第19話 弱小の冒険

 ワニ様と仲良くしに行くつもりのイナリンは愉快そうに鼻唄を歌っている。一方、こっちはやや誘拐犯的な心持ちで反省している。

 

 すでに半分以上の道を経て、今さらかよという気もするが、ドラゴンに接近しつつ、自信が少しずつなくし始めた。

 

 やはり、勢い良すぎるのかなあ?


 とはいえ、何となくその理由がわかる。

 

 ——何がしたいという気持ちが今の自分を駆使している。


 ドラゴンとの戦いで、私はかつて黒に塗り潰された記憶と敵に奪われた魔法の両方を一気に取り戻した。本来なら、華麗なる逆転編に突入する最も良いタイミングだったが、あいにく私は千年後の世界にいて、何もできなかった。


 学習派を倒したいという願望が強く後押ししても、現状から見れば、私はどこにも行けないのだ。

 この虚しさがとても切実だ。


 記憶が戻せば、31世紀に来た方法もわかるだろうとずっと思ったが、結局未だに謎のままだった。

 二野の焔に焼かれて暖かい力を感じたまでのことは覚えている。イヴァンの庭に現れたことも覚えている。私の記憶は今一つも欠けていない、黒に塗り潰された部分もない。だけど、そんなはずがない。


 あからさまにその間に何かあったはず。でもその段落はまるで存在しなかった。一章まるごとなくした。


 21世紀に帰って学習派を倒したくても、どうやって帰るのがわからないのだ。

 じゃ、何をすればいいんだと、腹が立ちながらも、無用な怒りを溜まっているだけだ。


 少しでもいいんだ。何がしたいのだ。


 どんなに無計画な行動でも、軽率な考え方でも、やることがあれば、今すぐやりたいのだ。だからこうやって、罪のない子どもを巻き込むことを承知した上で、内心の焦りを取り除きに行くのだ。


 昔に戻ることができないのなら、せめて今の時代で学習派の計画を阻止する のだ。


 過去のことと言えば、私はイナリンに聞いた。

 「イナリンは過去に戻りたくはないのか?」

 

 「戻りたくないよ」イナリンは即答した。その答えがいさぎよすぎて、逆に質問の意味を誤解したんじゃないのかと思う。


 イナリンも一応アンドロイドだから、もしかして現実的からいうと、過去に戻ることは不可能だからそう答えたの?言い方を少し変えてもう一回聞いた。


 「いや、あの、現実的な問題を考えなくていいよ。もし戻ることができるとしたら、戻るの?」


 「戻らない」二回目もやはり即答した。


 「何で?」思わず理由を聞いた。聞く時は正解を持っていないのに、相手の答えを聞いた途端、心の中にはデフォルトのアンサーがあると気づいちゃった。


 「もう過ぎたもん」


 「懐かしいとか思わないの?ここには知り合い一人もいないだろう」


 「いるよ。イヴァン様やミヨ様がいるもん」


 「それはそうだけどさあ……でも、未来世界で、不安とかないの?自分は実際にここにいるべきじゃないとか、ここは自分の居場所じゃないとか?」


 何してんだよ。自分の漠然とした問題を子どもから答えを求めるなんて、恥ずかしくないの?早苗ミヨ!

 聞いてから急に自分の行動に恥を感じた。


 「でも、僕は今ここにいるから、ここは自分のいるべき場所なんじゃないの?ここにいるから、ここは自分の居場所なんじゃないの?」


 イナリンもイナリンで、何急に大人ぶってんの?すらわからないガキのくせに。

 でも、確かに一理ある。

 実際のところ、もし急に、はい、君は過去に戻れるよ、どうぞと言われても、わかった、じゃみんなサヨナラ!って言ってあっさり帰るのも少し考えにくい。

 2023年のことはまさにのことになってしまい、私もすでに3023年の一部になってしまったから、どちらかを選ぶなんて、そう容易くできるものではなくなった。


 過去に戻る理由?


 それはもちろんあるよ。十分あるぐらい。

 

 学習派へのリベンジというより、単純に魔力が奪われた人々を助けたい。でも、それで過去に戻らなければならないのといったら、つまり必要性はあるかどうかと問われたら、正直あまり自信がないのだ。


 私一人の失敗は魔法世界全員の失敗ではない。私がいなくなっても、学習派の悪行を披露して、阻止する真の英雄が現れるかもしれない。

 もしそうだとしたら、私はただの未来にタイムスリップした無名な人で、ここに来ることこそ私の運命だ。


 ということは、私は今イナリンを連れてドラゴンを挑みに行くこともただの自己満足だけだろうか?


 ああ、いけない……。本当に後悔しちゃいそうだ。


 そんな時——。


 「ワニ様だ!」

 イナリンが目的地の到着をアナウンスしてくれた。

 

 目の前にドラゴンはその巣でスヤスヤ眠っている。


 (どうしよう……やはり退散したほうがいいじゃないのか?)


 今なら、まだ間にあ……おい!

 「ワニ様、こんにちは!」とイナリンは躊躇ちゅうちょなく眠れる獅子——この場合はドラコンか——を起こした。


 その同時に、頭の中で、イナリンから送ってきたリンクが届いた。それをアクセスしたら、短期間内イナリンの聞いた声が脳内で即時再生することができる。そうか、そうでなければ、ドラゴンが何を話しているかは知らない。


 「誰だ?俺様を呼んだのは?」

 低く威厳よい音が響いた。いかにもドラゴンらしい声だ。まさか本当に意思疎通ができるなんて、イナリンも大したもんだ。

 

 とはいえ、向こうはとても話したい気分じゃないようだ。


 「貴様か」

 ドラゴンは本当に起きたことがない、まだ目をつぶっているのに、なぜか視線を感じた。


 「僕はイナリン!」とイナリンは何の険悪けんあくも感じなくて、愉快な声で自己紹介をした。


 「イナリンとは何物だ。俺様に声かけるなんて100年早いのだ!」

 どうやらドラゴンはプライドがとても高いようだ。とはいえ、何となく想像がつく。


 「もう300年待ってたよ!」

 イナリンはそれなりの攻め方で会話を進んだ。私は何を返すべきかを考える余裕もなく会話がどんどん前に進んでいる。


 「なんだと?」


 「初めてワニ様と会った以来もう300年すぎたよ!前回はワニ様と挨拶できなくてごめんね。僕は怖いと思ったせいで……でも、ミヨ様は……」


 「失礼だぞ、小僧!さっきからワニ、ワニって、どういうつもりだ。俺様を侮辱するつもりか?」


 ドラゴンはイナリンの話を遮って、呼び方について抗議した。それについて、イナリンのその呼び方に合わせる私の罪が重い。


 「ワニじゃないのか?!」

 イナリンは目を大きくして、驚いた様子だった。それどころじゃないのに。


 「もういい、こんな茶番に付き合う義理がない!さっさとうせろ!」

 眠れるドラゴンはその大きい牙をといだ。どうやら潮時だ。どうせこの会話は最初から二つの平行線だった。と思いつつも、イナリンのこの調子なら、何となくドラゴンのガードを緩めるなんじゃないかとひそかに期待している。


 「そんな……ワニ様とは仲良くしたいのに……」

 イナリンはやはりまだ粘っている。


 「何で俺様は貴様みたいな弱小と仲良くしなければならないのだ」


 「ワニ様は友達欲しくないか?一人で寂しくないか?」


 「俺様はドラゴンだ!強き気高い生き物だ。仲間とかそんな甘っちょろいもんは不要だ!」


 「仲間は不要でしたら、なぜ二野アリーナに手助けをしたんですか?」

 

 思わず言っちゃった。でも、幸い、私の言葉はドラゴンには通じないはずだ。

 ところが——。


 「小僧!立場をわきまえろ!俺様があの女を手助けたと?」

 普通に通じた!


 「ミヨ様、僕とリンクしている時はワ……ドラゴン様とも話すことができるよ」イナリンはさも自分が偉いだろうという顔で、笑みをこぼした。またワニと言い間違えたのに。

 イナリンはどこまでも危機感のないやつだ。


 でも、こうなったら、私はいつまでも弱気になってもしょうがない。

 「単刀直入に言います。300年前、ここで二野アリーナと何を企んでいるのでしょう」


 これは本心ではない、あくまで本当のことを言わせるための踏み石だけだ。ドラゴンと二野アリーナは必ずしも協力的な関係とは限らない。だけど、ドラゴンの反応からしては、二野アリーナとの間で何かあったのは確かだ。

 

 ようは、私の憶測はただの憶測ではないのだ。

 

 300年前、イナリンたちをここに連れてきたはやはり二野アリーナと関連あるのだ。


 「憎い二野め!あの憎い女に満々と騙されたんだ」

 

 (騙された?)


 「300年前、何があったのですか?」


 「俺様を奴隷扱いされて、憎い二野め」


 だめだ。話が堂々巡りになった。ドラゴンはかなりの刺激をされて、会話がうまく続けられなかった。

 それにしても驚いた。二野アリーナは悪質な人だとわかったが、ドラゴンを騙して、奴隷扱いできるような強い魔法使いとは思わなかった。彼女の素性をより深く掘り下げる必要があるようだ。


 「くそ二野めも私の敵です!私は彼女を倒したためにここに来ました。どうか力を貸してください」


 とりあえず、統一戦線を作ろう。


 「力を貸す?笑わせんな。俺様の力を奪った人は貴様なんじゃないのか!」

 ——!

 今ミヨの姿ではないが、私は先日の戦い相手だと知っているのだ。


 「愚かもの、自分の運命すらコントロールできないやつはどの口叩いたのか?貴様は二野アリーナを倒す人にはなれないのだ」


 「それはどういう……」


 「真実を知りたければ教えてやろう。せいぜい自分の無力を味わうといい」

 ドラゴンがそう言いながら、尻尾で大きく地面を叩いた。そしたら地面に大きい穴が現れて、その中には地下道に連なる石階段が展開した。

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