第19話 これが俺が目指す道?!


「しかし、せっかく演習場に来たのに二日酔いとはな。アルフィナ様もお前には期待してるんだ。次は素面で来いよ」

「ああ、わかってる。別に好きで飲んだわけじゃねえし。それより下にいかなくていいのか?」


 なにしろ、既に受講生たちは集合がかけられている。

 イオリも訓練を受けるんだったら、ここにいる場合じゃないだろう。


「ああ、我々騎士の鍛錬は既に終わっている。ここからは指導の時間だが、今日は初回だからな。後から出て行く演出だ。ここに来る者の多くは、今後兵士や傭兵になろうという若者たちだ。彼らの相手をするのが私の役目だな。女の騎士を見て、舐めた態度をとってくる者もいるだろう」


 それをコテンパンにしようってのか。

 悪趣味というか、何というか。


「生意気な奴の鼻っ柱を折るのは楽しいぞ。後の指導も楽になるしな。じっくり見ていくがいい」

「そうさせてもらうよ」


 イオリは黒髪を揺らしながら階段を降りて行った。

 どことなく楽しそうだ。

 ステップも軽やかに感じる。


 ひょっとして、俺にアイアンクローかました時も楽しんでいたのだろうか。

 あれは象さんが元気になってしまった俺のせいでもあるから、いいんだけど。


「(随分楽しそうにしてるじゃない、ケンセー)」

「うおっ?!」


 突然レトから話しかけられて驚いた。

 姿が見えない時にも、話しかけられるので、これは避けられない。

 常に一緒にいるわけじゃないし、レトはレトでやることがあるようだ。

 自分でも新しい体を探しているだろうし、他にも何かやっているのかもしれない。


「(ふ~ん、ああいうのが好みなんだ~)」

「(実際美人ではあると思ってるよ、乱暴だけど)」


 日本にいた頃なら、高嶺の花すぎて自分から距離を取ってしまうだろうな。


「(別にいいけどね。浮気もほどほどにしなさいよ)」

「(いや、俺達、別にそういう関係じゃないよね?)」


 レトは俺の返答を聞くより早く遠くに去っていった。

 お前はいったい俺のなんなのさ?


 それより、どんな指導が始まるんだろうな。

 演習場では騎士たちが整列させようと呼びかけてる。

 けど、てんでバラバラだし、話を聞いていない奴すらいる。

 この世界にも学校はあるらしいけど、団体行動を学ぶ場ではないんだろうか。

 いや、日本の教育自体が世界とずれているらしいし、これが普通なのかも。


 そもそもが若くして傭兵になろうって奴らだからな。

 自分の腕一本で食っていこうってんだ。

 それになんでもできるって勘違いする年頃だ。

 生意気な奴らが多いのは仕方ないだろう。

 でも、傭兵ってのは仲間との連携も大切なんだぜ? 


 ふっ、つい先輩風を吹かしちまったぜ。


「おはよう諸君! これから君たちには見習い騎士と共に訓練に励んでもらう。とはいえ、いきなりついてくるのは厳しいだろう。休憩は各自で自由にとってくれて構わないし、自分に向いていないと判断したら、勝手に出て行っても大丈夫だ」


 そういって男は休憩所を指さした。

 その先にあるのは屋根付きの長椅子と、水道だけ。

 無料の講習だしな。


 きっとこの講習は孤児たちがならず者にならないように、教会との接点を作っているんだと思う。要は治安維持の一環かな。


「だがこれは君たちにとってチャンスでもある。過去には動きのいい者がスカウトされたこともある。我々騎士団や国軍にな」


 受講生たちから歓声が上がった。

 そりゃ気合が入るよな。

 ここにいるのは皆みすぼらしい恰好で生活も苦しいだろうし。


 でも、上澄みがスカウトされるのか?

 それで落ちこぼれか、あるいは物好きが傭兵になってるってことかも。

 いや、一攫千金狙うなら傭兵だろうし、安定が欲しいなら国軍かな。

 騎士団は、学がないと駄目そうな印象だ。


「一つアドバイスするが、団体行動ができない者はまず選ばれないと思ってくれたまえ。どうするかは君たちの自由だがね」


 それだけ言って、男は奥に引っ込んでしまった。

 偉い人だったのかも。

 それにしても生身のはずなのに鎧を着ているみたいに随分逞しく見えた。

 団長と同じくらいか。


 あれっ? 

 逆に団長が凄い、って気がしてきたぞ。


 教練はすぐに開始された。

 見習いっぽい騎士たちが前に出て、受講生たちと対面する。

 年齢の違いだろうか、軽鎧を着た方が頭一つ背が高い。

 逆に受講生の方が大きい組もあるけど。


 そんな奴らは揃って自信のある表情をしている。

 中にはニヤニヤしている奴だっている。


 いるよな、根拠のない自信がある奴って。

 ひょっとしたら喧嘩慣れしてるのかもしれないけどさ。

 イオリの前にいる奴は、特にそれが顕著だ。


 いや、あれは鼻の下を伸ばしているのか? 


 まあ、イオリは見てくれがいいからな。

 暴力的な面を知らなければ、結構モテるんだろうな。

 最初は刺々しかったけど、戦闘後は割とフレンドリーだったし。

 なにより黒髪ポニテの威力は絶大だ。


「おっ、いきなり模擬戦か?」


 イオリと対戦者が向かい合うと、まもなく、開始の銅鑼が鳴らされた。


 初めにガツンとへこますと思ったけど、どうやらまずは様子見らしい。

 距離を取って、じっくりいくようだ。

 だけど、その目は相手の動きを一瞬も見逃さないよう、鋭くなっている。


 対戦相手が木剣を構えてイオリに突っ込んだ。

 イオリはそれを軽やかに避ける。

 その際に足を引っ掛けてバランスを崩した。

 実戦ならこれで終わりだ。


 けど、イオリはそんなことしない。

 相手が立ち上がるのを待って、不敵な笑みを浮かべた。


「そら、頭を狙うぞ!」


 宣言通りに、剣を上から振り下ろす。

 相手も聞こえているので当然受ける。


「次は右肩だ」


 予告、攻撃、防御がリズミカルに繰り返される。

 攻めているイオリは楽しいだろう。


 だけど、受ける方は正反対かもしれない。

 なにしろ防御するだけで精一杯。

 反撃に移れる隙なんて、見つけられないのだから。

 あったとしても、実行に移す体力技術はないだろう。


 対戦相手の表情は徐々に苦悶に満ちていった。

 剣戟の衝撃が激しいのか、それとも悔しさが大きいのか。


「どっちもだよなぁ」


 当初のニヤついた表情は鳴りを潜め、必死に食らいついている。

 反対にイオリの動きは、どんどんキレが増しているように見える。

 まるで、今までの戦いが準備運動だったみたいに元気一杯だ。


「綺麗な動きだな」


 イオリの体捌きは一つの芸術作品のようだ。

 体はそれほど大きくないのに、迫力を感じる。

 いや大きくないからこそ、無駄を省いて動いてるような。

 剣道とか剣術とかのことは分からないけど、単純にそう思った。


 なんというか、基本に忠実に見える。

 一つ一つの動きが丁寧なんだ。

 アルフィナを守るために、積み上げてきた努力の結晶なんだろう。


 なんだかリンダに言われたことが分かった気がした。

 これが俺が目指すべき姿なのかもしれないと。


「はぁっ、はぁっ、ま、参りました」

「うん、この調子で頑張れよ」


 イオリは運動してすっきりしたのか、とびきりの笑顔で対戦相手の手を握った。


 だが、イオリよ。相手の顔が引きつってるのに気づいているか?


 俺には彼の気持ちが痛いほど分かるぞ。

 自信満々だった分、恥ずかしさが増しているんだ。

 他の対戦も進んでいるけど、全員コテンパンにやられて倒れ込んでいる。


 まあ、実力差があるのは仕方ない。

 年齢も違うしな。

 でも女性を相手にしたのは彼だけだ。

 顔をあげられずに落ち込んでいるよ、可哀想に。


 でも、ちょっと待て。


 そういやイオリは実戦を経験してるし、なにより聖王機の搭乗者だぞ。

 ここにいるのがおかしすぎるくらいの実力者のはずだ。

 あいつ、ひょっとして本当に相手が凹む姿を見るのが好きなんじゃないか?


 イオリの真意を探ろうと見渡したけど、その姿はどこにも見えない。

 彼女はいつのまにか、コツコツと音を立てながら二階に登ってきていた。

 そして静かに俺のすぐ側に迫ろうとしている。


 何度か死線を越えたせいだろうか、俺の中の何かが訴えている。

 今すぐここから離れるべきだと。

 でも逆に、ここに残れって本能が言ってるんだ。


「剣星、随分顔色が良くなってるじゃないか」


 一仕事終えたイオリが、機嫌よく声をかけてくる。


「まあな、だいぶ酒が抜けた気がするよ」

「そうかそうか。だったらこの後ひと汗かかないか?」


 何を言うんだ、この娘さんは。

 そんなの駄目に決まってるだろ。


「いやいや、二日酔いに、運動は良くないですよ、イオリさん」

「そんな他人行儀な呼び方をするな、剣星。お前と私の仲じゃないか」


 いや、むしろその笑顔が怖いんですが。


「さっきの試合を見てただろ? こう見えても私は手加減が上手なんだ」


 イオリは俺の肩を手でそっと触れた。

 以前の俺なら恋が始まるんじゃないかと期待してただろう。


 でも、イオリの力強さは見た目通りじゃない。

 ここから逃がさないぞ、という強い意志を感じる。


「これからきっと剣星の戦いはどんどん激しくなっていくと思う。その時に思い出してほしいんだ。私は信じている。この挫折を糧に剣星は必ず強くなるって」


「心を折るのが前提なのはやめてくれ!」


 言ってることはまともに聞こえるけど、笑顔でいうセリフじゃない。


 その後、俺は他の受講生たちがランニングしている中、何度もイオリに打ちのめされることになった。

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