第18話 ワニ様と仲良く

 「イナリンの体内にもこのような青い光があるってことなのか?」


 イナリンの衝撃的な発言を受けて、私はなるべく落ち着いた態度で詳しい話を求めた。


 「そうだよ。あの時見たもん」


 イナリンはその大きく潤い目で私を見ている。とても勘違い様子ではなさそうだ。


 「あの時って?」

 

 「僕と他のロボットたちが森に連れてかれた時」


 「誰に?」


 「知らない大人たち」イナリンは首を傾けてその時のことを思い出そうとする。上手くいかなかったけど。


 「何のために?」


 「大人たちはするためと言ったが、言葉の意味はよくわからない……」

 ——いや、そこはわかれよ!命にかかわるぞ!


 処分と言ったら、アカサの言ったサービス停止のことかなあ?だとしても、なぜわざわざ森の中に?陰気くさい話だなあ。明らかに普通の除役とは違う感じだ。


 それに、ドラゴンと遭遇したのは偶然?


 いや、そんなわけない。恐らくドラゴンがそこにいるのを知ってたからこそ森に行ったのだろう。要するに、意図的にアンドロイドをドラゴンの餌にするんだ。でも、だとすれば、アンドロイドたちはみんな溶けた痕跡が残ってなかったことは変だ。


 もしかすると、ドラゴンは当時森にいないのか?


 「森に行って、何があったの?」


 あれこれを考えても仕方がない。直接当事者に聞く方が早い。


 「森にね、大きなワニみたいな動物がいるの。僕はね、動物には詳しいんだよ!めっっちゃ詳しいんだよ!だけど、それは僕の知らない動物だ」


 それはそうだ。伝説の動物いきものだからなあ。


 「大人たちが他のロボットをら、青い光がロボットたちの体から出てきた。大きいワニはもともと寝ていたけど、その青い光がワニを覆ったら、目が覚めたんだ。怖いから、こっそり逃げたんだ。でも、途中から僕の体にも青い光が出てきて、すっごく、そのまま森に寝ちゃったの……。そして、起きたら、イヴァン様とミヨ様に会ったんだ」


 エネルギーが奪われて死にかけることを眠くなると言ったのはあまりにも美化しすぎる。でも、何となくイナリンのその話し方設定がわかった。子どもを相手にするから、恐らく処分とか死なせるとかの残酷系な言葉が規制されたのだろう。


 それはともかく。


 やはり、イナリンたちを森に連れた人々はドラゴンのことを知ってた。それだけじゃない、ドラゴンはアンドロイドのエネルギーを吸収することも知ってた。イナリンはそれをショブンと言ったが、私からすれば、ドラゴンを起こすためだ。


 つまり、相手は魔法使いということはほぼ確定であろう。


 でも理由はわからない。魔法使いにとって、ドラゴンは天敵。起こしたらいいことがないはずだ。


 それに、イナリン一人だけならまだわかるが、他のアンドロイドたちもの言うことを聞いた。ということは、はある程度の権力を持っている人々だ。だとすると、政府とかの権力者が参画した可能性が大きい。


 国の中枢に魔法使いの一人二人がいるのはまあまあ想像がつくことだが、もしその魔法使いはあの連中学習派の一員なら話は別だ。


 その場合、水面下には120パーセント何かしらの陰謀が存在している。


 何せ、魔法を天下のモノにしようとする連中だから。


 一見平和と愛を布教ふきょうするみたいなこのスローガンには、ある程度世界を我が物にする意図を匂わせる。


 最終的な目標は世界征服でなくても、一定の規模のことを望んでいるはずだ。


 でなければ、わざわざ他人から魔力を奪うまで、魔法を伝播する必要がないじゃないか。そんな過激な手段を取るヤツが政府に浸透したら、悪巧みしないのは考えがたい。


 「あれはいつのこと覚えている?」


 「覚えてるよ!2723年の12月24日!」


 ——もう300年前の話か……。


 学習派が表面に浮上して間もなく私が3023年に来たわけだから、その後の発展を知る由もない。まさかその後国のトップ機関まで入ったのか。


 まったく厄介な連中だ。


 とはいえ、こないだの調査によると、どこにも魔法の形跡がないんだから、その時何か企んでいるのは知らないけど、たぶん失敗したと思う。ドラゴンまで起こして、そのまま地下化するのはあまりにも不自然なので、計画がトラブっていたと考えた方が妥当だ。


 ドラゴンにやられて、そのまま根絶することをひそかに願っているものの、そんなことはあくまで自分にとっての好都合だけだ。


 今でもどっかで養生ようじょうして、再び世に出る機会を待っているかもしれない。


 無論、二野がドラゴンと似た魔法を用いることだけで、イナリンたちをドラゴンの元に連れて行くのも学習派の仕業と判断したのはぞんざいなことだ。この長い間に新しい団体悪役が結成した可能性は十分ありえる。


 が、私の勘はそれを否定している。


 この同じ勘が学習派の魔力を盗んだ件を発見したから、信憑性が高い、はず。


 いずれにせよ、再調査の必要がある。


 そうは言っても、300年前のことだから、掘り下げるのは少々骨が折れるかも。残り唯一の歴史の証人はイナリンで、どこまで有益な情報が提供できるかはわからない。何せ、処分という言葉すら理解できない子どもだから。


 恐らくドラゴンさえイナリンよりいい証人になるとは思うけど、直接にドラゴンに聞くのもいかないし……。


 ——いや、待って。


 私はイナリンを見て、あるアイディアが閃いた。


 行けるかも!


 「ね、イナリン、動物、好きだよね?」


 「好き!動物大好き!頭の中に全世界の動物図鑑があるんだ。」


 まあ、ペットのある家庭に特化するアンドロイドだから、嫌いなわけがないね。


 しかも。


 「僕、動物と以心伝心もできるよ!」


 それだ!前確かアカサが言った。イナリンのようなアンドロイドは動物とコミュニケーションすることができるって。


 ドラゴンも動物、だよなあ。


 「寝ている動物でも以心伝心できるの?」


 ドラゴンを起こすわけにはいかないから、そこはまず確認しないと。


 「できるよ!僕は電波によって動物たちと喋るの。彼らは寝ている時でも電波を発するから、いつでもできるよ」


 そういえば、イナリンは確かにちょっと電波系なタイプに見える。


 「よっし!それじゃ、森にいるその大きいワニと喋ってみようか?」


 「えっ!その怖いワニと?」


 「喋ったことないだろう」


 「ない……」


 「喋っていないのに、勝手に怖いと言って、向こうが可哀想じゃない?」


 「可哀想……」イナリンはちょっとためらいながらも、ある程度は認めた。


 こういう手は汚いけど、これこそ大人だから、ごめん。

 心の中で謝りながら、イナリンを説得し続ける。


 「ワニは今静かに寝ているから、この機会を借りて仲良ししようよ、ね?」


 「ワニ様と友達になるの?」


 いつの間にか怖いワニからワニ様になった。


 あともう一歩。


 「そうだよ。ワニ様すっごく大きいだろ。そのようなお友達がいてカッコイイじゃない?」


 「カッコイイかも……」

 イナリンはまた首を傾けて何かを想像している。そして。


 「ワニ様と友達になりたい!」と、破顔した。


 まさかこの世にはこんな単純なアンドロイドがいるなんて、道理でイヴァンの手に負えない。ちっともロマンを持っていなく辛口のイヴァンとは真逆なタイプだ。


 「いつワニ様のところへ行くの?」


 イナリンは完全にこれから遊園地に行くような態勢となった。


 「せっかくだから、今行こうか?」


 もともと、今の充電式の体はドラゴンの巣に行くことができないけど、イヴァンからもらったエネルギーチャージャを持っているから、私もそれを利用することができる。それに、イヴァンに報告したら、たぶん200パーセント阻止されるから、イヴァンが今ミヨの修理に集中する今を利用しなければ。


 これは決して悪巧みではない。前回の森探検のリベンジだけだ。


 ドラゴンも寝ているし。


 魔法も返ったから、何とかなるさあ。


 一応緊急時の救援要請のメールを頭にストックして置いた。万が一の時自動的にイヴァンに送信する。


 そもそも、考えることより、先に行動するのが私。これは絶対変なフラグを立てることではない。たぶん……。


 イナリンと手を繋いで、恐らくアンドロイド界に最も弱小な二人組はこれから仲良く最も危険な冒険を挑んで行った。

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