第4話:世界設定とその影響

「……なるほど。魔法使いも楽じゃないんですね」

「ほんとだよ。だからやっぱり、ここは必要なわけ。静かなここがね」


 喫茶店の中、静かに二人の会話が響いた。

 ここは、いつも人が少ない。


 マスターは色んなことをしていることもあって、特段喫茶店が繁盛する必要もないのだ。

 という設定だ。


 呟いた銀髪の少女――レニルは、今日は紫に青の刺繍が入ったローブを着ている。

 腕には、青みがかった金属に、宝石が嵌め込まれた腕輪を着けていた。

 宝石の色は、銀色――いや透明だろうか。

 美しく光を反射する宝石は、七色に光っているようにも見えた。


 その腕輪を着けた右手で、コーヒーカップを持ち上げ中身を飲んだ。


「――けほっ、まだ熱かった……」


 どこか不満げな表情でレニルは言った。


「大丈夫ですか? 冷まします?」

「だいじょぶ。てか自分でできるし」


 彼女はカップに手をかざす。

 すると青色の魔法陣が浮かび上がり、カップの水面が揺れた。


「お、流石」

「それほどでも」


 彼女はコーヒーを口に含んだ。


「で? これがエッセイとして切り取られてるってことは別に真面目な話じゃないんでしょ?」


 さて、BGMも切り替わったところだろうか。


「ええ、もちろん」

「というかさぁ、そもそも真面目な設定してないのに、真面目な描写しようと思うのが間違いだよね」

「まあそれはごもっともなんですが……これは私の訓練の一環でもあると言えばあるんですよ」

「ふぅん、そうなの?」

「はい。私はファンタジー作品を書くにあたって、結構史実の中性ヨーロッパについて調べています」

「なんだか意外」

「でしょう?」

「で? それが何か関係あるの?」

「もちろんありますよ。まず、確かに考証をすること自体はいいことだと確かに思うのですが……問題は、史実を調べすぎるあまりに現実に寄ってしまうことです」

「……別に、現実的になるのはいいことじゃない?」

「現実的、またはリアリティが上がる。それそのものはいいことです――ですが、単に史実に寄せるだけでは、魅力的な世界観はできません」

「まあ、確かに」

「ですから、その史実に偏った私の世界観を矯正するべく、この魅力的な世界観――つまり、私の理想を詰めたこの世界の描写を行うことで、ファンタジーに対する理解を深めよう、といったちゃんとした理由はあるんですよ、一応」

「へぇー……って一応?」

「……まあ、メインはただこういうのが好きで書きたいから書いてるだけです」

「一瞬でも関心した私がバカだった……」

「まあまあ、そっちも事実ではありますから」

「そうだけどさぁ」

「実際、これに関してはかなり困っていますからね……もっとこう、幻想幻想してるファンタジーを書きたいのですが」

「幻想幻想ってなんだ……」

「要するに『エモい』ってことです」

「抽象的すぎる」

「まあ、抽象的なのがエモさなのかもしれません。とは言っても、やはりそれらの理由の裏付け――つまり、説得力は持たせなければ魅力的とは言えませんがね。これが未だに史実を調べている理由でもります」

「……うーん、でもあんたの世界、調べてる割には普通のナーロッパって感じで特段変わった感じはしないけど?」

「……史実に沿った世界観と言えば、中世ヨーロッパでは道端にう◯こが落ちていたという話があります」

「ぶふっ!」


 レニルがコーヒーを噴き出した。

 そして、それは見事にレイバーのエプロンにかかった。


「い、いきなりなんてこと言うのよ!」

「しょうがないでしょう。事実なんですから」


 レイバーは冷静にエプロンを畳んでいた。


「にしても言うタイミングってもんがあるでしょ……」


 レニルは口元を拭ってから訊いた。


「というか、それが史実だとして、なんの関係があるのよ?」

「そういった史実は私の物語には合いません。ですから、一見ナーロッパっぽくなってるんです」

「なるほどね」

「もちろん、調べている以上は工夫している点や、参考にしている部分は多くありますがね」


「まあその……少なくとも道端に排泄物ってのは参考にする必要はないけどね」

「それに関しては諸説ありますがね。恐らくこれが有力であろうと言われています。あの時期は下水道も水道もなかったそうですからね」

「……うん、やっぱりそれは嫌だね」


 少し考えて、苦い顔で答える。


「はい、嫌なんです――とは言っても、この設定も使い方次第で面白くはなるのですが、私の物語には合いませんでした」

「基本なんかハピエン、王道上等綺麗な物語って感じだもんね。そこに排泄物があったら嫌だわ」

「ええ、王道のために暗い部分や汚い部分を見せること自体は厭わないですが、基本は綺麗なものの方が好きです。なのでちょっと排泄物はですね……」


 汚い市街などを物語としてうまく扱えないのであれば、無い方が良いこともあるはずだ。


「だけどさ、説得力は要るって言ったじゃん? じゃあどうしてんの? 特に考えてない?」

「大抵の場合は下水道だけは整備が進んでおり、残りは魔法、魔術を使った水洗トイレがありますね。たまに上水道も整備されている設定のときもあります。また、下水道がなくても汲取式トイレ+処理業者に加え、宗教観や過去に流行った疫病により高い衛生意識がもたらされ、かつ衛生面を改善する魔法により清潔な街並みが、といったところです」

「……なるほど、だから結局は普通のナーロッパみたいになってるのね」


 理由付けはされているが、表面上はナーロッパだ。それに、独自設定もあまり多くないことが多いので、ますます量産型の世界観に見えてしまうだろう。

 事実、もっとオリジナリティは出したほうが良いのかも知れないが。


「ええ。確かに史実をもとにするのもいいですが、前述の通り私には合いませんでしたから」

「ま、ちゃんと考えてるんならいいんじゃない?」

「はい。ついでに、これをやると他の生活における分野でも魔法が使われていることで、色々水準を上げることも可能です」

「いいね、これぞファンタジーって感じ」

「ですね、技術力の問題はこれである程度解決できます……が、やっぱり治安とかその辺りも難しいんですよねぇ」

「あー、やっぱり中世だと治安悪いだろうしね。でもそれが魅力でもあるんじゃない?」

「はい、それはそうなんですが……強姦上等宿屋は売春まみれなんて嫌でしょう」

「今日二回目! いきなりなんてこと言うの! ……これでも私、十七歳の女の子なんだけど? 分かってる?」

「しょうがないでしょう、中世なんですから」

「はぁ、最近あんたがTwitterで近代初期の方がいいかも、なんて言っていた気持ちが分かった気がするわ……」


 作者は最近『ヨーロッパモチーフファンタジー、日本みたいな治安にするくらいならまず近代初期あたりに時代を設定したほうがいいのでは?』と思い始めているのだ。


「近代初期も現代――それも世界的に見て治安の良い日本と比べればダメダメですがね。それでも、転生してもギリギリ耐えられるくらいではある……と今のところは思いますし」

「今のところ?」

「はい。今までも中世といえばケルト神話的なキラキラしたものを思い浮かべましたが、そもそも前期〜後期で大きく異なること、またお世辞にも転生したいと思える世界でないことは十分にわかりました――ですから、近代初期に対してもそうなる可能性は十分にあるわけです」

「なるほど。学んだってことね」

「ええ」


 レイバーは頷いた。

「まあこの『治安』という部分に関しては、他の冒険者の存在なども絡んでくるところなので、一概に良い悪いというわけではないのですが、正直そう言ったヤミヤミフェスティバルな部分を描写するのは得意ではないんですよね……困ったものです」

「やさきょうもイリアの旅も、普通に明るい物語だもんね」


 やさきょう、は拙作『心優しき狂戦士〜うんたらかんたら〜』の公認(?)略称である。

 尚、『〜』の後の部分は作者も覚えていない。


 イリアの旅も同じく拙作『イリアの幻想旅日記』の略称である。


 なかなかいないとは思うが、もしこれらをご存知ない場合は作者ページからGOだ!


「まあそれら物語のモデルである近世は中世と比べてかなりマシになってはいるんですがね。あ、あとイリアの旅に関しては知識不足な時点で作ったせいで色々不備が多いです。なので色々修正不可能になっていたんですが……応急処置として『全体的には近世っぽいが、レインのおかげで技術や文化は近代くらいにはなってる』みたいな謎設定にしました」

「……まあ、ファンタジーならそれくらい割り切ってもいいのかも?」

「それは確かにあるんですけどね……やっぱり、現実味や説得力は合ったほうが面白くなりますし、そういうのも考えるのも、うまくやれる限りは嫌いじゃありませんし」

「うまくやれる限りは、ね……」


 まあそのせいで手が止まったりしたら、お察しのことだろう。もう嫌になってくるのだ。


「……ええ、はい。技術――例えばガラスの透明度と厚さ、それに応じる価値とかはまだ考えられます。事実この部屋のガラスもそうですしね……ですが、政治っぽい話や事務系のおかたい話になるとてんでダメです……本当に一瞬で筆が止まります」


 これでは、政略計や、頭脳系の作品は到底書けそうもない。


「この前も、作者がイリアの旅で検閲について指摘されて『検閲ってなんだ……?』とか言ってたしね」

「基本はやはり雰囲気で書いてしまいますから。特にあれを書いていた時期は雰囲気でやっていましたし。一応その時期でも色々と調べてはいたんですが、まだまだといったところですね――今もうまくやれているとは言い難いと思いますが」

「まあ悪くはない方なんじゃない?」

「だといいんですけどね……」


 レイバーは嘆息した。


「まあでも、結局こういった時代考証よりも、生活に密着した部分の時代レベルだけざっくり考えてしまうのが良い気もしますがね。例えば治安や技術は近代、建築様式は中世後期〜近世混じり、みたいな」

「……要するに、それらの理由は後付で考えるってこと?」


 レニルはその言葉を咀嚼するためか一瞬考え込んでから答えを出した。


「はい。正直、こうやって細かい部分を考えていても、一番大事な物語に関わってくる部分が疎かになってしまっているな、という感覚があります。ですから、その辺りの『雰囲気』や『世界観』――つまり『世界設定』ではない、全体の雰囲気を決めるのが良いような気がしています」

「たしかにねぇ。当然だけど、結局ファンタジーってフィクションだもんね。まずざっくり決めて、それを物語が面白くなるためのものに調整するのがいいのかもね」

「お、とてもいいことを言いますね。そうなんですよ、結局小説とは『物語』なんです――例外もありますが、多くはそうです。特に私のそれもそうですからね。だから、恐らく今レニルさんが言ったような手法を取るのが一番かと思われます」

「そう? じゃあ存分に使ってくれたまえ」


 少しだけ恥ずかしそうにしながらも、レニルは尊大な言い方をしていた。


「……まあ結局、この文を書いてるのはどっちも作者なんですが」

「やめてよ、急に現実に引き戻すの」


 レニルは非常に苦い顔をしている。


「さて、だいぶ長いこと話しましたし、今日のお題はこんなところですかね――ご来店ありがとうございました」


 どこへ向かってか、レイバーはうやうやしく礼をした。


「……いい感じに終わらせようとしてる、クソエッセイなのに」

「クソ言うな」


 真面目な雰囲気を盛大にぶち壊したレニルに、レイバーがピシャリと言い放った。


「あと私帰らないから。まだ居させてもらうよ」

「まあそれは構いませんよ」


 レニルの言葉に、レイバーは嘆息して返す。


「うん、じゃあお疲れ様ー。ご来店ありがとうございましたー」


 と、いうことで本日も閉店だ。それではまた、いつか。

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