芳川
「おはよう」
山下が家から出てきた。
「おはよう。行こうか」
返事をして学校に向かって歩きだした。
「自転車を押しているってことは、ひらきちゃんも迎えに行くの?」
山下は朝練で俺やひらきよりも30分は早く登校している。下校と同じく順番になら、山下ともひらきとも一緒に登校できると気がついたのだ。
「昨日の件もあるから、その方が良いと思って。ただ、かなり抵抗されてな……。あまり家には来てほしくないみたいなんだ」
山下はそれを聞いて、少し躊躇いながら教えてくれた。
「聞かなかった事にして欲しいんだけど、ひらきちゃん一人暮らししているらしいんだ」
「えっ?」
思わず大きな声が出てしまった。
「なんで……?」
「詳しい事は分からないんだけど、家族とうまくいってないみたい。勘ぐられたくないから、隠しているんだと思う」
思い返してみれば、以前、家の近くまで送ったときも様子が変だった。
あの明るさは多少強がりも混ざっているのかもしれない。
「でも、抵抗されたのに迎えに行って大丈夫なの?」
山下が当然のことを問う。
「折衷案で近くのコンビニで待ち合わせる事にしたんだ」
山下を学校まで送り届けた後、自転車に跨り約束のコンビニまで向かった。
雨上がりで濡れたアスファルトの上を走るとシャーっと音が聞こえた。
昨日の夜よりはマシだが、曇天の空に少し気分が憂鬱になる。
約束の10分前にコンビニに着いた。
死んだ親父曰く、『女性との約束は10分前行動』らしいので忠実に守っている。
余談だが、男性の場合は『待たせるくらいが丁度いい』だそうだ。
いや、それは……駄目だろ。
コンビニが見えてくると、ひらきが待ってるのが見えた。
「おはよう、ひらき」
「おはよう、藤井くん。……10分前行動とは関心関心」
仁王立ちで上から目線。いつものひらきだった。
自転車を押しながらひらきと共に学校に向かって歩き出した。
「ここは『後ろに乗れよ、ひらき』……とか、言うところじゃないの?」
「お前……そのネタ2回目だぞ」
さらっと流して、気になることをひらきに聞いた。
「……なあ、ひらき。昨日の石、何色に見えた」
「灰色、黒、極々薄い青、時折混じる白。多分、皆と同じように見える普通の石の色」
確かにそんな感じの色だった。
「思念が付着していなかったのか?」
「うん、水に濡れると思念の色は見えなくなることが殆んどだから」
前にひらきが水の中はシナスタジアが機能しなくなると言っていたのを思い出した。
「でも、綺麗さっぱり思念の色が見えないから、ハンカチとか、手袋みたいなものを石と手の間に挟んだのかもしれないね」
ひらきのシナスタジアを機能させなくする裏技その2の可能性もあるのか。
いずれにしても、オレの部屋に投石した犯人は特定できそうもない。
一応、昨日のうちに警察に被害届を出した。
念のため、暫くの間はうちの周りを見回りに来てくれるそうだ。ただ、石を投げ込んだ犯人を見つけるのは難しいらしい。
この辺は監視カメラが少なく、昨日の天候の荒れ具合から目撃者も期待できないとか。
「うわ、今日も……圧巻だね」
ひらきの視線の先には陽芽市役所が頭を悩ませるゴミ屋敷が見えた。
「この家は思念の色が混ざりすぎて、ホコリのようなグレーに見えるんだよね」
テレビで「これはゴミじゃない、全部俺の物だ。勝手にゴミ屋敷呼ばわりするな!!」と訴える初老の男性の顔を思い出した。
しかし、うず高く積み上げられたゴミを見ると、よく崩れないな……と思う。
家の敷地に沿って竹を植えているため、それが支えとなって、崩壊を防いでいようだ。
敷地の外にも広がるゴミを避けて通ろうとした時、肌に嫌な感触を覚えた。
短い間隔で肌が小さな振動を感知した。
そして、その感覚が短くなって行くのが分かった。
咄嗟にひらきの手を掴んで後ろに引っ張った。
メキメキメキ、ズン、ガラガラ、ガシャーン。
目の前の道路には折れた竹やゴミ袋、ブラウン管のテレビに、割れたガラスが散乱した。
背中を冷たい汗が流れる。
そして、ひらきの手を強く引っ張った。
「ひらき、行こう」
遺失物事件の調査を始めてから何回目だ?
バケツ落下、投石、そしてゴミ屋敷崩壊。
ほぼ毎日不可解な事故が起きている。その中には最悪の場合、死に至る可能性すらある事例も含まれている。
関連性がないはずの個別の事故がまるで、本当はすべて繋がっているみたいに連続して起こっている。
「痛いよ、藤井くん」
はっと気づく。無意識のうちにひらきの手を力一杯掴んでいた。すぐに手を離した。
「ごめん、ひらき」
心臓が鼓動を早く刻んでいるのが分かる。
「大丈夫?君たち、怪我はない?」
誰かが声をかけてきた。ゴミ屋敷崩壊の現場を見ていたらしく、心配して声をかけてきたようだ。
陽芽高の制服だ。顔もどこかで見たことがある……。
ひらきがかわりに返事をする
「うん、大丈夫。かすってもいないよ、如月ちゃん」
「そうか、ならよかった。警察と消防には私が連絡しておいたから、君たちはこのまま登校するといい」
そうだ、生徒会長の如月だ。
「いえ、そういうことなら俺も残りますよ」
如月はまじまじと俺の顔を見ていることに気がついた。
「あの……何か?」
慌てたように如月は言った。
「ああ、いや何でもない。幸い二人とも怪我をしていないし、警察と消防の相手なんて、私一人いれば十分だ」
「いや、でも……」
如月はふっと小さく笑うと、
「真面目だな。皆揃って遅刻したいか?それと、私はこう見えて同学年だから敬語は勘弁願いたいたいんだが?」
えっ、同学年だったんだ。それを見透かしたひらきが要らんことを言う。
「そうだよ。如月ちゃんはね、老け顔なんだよ」
如月は眉間に手をあてて、ひらきに言った。
「せめて大人びていると言ってくれないか。まあいい。先に行って先生に事情を説明しておいてくれ」
「オッケー任せといて!」
ひらきは親指を立てた。
その場を如月に任せて俺たちは再び学校に向かって歩きだした。
……が、如月が見えなくなるのを見て、ひらきが大きく息を吐いた。
「藤井くん、見つからないように戻ろう」
「何か見えたのか?」
ひらきが小さくかぶりを振る
「そうじゃなくて、本町通りは如月ちゃんの通学路じゃないんだよ」
そういうと、自転車の音が聞こえると困るので端に寄せて、静かに歩いてゴミ屋敷が見える位置まで戻った。
如月が遠目に見える。あれ、一人じゃない?
警察と消防もまだ来ていないし、あれは……。
そこで、思考が止まる。
芳川……宏伸……
顔や腕に小さな雨粒があたり、パラパラと小雨が降り始めた。
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