第13話 俺はこの世界で生きて行くんだ!

 

 女戦士ルクレツィア率いる傭兵団に入団した俺は、命令通りに毎日基礎体力作りに励んでいた。


 現在傭兵団の操者は俺を含めて六名。

 他の面子とは挨拶だけしたけど、全員俺より若そうだった。

 男二人に女が一人。


 普段、城壁外の任務は三人一組で行うらしい。

 俺が一人前になれば二組が毎日交替で任務に当たることになる。

 他には城壁周辺の警備任務がある。

 けど、機人のメンテナンスを考えれば二日に一度の出撃が良いのかもしれない。


 実際に整備の問題が大きく関わってそうだと思ったのは、整備員の数だ。

 現在の収入では多くの整備員を雇う事ができないのだろうか。

 整備員の数は装甲機人の数にも及ばない。

 操者自らが機人の整備に加わることで、なんとか成り立っているバランス。

 そのため戦闘でダメージを負わないようにすることも重要そうだ。


 俺が早く一人前になれば、それだけ操者の負担を軽減できる。

 つまりは万全の態勢で出撃できるということだ。


 大きな傭兵団は三日に一度の出撃という所もあるらしい。


 一方、我が傭兵団は比較的新しく、人数も揃っていない上、大きな商会とのパイプがあるわけでもないので、体力的に厳しいスケジュールを連日組んでいる。これは他の零細傭兵団も似たようなもんらしいけど。


 とまあ、そんな訳で俺は連日厳しい指導を受けているのだが、機人がまだ完成しておらず、もっぱら基礎体力作りと知識の詰込みが中心だ。


 特に気に掛けてくれるのがルクレツィア団長。

 彼女が見た目通りの脳筋ではないことも、トレーニングを通して分かってきた。

 副長と交代で毎日指導に来てくれている。


 女だてらに団長をしているのは伊達ではない、ということなのだろう。

 どこで知ったのか、俺が聖王機を操ったという情報すら持っていた。

 まあ、たぶん教会に耳の良い人がいるんだろうけど。


 正直どうなるかと思ったけど、むしろ団長は協力的で俺という存在を守ってくれているように感じるし、ばれないように配慮してくれている。


 他の世界から来たことは知らない感じだけど、ど田舎出身で文字も読めない世間知らずな若者だとでも思ったのか、文字や世界のことも丁寧に教えてくれる。


 一時期傭兵を引退していた時期に、孤児院を開業したそうで、傭兵に戻った今でも資金を送っているそうだ。


 最初の怖そうな印象とは反対になりつつある。

 だからといって問題がないわけじゃなくて。


「おい、剣星。晩飯食いに行くぞ。ついてこい」

「うっす」


 こうして毎日のように付き合わされるのだ。

 飯を食うだけならいいけど、酒に付き合わされるのは、かなりきつい。

 それでも断ることもできない理由は単純。

 金がないことに尽きる。


 という訳で、団長の誘いを断る選択肢はない。


 傭兵として命をかけて稼いだ金で食わせてくれるのは有り難いし、申し訳なさもあるけど、トレーニングで疲れ果てた体を回復させるには休息も必要だ。

 毎日遅くまで飲みニケーションして、翌朝も元気に、とは中々いかない。


「団長、ご馳走様でした!」

「おう、明日もしっかりやれよ」


 結局この日も公衆浴場に行くこともなく、自室に戻ることにした。

 狭いし、たいした設備もない部屋だけど、一つだけ利点がある。

 それは朝から向かいの格納庫がうるさくなるので、寝坊の心配がないということ。


 朝からレトが喧しく騒ぐから俺には必要ないけど、体力のない新人がこの長屋に住むのは理に適っているといえる。


 逆に体力のある連中はここに住む理由はないわけで、俺の他には誰も住んでいない。


「とりあえず水だけでも飲むか」


 コップに注いで一杯。正直これ以上腹に入れたくないけど、アルコールを分解するためには仕方ない。


 水を飲んでベッドに腰を掛けると、なんだか小さな寝息が聞こえてきた。

 驚いてその場を離れて電気を付ける。

 この部屋にはそれ以外に水道とベッドしかない。

 碌な設備がないから本来の用途は仮眠用だと思う。


「誰かいるのか?」


 光に照らされ、ベッドの上で何かがごろんと転がっていくのが見えた。

 盗むものなんてないから、泥棒が来るはずない。

 それでも恐る恐るベッドに近づくと、毛布にくるまっている黒髪が見えてきた。

 このサイズで思い当たる人物は一人しかない。


「もしかしてアルフィナか?」

「む~剣星?」


 彼女は寝起きのように体を大きく伸ばして、こっちを見た。


「剣星、遅いのじゃ」


 ぷっくり頬を膨らませ、不満を向けてくる。

 けど団長たちに比べれば可愛いものだ。


 俺は胸の動悸を悟られないよう平静を装った。

 十一歳の少女に発情してるわけじゃないけど、美少女なのは間違いない。

 整った顔立ちと立ち振る舞いは年齢以上に魅惑的。

 将来性は抜群だろう。


 って、俺は小学生くらいの女の子相手に何を考えてんだ。


 それにしても聖女と呼ばれる人物が、こんな夜遅くに一人で出掛けるなんてあり得るのか。ひょっとして周囲に護衛とかいるんじゃないよな?


「こ、こんな時間にどうしたんだ?」

「うむ、先日の礼をと思うてな」


 本当にそれだけで夜中に男の部屋に来るだろうか。

 それにしても随分くだけた話し方になった気がするな。

 俺に合わせてくれてるんだろうか。

 偉そうな感じが残っているけど、それが逆に微笑ましい。


「先日は助かった。お主の働きにより皆が救われたのじゃ」


 アルフィナが深く頭を下げている。自分がやったことを卑下するつもりはないけど、教会の騎士たちがいれば大丈夫だったんじゃないかと思う。


「いや、そんなことは。そういえばアルフィナ、体はもう大丈夫?」

「妾の身体は幼き頃より変わりない、もう慣れたものじゃ」

「そうなんだ」

「うむ」


 こんな時、なんて話せばいいんだろう。

 アルフィナは本当は苦しいんじゃないのか?

 なんで俺はもっと気の利いた事を言えないんだ。

 自分の人生経験の無さが恨めしい。


 アルフィナは俺の手をひいてベッドに座らせると、隣にちょこんと座った。

 この部屋にはベッド以外に座る場所は無いからな。


 最初は緊張したけど、アルフィナが聞き上手だったのか、上手く話せたと思う。

 きっとたくさんの大人の話を聞いてきたのだろう。

 緊張して、すげー早口で話した俺とは対照的だ。

 日本の事をたくさん聞かれたし、俺もアルフィナのことを聞いた。


 彼女とイオリは神聖レグナリア帝国の小さな田舎町で暮らしていたという。


 三歳の頃に聖女の力を得たアルフィナは、聖女を探していたルーベリオ教会に発見されて帝都に行く事になる。イオリは元々聖女の役に立つために、騎士見習いとなっていたが、同じ村出身のアルフィナが聖女となったことで側仕えすることになる。大人たちばかりの教会の中で、アルフィナとの絆は堅くなっていったんだろう。そして鍛錬を重ねて、聖王機の操者として認められるほどになった。


 はっきりいって、なんとなく歳を重ねてきた俺とは全然違う。短い付き合いだけど、はっきり分かる。アルフィナは幼い頃から聖女として自分の進む覚悟を決めている。イオリは他にも生きる道があったはずなのに、聖女の騎士として信念を持っているように見える。二人に比べれば、俺なんて全然子供だ。


「しかしな、時折不安になることもあるのじゃ。妾が聖女でよいのかと」

「うん」


 アルフィナは悲しげに俯いた。


「空から落ちてくるお主を感じた時、妾は嬉しかったのじゃ。妾と同じような力を持つお主の存在が。お主にとっては、別の世界に来て苦労の連続じゃろうに。すまぬな」


「いや、いいんだよ。アルフィナが悪い訳じゃないんだから」

「謝罪すべきことは、まだあるのじゃ。お主を聖王機に乗せたこと。お主はルーベリオ教会に目を付けられてしまったのじゃ」


 俺が聖王機の能力を発揮させたことは、教会内でも驚きを持って受け止められたという。世間に知られれば、聖女に対する信仰が薄くなって秩序が乱れる恐れがある、なんて意見が出たらしい。


 アルフィナが後ろ盾っぽくなってるから直接危害を加えられる可能性は低いけど、嫌がらせを受けるかも知れないから、俺はルーベリオ教会ではなく傭兵団に入ることになったという訳だ。教会は堅苦しい感じだから、今の状況の方が気が楽ではある。この世界、危険はどこにいてもあるだろうし。


「いや、大丈夫だよ。訓練は厳しいけど、毎日充実してるし」


 不思議と元の世界に帰りたいって気持ちが沸いてこない。

 きっと帰れないんだろうなって諦めもある。

 でも一番は、俺は今、すごく生きてるって実感してるからだと思う。

 まあ、なんつーか充実してるんだろうな。


「そうか。うむ。すまぬな、もう戻らなくてはならぬ」


 別れ際、アルフィナは俺の頬をそっと撫でてきた。

 でも驚きよりも、情けなさの方がずっと大きかった。


 アルフィナと比べて、覚悟に差があり過ぎる。

 立場の問題ではなく、一人の人間として。

 まだ十一歳の子供に気後れしてしまう。


 もっと誇れる自分になりたい。

 そんな気持ちがどんどん強くなっていった。

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