第5話:作品の完結について

「……はぁー」


 自身が経営する小さな喫茶店のカウンターで、レイバーは大きなため息を吐いた。


「なるほど、いきなりため息から始まるエッセイなんてのもあるんだね」


 ズズ、とレニルが真顔でカフェオレをすする。


「今日も憂鬱そうだねぇ」

「ええ、今日も筆が進まないのでね」


 レイバーはにこり、と何かを押さえつけているような気持ち悪い笑みを浮かべた。


「……あ、うん。で、今日はなんでまたこれが書かれているわけ?」


 それに対し、一歩引きながら答えるレニル。


「ええとですね、今作こそ本当に完結できないのではないかと不安になってきたからです」


 レイバーはまた『はぁー』とため息を吐いた。


「今まではなんだかんだちゃんと完結させてきたもんね」


 レニルは羽織っていたローブのポッケから本を取り出した。

 そこには、彼――いや作者? の活動の軌跡が書かれていた。


 という設定だ。


「というか、地の文さん。そうやってあんまりメタいこというと正直冷めるよね」


 唐突な火の玉ストレートに地の文さんは大ダメージを受けた。


「やめてください。この作品は好き勝手する作品なんです。あーあー聞こえなーい」


 そして、レイバーもダメージを受けたようだ。


 それから、レニルはレイバーを無視して、パラパラとその本をめくる。

 最初のページは少し飛ばし、四ページ目には『終末色の生物兵器-フェニックス-』という作品が書かれていた。小説家になろうに投稿した、初投稿作品だ。

 さらに、数ページまとまっているが、連載中作品は、現在定期更新中の『ダンジョン配信から始まる学園生活!』のみになっている。

 他作品は、完結済みの短編あるいは長編のみだ。


「ああ、私の軌跡が書かれた本ですか。確か、最初の数ページは白紙だったり、未公開作品が書かれていますよね?」


 カウンターに突っ伏していたレイバーが、体を起こした。


「だね。まあ話してもいいけど……長くなるからいっか」

「気になる方がいらっしゃいましたらぜひ応援コメントを!」


 カウンターから身を乗り出し、虚空を指さして叫んだ。


「普段の作品にもつかないのに、ここにつくわけないでしょ」


 レイバーは、頭を本でコツンと小突かれた。


「あいてっ」

「というか、未公開だけどボツって高頻度でやってるよね。でも投稿した作品は完結させるじゃん。あの差はなんなの?」


 彼の手元には、多くのボツ作品がある。彼の軌跡の本にあった、最初の数ページもそれだ。

 しかし、作品として公開したものは、全て完結済みになっているのだ。


「あれはですね……言ってしまえば、プライドみたいなものでしょうかね」

「プライド?」


 レニルは小首をかしげる。


「ええ、作品を公開した以上は、打ち切り――あるいはエターナル、エタという行為はしたくない、という意地です」

「なるほど、だからうんうん言いながらもなんとか完結させてるわけね」


 だから、彼はいつも投稿後に自身に締め切りを課し、必死になって完結させている。

 自身の意地により無理矢理にでもそれを守っているのだ。


「はい。それに、完結させた方が成長につながる――という説もありますしね」


 小説家はよく『完結させると大きく成長する』と言われる。それは作品を俯瞰して反省点を挙げられることや、一つのタスクを終わらせた達成感が得られることなどがよく挙げられている。


 しかし、目を瞑りながら言う様子から見るに、彼はどうも懐疑的なようだ。


「信じてなさそうな顔してるね」

「ええ。だって私、執筆中の作品だろうがおかまいなしに無限に反省点挙げられますからね」


 手を広げ、おどけて言う。


「どんくらい?」

「そうですね――こっちのパネルで話しましょうか。『ダンジョン配信から始まる学園生活』――以下ダン学を例にあげましょう」


 ガタン、と何もなかったはずの天井から白いボードが降りてきて、そこに画面が表示された。

 そこには、箇条書きでいくつかの反省点がピックアップされていた。


・表現したいことのない戦闘シーンが多い

・計画性のない戦闘シーン。微妙に活躍しないキャラが居た。

・『学園交流祭』というポッと出の設定を使ったことにより、無駄に風呂敷を広げてしまった

・青春ストーリーと言っておきながら、明確にどう青春させるかを考えておらず、そのコンセプトが文字だけのものになってしまった

・キャラの掘り下げが足りない

・主人公が主人公らしくない

・本文中での設定の矛盾が多い。推敲不足


「まあこんな感じですね。パッとまとめましたが、詳細は軽く五十倍くらいは考えてます」

「……流石に嘘でしょ?」


 信じられない、と言いたげなレニル。


「いえ。概算ですが、大体そのくらいですよ」


 例えば、主人公が主人公らしくない、とあるが、では具体的にどこがどう影響してそう思ったのか。そして、どうやったら改善できるのかなどの詳細を考えている。


「よくやるねぇ」

「でないと成長できませんから」


 当然、とでも言わんばかりの態度だった。


「でも、書いてる途中でも反省点出せるんだね。これなら確かに完結させなくてもいいって思っちゃうかも」

「ええ。前に一度やさきょう――『心優しき狂戦士』を自分で最初から最後まで読み返しましたが、反省点についてはこれといって大きな発見はありませんでした」

「へぇ、じゃあますます完結しても直接成長には繋がらない可能性が高いんだ」


 そちらの作品についても、執筆中に出した反省点以上の発見は見られなかった。つまり、結論は彼女の言う通りということだ。


「はい――ですが、逆にこれのせいで無理に完結させなくていいんじゃないか、と思い始めてしまった部分もあるんです。完結の意地がいつもより揺らいでいるわけですね」


 レイバーは頭を抱えていた。


「だから『完結させられないかも』なんて言っていたわけね」

「そういうことです」


 これが最初の話とつながるようだ。


「あと、この前Xで『作品消したい』とか言ってたのもそこね」


 キラリと彼女の眼が光ったような気がした。


「……ええ、そうですが」


 心底嫌そうに返すレイバー。どうやら、それが読者にとってはあまり好ましくない発言だということは分かっているらしい。


「とはいえ、ここは気持ちの問題ですし。今のところ、完結させたい気持ちの方が強いですから、やるとは思いますがね」

「ま、いつも似たようなこと言いながらなんだかんだやってきたしね」

「ですね、結局やるしかないわけですから」


 ふっ、と諦めのような、けれど希望の含まれた笑いを漏らすレイバー。


「……でっでもっ! Webに投稿した後に自分で気づいた反省点を読者に指摘されることを考えたらッ!」


 さっきの様子からは一変、拳を握り悔しそうにカウンターに叩きつけた。


「いい雰囲気が台無しだよ」


 額に手を当て、ため息を吐くレニル。


「流石に冗談ですよ。とはいえ、自分でも分かっている部分を指摘されることほど辛いことがないのも事実であり……」


 レイバーは死にそうな顔をしていた。経験があるらしい。


「でもさ、悪いとこが分かってて、改善方法もある程度出してるんなら、改善できるんじゃないの?」


 本来であれば、Webに投稿している以上、作品は後からいくらでも修正できるはずだ。

 レニルは疑問に思った。


「それがですね、現行の作品については、難しいわけです……」

「そりゃまたどうして」

「複数サイトに投稿しているので、修正にかなり時間が掛かるんですよ。小さな改変でもロードは長いですから」

「……つまり怠惰ってことね」


 真顔で指摘するレニル。


「異議あり! 確かに表現や誤字脱字の修正についてはその通りですが、それ以外――大きな改変については、途中からやるのはかなり難しいです」


 ビシッ、とレニルを指差して叫んだ。


「ほう、そう来たか。確かに、過去の話を大幅に改変ってのは無理だね」

「ええ、私の出した改善案は、どれも根っこから大幅に変える必要のあるものばかりです――さらに言えば、これからの話においてそれらを適用するのもかなり難しいです」


 彼は過去の改変だけでなく、未来の改変についても指摘した。


「その心は?」

「既存のプロットから大幅にズレるからですね。それに、一部だけを適用するというのもかなり難しいです。物語は様々な部分が関与しあってできているわけですから」


 途中から改変すれば、今までの前提を崩すことになる。それは、急に作品の雰囲気が変わることにも繋がり、さらに悪化する可能性があるのだ。


「なるほどねぇ……これ、なんなら最初から書き直したほうが早そうだね」

「……ですから、多くの作者がリメイクに奔走するわけです」


 レイバーは目を瞑った。

 Web小説において禁じ手とされている行為(当社調べ)は『エターナル』、あるいは『エタ』――更新永久停止と、リメイクだ。


 後者は、何度作り直しても満足せず、無限にリメイクが始まる可能性がある。挙句の果てには、リメイクした後に、リメイク元もリメイク後の作品も全て更新停止という暴挙に出てしまう可能性もある。

 とはいえ、これらは完結してからリメイクすれば回避できる話ではあるのだが。


「あっ……」


 レニルは『この世の真理を暴いてしまった』と言いたそうな顔をしていた。


「とはいえ、これが真実なのかは分かりませんがね」


 レイバーは肩をすくめた。


「まあですから、私も最初から複数サイトに投稿するのはヤメにしようかと思っています。これからは、完結したりぃ、あるいは良い区切りがついて推敲もできてから、複数サイトに投稿、という形にしようかなと」


 別に複数サイトの修正の手間くらいいいじゃないか、と思われるかもしれないが、ロード時間なども考慮すると、結構面倒なのだ。


「そういえばさ、細かい修正って今やってないんだよね」

「ええ、やっていませんね」

「でもさ、それはやろうと思えばできるんでしょ?」

「……ええ、ですからつまり、それをやっていないとい私の怠惰なんですが」


 痛いところを突かれ、苦い顔をするレイバー。


「……でまあ、結局ここで駄弁っても出てくるのは次作の解決案だけであってさ」


 それから、カフェオレを一口飲んでから、彼女は当然の摂理を口にする。


「うっぐあぁ……」


 レイバーは言葉にならないうめき声を上げていた。


「なんて声出してるのさ」


 そんな彼をレニルは呆れながら、半目で見る。


「……はい、じゃあ戻りますよっと。文字数もいい感じになりましたしね」

「そういやそうじゃん」

「しかし、今回はそこそこ読みやすい会話が出来た気がします。ちょっと自信付きましたし、今回は悪くない逃避でしたね」


 ふふん、と自慢気なレイバー。


「……前、このエッセイ見返して『会話の割合多っ! クソ読みにくいな、誰だこれ書いたの。しかも無駄な情景描写も多いな!』とか言ってたもんね」

「言ってませんよ? 思っていましたが言ってませんよ?」


 真顔で必死に否定するレイバー。


 そりゃあ、全く読まれないよね……と随分落ち込んだという。


「とはいえ、文章は改善を意識しながら何度も書けばうまくなるものです。で、私はそれを結構やってきたわけです――ですから、そういう意味ではそこそこ成長しているのかもしれませんね」

「そりゃよかった。じゃあやる気があるうちに早くいきなよ」


 ニヤニヤと笑いながら、レイバーを追い払う。


「はいはい、分かりましたよっと。それじゃあ今日は店仕舞いです。それ飲み終わったら帰ってくださいね」

「分かってるよーん。じゃあね」


 ひらひら、とレニルは手を振った。

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書けない作家のひとりごと:エッセイ風小説 空宮海苔 @SoraNori

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