暗躍

家に着くと、レインコートを脱いで軍手を外した。


レインコートの内側が濡れていた。豪雨の中、レインコート一つで外出するものではないと痛感した。


体にぴったりと貼り付いたTシャツが水で濡れていて、気持ち悪かった。


急いで服を脱ぎ、シャワーを浴びた。冷えた体が徐々に温まってくるのを感じる。


町中には監視カメラが多い。だが、藤井宅周辺の監視カメラの位置は一通り調べていたので、問題はない。


暗くなるのを待ち、行動を開始した。豪雨が幸いしたのか、外に人影はなかった。


そして、藤井宅に石を投げ込んだ。


あの雨の中だったので、ガラスが割れる音は聞こえなかったが、窓に命中したはずだ。


警告はしていた。


警告を無視するなら、さらなる実力行使をするだけだ。


次は山下りえだ。


人を小馬鹿にするあの態度が許せない。生徒会メンバーに相応しい人物だと思っていたが、勘違いだったらしい。


風呂から上がり、体を拭きながら考えた。


おそらく、山井は近いうちに懲戒免職にされるか、自主退職という形になるだろう。


裏サイトは削除したようだが、山井のITスキルからすると、完全に消し去ることはできないと見るのが正しいだろう。


……確認したいところだが、ここからサーバーに接続するわけにはいかない。


さて、どうしたものか。


一番の問題は、山井のパソコンに仕込んでおいたキーロガーの存在だ。


キーロガーから足がつくとは思えないが、裏サイトに関わる第三者がいると思われるのは都合が悪い。


最悪、パソコンそのものを破壊するという選択肢も視野に入れるべきかもしれない。


しかし、おかしなことになったものだ。


あいつらが遺失物事件の調査をしなければ、今も静かに自分の趣味に没頭できたはずなのに……。


世の中はビルド アンド スクラップで成り立っている。


だが、自分がスクラップされる側にされるのは我慢ならない。ビルドもスクラップも自分がやる側でなければいけない。


視界に、自分の背丈程度の高さの一円玉の塔が見えた。


一円玉の塔は一円玉を縦に積み上げるだけの単純な遊びだ。


一円玉を慎重に立て、その上にさらに一円玉を立てる。これを繰り返すだけ。


積み上げた塔を見て、うっとりとした。


「美しい。素晴らしいバランスだ」


思わず独り言が溢れた。


そして、ふと息を吹きかけると、アルミニウムがぶつかり合う乾いた音が聞こえて、一瞬で塔は崩れた。


背中にゾクゾクとした感覚が走った。


自分で自分の身を抱きしめ、恍惚とした気分に浸った。


奇跡的なバランスで存在する物や人が壊れる瞬間が一番美しい。それが、乾いた自分の心を癒やしてくれる。


学校での振る舞いも、この瞬間のため。我慢に我慢を重ね、作り上げたものを破壊する。


そのためなら、どんなことでもする。


……だが、桧川、藤井、山下は最悪だ。自分の意図通りに動かない。何より、自分の育てた芸術品を奴らが先に壊してしまう可能性がある。


忌々しい。仕方ない……。


コレクターにも協力を依頼するか。


コレクターは中古の腕時計と引き換えにこちらの必要とするものを提供してくれる。


腕時計そのものの価値は重要ではないらしいが、こだわりがあるらしく、気に入らないものだと依頼を断られる。


今回はこいつを渡すか。


腕時計の文字盤には、時間帯に応じて出現する月の絵が描かれている。バンドは革製で使い込まれているのか、使用感がある。


どこかで見たことのある普通の腕時計だが、コレクター好みのはずだ。


しかし……小汚い腕時計を集めて何が面白いのか理解できない。


気持ちの悪いやつだ。


ただ、いい仕事をする。背に腹は代えられないからな……。


依頼を掲示板に書いて、いつもの受け渡し場所に腕時計を置いておけばいい。


その前に今日の証拠は隠滅しておく必要がある。


レインコートと軍手、そしてずぶ濡れのティーシャツとパンツをゴミ袋に放り込んだ。


この服、気に入っていたんだけどな……。それもこれもあいつらのせいだ。


ため息をついた。

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