第14話 もうすぐ、完成だ!

 

 アルフィナの訪問から数日後、俺は街の喧騒よりも早く目覚めて、近所をジョギングしていた。今までだって散々走らされてきたし、朝飯前だから時間もそれほど長くはない。それでも何かしなくちゃという思いから始めたことだ。


「よう、剣星。朝から頑張ってるじゃないか」

「団長、おはようございます!」


 昨晩は団長の帰りが遅かったので食事は別だった。

 今日、担当してくれるのは団長なので、シゴキも二日ぶり。

 副長も寡黙で厳しいけど、団長はそれをさらに上回る。

 特に精神的にイジメてくるんだ。

 俺のしみったれた根性が気に入らないんだろうな。


「頑張って聖女様の期待に応えようってのかい?」

「そ、そんなんじゃないっすよ!」

「ほう、聖女様があんたの部屋に激励に来たって聞いたんだけどねぇ」


 団長がニヤニヤしながら肩を組んできた。

 それにしても、何故ばれたし。

 ひょっとして、顔に出てたか?


「私の情報網をなめるんじゃないよ。しっかし、あんたも単純な男だね~。聖女様の思惑通り、はりきっちゃってさ」

「どういうことっすか?」


「聖女様にしてみれば、戦いが激しくなる今後に向けて、聖王機を操れる剣星の力は貴重だからね。剣星が強くなれば、それだけ平和に近づくってもんだ」

「それは確かにそうですけど、アルフィナにそんなつもりはないですよ」

「へえ~、そうかい、そうかい」


 団長は全く信じていない。

 でも、弱みを見せてくれたし、本気の眼だったと思う。


「女はみんな女優なんだ。単純な男をコロッと騙すなんて簡単さ」


 なんか嫌な言い方するなぁ。反論したくなってきたぞ。


「それじゃ、団長も女優なんすか?」

「ふっ、この美貌でどれだけの男を手玉にとってきたか」

「筋肉で無理やりとかでしょ」


「ああん、なんだって?」

「すんません、調子乗りました。でも、だったら団長が俺を鍛えてるのも何か理由があるんすか?」


 表向きの理由はルクレツィア傭兵団の負担軽減だろう。新人が一人前になれば、その分、皆の負担が減るし、もっと大きな仕事も受けられるようになるかもしれない。


「それは秘密さ。女ってのは秘密があった方が魅力的だろ?」

「ソウッスネ」

「剣星が良い男になったら教えてやるよ」

「あっ、はい。あざす」


 色々突っ込みたくなったが、なんとかこらえた。

 また、締め落とされるのは御免だからな。


「まっ、どっちにしろ生き残るためには、強くなんなきゃいけないことに変わりはないんだ。この調子でしっかりやんなよ」

「うす」


 言われなくても元々そのつもりだ。

 俺が悪の根源を倒す、とはいかなくても、アルフィナの力になりたい。


「そういや、あんたの機人は午後には完成だって、おやっさんがいってたよ」

「マジすかっ?」

「ああ、明日からさっそく任務についてもらうよ。剣星は私とリンダと組んで出てもらうからね。でもその前に、今日もしっかり特訓と講義を受けるんだよ」


 そうして早朝特訓を終えると、部屋に戻り、いつものように講義が始まった。団長は田舎からきた俺の為に、この世界のことを色々と教えてくれている。今日のテーマは赤光晶という物質と、装甲機人についてだ。リグド・テランの鉱山で採っていた鉱物資源だし、軽く教わってるけど、詳しく説明してくれるみたいだ。


「剣星も見たことがあるはずだよ」


 街中でも、電気を生み出している透明な物質。それが赤光晶だ。


 人間の意志を感知すると赤く輝く特性を持っており、暮らしに欠かせないほど幅広く使用されている。数百年前に地中から発見された赤光晶は、動物の意志を感知して動く性質だと判明。それ以来、研究は続けられて装甲機人の完成に至った。


 その過程で生まれたのが赤光発動機、いわば人力モーターだ。動く方向を限定することで電気を発生させたり、回転の力を利用する仕組みだ。


 赤光発動機が電力を生み出す詳しい仕組みの説明はなかったけど、火力発電のタービンを回すとか、風力発電の羽を回すイメージで合ってるはずだ。たぶん団長が説明できないのは、この世界の技術水準が俺のいた日本より劣っているからで、一般市民まで知識が降りてきていないせいだと思う。


 でも技術者はしっかり理解しているし、活用されている。帝都から離れた街には風車があるらしいから。でもそれって、きっと風が無くても動くんだよね。ある意味人力。とんでもなくエコロジーな仕組みだ。そのおかげか、夜でも繁華街は明るいし、工場街はかなり遅くまで騒々しい。


 ただ、なんでもかんでも使用するわけじゃないらしい。それは外部からの影響を受けやすいからだと聞いた。そりゃそうだよな。身体に触れるだけで反応するんだから、無邪気な子供が触っただけでもおかしくなる可能性だってあるんだ。実際には小動物でも個体によっては反応するらしいし。


 それでも施設内にある工具など、多くの物にも活用されている。フォークリフトのような機械もあるし、電動のこぎりも電気ケーブルなしで動く。一般人が普段使う道具には必ず人力モーターが取り付けられている。触れただけで反応する人力モーターなら一般人でも動かせるけど、細かなイメージを必要とする動きは不可能だからだ。


 ここまでの話を初めて聞いた時は驚くよりも、なんとなく納得してしまった。装甲機人を制御できるようなコンピュータは存在しておらず、それくらいすごい秘密がないと動かせないと思ってたからだ。恐らく人間の脳がその役割を果たしているってことなんだろう。


 元々機人は建設用のパワードスーツとして使用されていたという。それが次第に戦争に投入されるようになっていく。ところが、ここで問題が発生した。元々赤光晶を通して、意志を送り込んで巨大な機人を動かしていたが、あまりにも機動力が欠けていたのだ。


 それでも、当時の銃火器を物ともしない装甲は戦闘に役立っていたが、移動時間が長くなり、補給の問題から実用性に疑問符がついた。そこで開発されたのが赤光発動機だった。


 思い通りに動かせるといっても、その動きはゆっくりであり、兵器としては物足りない。だから、人力モーターをアクチュエータとして関節各部に使用することで、戦闘に耐え得る速度を出せるように補助してるんだ。この仕組みは精密動作という面でも大きく貢献しているらしい。


 機人には数多くの人力モーターが使用されており、起動するためには、それら全てを動かせるだけのエクトプラズムを持った人間にしか乗れない、という制約がつくことになった。


 手術したからといって誰もが装甲機人に乗れるわけではなく、才能というふるいに掛けられるんだ。ともかくそうして人力モーターによって、弱点だった機動性を克服した装甲機人は量産されるようになった。


 装甲機人の内部は人間の身体と同じような構造に造られており、臓器は無いけど、関節がある。それに赤光晶との親和性が高く、混ぜ合わせた時に通常時よりも硬さの変化が大きい金属物質を使用して装甲が造られている。


 機人が人間の姿を模しているのは、自分のイメージを映し出すためだ。歩く時にどうやって歩くかを細かく考える人間はいないし、だからこそ自然に扱えるように機人は人型でなければならない。重量バランスも人間同様の比率で造られている。規格がある程度決められているため、ふとっちょが乗った場合、普段の自分と違って難しいらしい。


 また、カメラなどは開発されていないけど、前面装甲に赤光晶を多く含んだ装甲を使用する事で、脳にフィードバックされて、外の様子を知る事が出来る仕組みだ


 もちろん、より透明なままの装甲の方が固いし、視野も確保できるけど、その分費用も掛かるので、通常、多くの機人は自分の視野限界までしか赤光晶装甲は使用しない。その他、関節部など痛みやすい箇所に使われることもある。思えば聖王機は他の二機に比べれば、大分視野が広かった気がする。


 操者が意志を発した時に赤く光る回路のことをラジウスという。ラジウスの中には液体に溶かした赤光晶が入っており、意志が伝わりやすいような仕組みになっている。先日の起動テストで俺が壊したのもコレ。別にラジウスがなくても、装甲自体に赤光晶があれば動くけど、あった方が正確に伝わるみたい。


 そんで、ラジウスを通して手足や装甲に意志を送り込んだら、コックピットから発した意志の通りに機人が動くってわけ。


 ただこれだけだと問題が残っている。外側から機人に触れられたら、その者の意志を取り込んでしまう可能性があるということだ。


 そのため機人の内外には特殊なコーティングが施されていて、コックピット内から制御コントローラである操縦桿クオーツに触れなければ反応しないようにしてるんだ。


 特殊コーディングは赤光晶の影響を全く受けない物質を溶かした液体を使用し、それを極薄に塗り込んでいる。これにより外部の赤光晶からも影響を受けないようになっている。コックピットの中にも噴射スプレーが備え付けられており、戦闘後に敵の攻撃を受けた箇所は塗りなおせるようにもなっている。


 ここまで教わって一つ疑問が沸いてきた。


「そういえば、自動ドアに触れても壊れなかったですよ。なんでですかね?」


 この世界にはセンサーなどではなく、直接扉に触れる事で開く自動ドアがある。特殊コーティングなんてされていないはずだ。先日、俺が機人のラジウスを壊したせいで、ラジウスは新しいものに交換する羽目になった。だったら、それよりも質の悪い人力モーターなら壊れるはずじゃないか。そう思ったのだ。


「そりゃ地面とくっついてるからな」

「ああ、なるほど、そういうことですか」


 普段街中で、強力なエクトプラズムを持つ俺が赤光晶に触れて、何かを動かそうとしても問題は起きない。それはエクトプラズムが地面を通じて拡散するからだそうだ。ところが、機人には足の裏まで特殊コーティングが施されているので拡散できないんだと。アースの有る無しの違いみたいなもんだろう。


 最後に部隊で連携をとるための無線機と小型のバッテリーを組みこんで機人の完成。聖王機の場合は超高純度の赤光晶が大量に使われているので、無線を遮断してしまうらしい。チーム戦術を捨ててでも、聖女を守るための装甲強度を下げるわけにはいかないってことだ。


 そうして生まれた機人は、完成すれば燃料も必要なく、操者の体力が続く限り稼働できる。ただし、関節部には負担がかかるし、各部位が切断されるなどしてラジウスが途切れると、装甲硬度が低下するだけでなく、細かな動作ができなくなる可能性もある。


 ちなみに、まだ空戦機は開発されておらず、陸戦兵器しかない。技術的な問題だけでなく、この世界が霧で覆われているのが影響しているんじゃないかと睨んでいる。リグド・テランやラヴェルサ陣営にも空戦機はないそうだ。でも聞いてる限りじゃ、まだまだ色々できそうなんだよなぁ。




 ふぅ。今日の講義は難しかったけど、興味深い話だったな。


「普段からコイツに触ってイメージトレーニングに励むんだよ」


 そう言われて渡されたのが、手のひらサイズの粘土だ。ただし、キラキラ光る赤光晶入りの粘土。元が柔らかいので、赤光晶と混ざっても武器になるほど硬くはならない。子供用のおもちゃみたいなものだ。遊べるのは手術に成功した者だけなんだけど。


「これ、ちょっと気持ち悪いけど、面白いっすね」


 なにしろ、イメージしてれば粘土に触れているだけで形が変わっていくのだ。ただし、完成図だけをイメージしてもその通りにならず、きちんと細かな作業工程を踏まえないといけない。これは機人操作というよりは、破損した時の応急処置に使えるかも。


 それにフィギュアとか作れたら、動かせそうだよな。

 いや、まずは機人と同じ形にしてイメトレだ!

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