテッドを産み出す母体としての役割を持つことになり、我が国は人工ギフテッド研究の最先端国になったのです」


 先生は口を一瞬だけ休めた。


「さてと……。今現在、『ヒカリ』に吸収されるための唯一の手段は口から直接入ることですが、中に入れる人数は年に100人ほどに限定されています。皆さんの中に、人工ギフテッドになりたい人は居ますか?」


 教室内にポツポツと手が挙がる。当然、私も挙げた。


「人工ギフテッドになるためには、元から高い基礎能力を有していることが求められています。また、怪獣の体内から出られるまでの期間も人によってばらつきがあるとされています。それでもなりたい人は、しっかりと日々の授業を受けるように」


 ――結局は授業授業か……。私は少しがっかりした感じで手をゆっくり下ろした。体育も勉学も平均並みの自分じゃあ、人工ギフテッドになんかなれないだろうな……。

 ――そういえば、怪斗も怪獣に吸収されたんだよね……どんな感じだったんだろ。私の頭の中にふとそんな疑問が湧いたが、『ヒカリ』の絵を消す黒板消しの音と共に疑問も掻き消された。怪獣の体内での記憶は消去されるという記事を思い出したからだ。


「『ヒカリ』の後、世界各国で怪獣災害が多発するようになりましたが、その話はこの後の時間でしましょう。今は数学の先生にバトンタッチします」


 そう言うと、先生は教室を出ていき、代わりに数学担当の老教師が入ってきた。退屈な時間の始まりだ。

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