第8話 ただのフィクション

 林太郎とアカサから招待状の受け取った後、一旦お別れを告げた。その後、イヴァンとの都会ツアーが続いた。

 

 イヴァンの住んでいる東6区を含め、東地方は合計12区ある。


 東地方はだいたい21世紀の首都圏にあたる。しかし、21世紀と比べて人口がかなり減っているため、まだ政府が存在している時代ですでに一回土地区画の再整理をした。


 住民のなくなった地域の建物をすべて取り壊し、自然へと戻った。なので、31世紀はあちこちで名前のない森がいっぱいある。


 イヴァンが連れてきたこの東1区は東地方の主要な都市で、東地方で人口の一番多い場所だけではなく、他の区より2倍の面積がある。その日は三分の一しか回らないので、私はその後も都会ツアーの名義で東1区に行って、魔法使いの探しを続けた。


 ちなみに、交通手段は「沢地タクシー 」という有名な沢地財閥——もちろん私は聞いたことがない——が開発を携わった無人タクシーサービスだ。


 財閥自体はもう解散したが、今も31世紀最大のテクノロジーラボを所有している。技術のある人であれば、誰でもラボを利用してプロジェクトを開発することができる。


 「一緒に行く?」と一応イヴァンを誘ったが、断れた。


 行くなら自分の車を出す、とイヴァンがその時言った。


 自分の命をには任せられないみたいな言葉ブーメランさえ言い出した。沢地タクシーに対する印象がさぞ悪かろう。


 ——ていうか、じゃなぜ私の命を沢地タクシーに任せたの……?


 三日間弱の探索を経て、イヴァンの家から東1区のあたりは魔法使い一名もいないことを確認した。私自身が探すのを諦めたとも言える。


 もともとみんなの生存力の強さに賭けたが、もしかすると、千年という時間は魔法使いにとっても長すぎるかもしれない。


 林太郎に会った以来、見覚えのある顔が全然見つからないし、31世紀のどこもかしこも合理主義のかたまりで、非科学的な気配はちょっぴりもない。

 

 本来、私が魔法使いを探したい理由は、31世紀の魔法事情を把握する以外、自分を協力してくれる人を探したいのだ。


 21世紀の魔法使いは従来、集団活動が好まない。最低限のコミュニティcovenを保っているものの、頻繫に交流するわけではない。ところが、おおよそ5年前、とある派閥が突如として現れた。


 魔法界隈では「学習派」と呼ばれた。


 学習派の交流が隆盛りゅうせい的で、わりと派手な活動をしている。彼らのリーダー格にあたる存在は二野にのアリーナという女性だ。恐らく作り名と思われるその名前が魔法使いの間で広がったのは、そんなに時間はかからなかった。


 彼女の格言かくげんはこうだ。


 ——魔法を天下のものにしよう。


 簡単に言えば、魔法を一般人まで普及したいのだ。


 これは大事おおごとだ。


 魔法使いの豆知識その二。魔法は生まれつきのものだ。例外がない。「学習派」が現れるまでなあ。


 二野様とその信者に呼ばれた女性はどうやら魔力の持っていない人に魔法を持たせる力があるらしい。それを魔法の学習と称して、大量な魔法使いの弟子が一気に現れた。

 

 私が探したいのは、まさに学習派の人だ。


 正直、今でも学習派の魔法が怪しいと思うが、魔法を失った今、彼らのことをよく知るいいタイミング かも。

 

 ——せっかく私がそう思えてあげたのによ。やっぱ学習派はインチキな団体だ。ざまあ、出所不明な魔力は千年維持できると思ってんの?


と、内心でかなり威張った態度で学習派を大いに嘲笑あざわらったが、却って虚しくなった。


 「私もそう言う資格がないんだ……情けない」


 学習派でも、普通派でもない今、自力で何とかするしかない。よって、今はこうしてイヴァンの庭で草花を見詰めている。


 「何をしていますか?」後ろからイヴァンの声がした。


 「魔法の練習 」


 「ただわたしの庭をしているように見受けられますが」


 「それも確かにしている。とても立派な庭だ」


 「とんでもないです」


 ここ最近イヴァンの家でお邪魔していて思うのだ。


 イヴァンアンドロイド人間よりずっと上回るテストを持っているのだ。


 こういう言葉は差別なのかな。アンドロイドはいったい人間より上なの?下なの?31世紀はもうそんな区別をしないのがわかったが、やはり私の21世紀の頭がそう簡単には回れないんだ。


 アンドロイドになった今でも、無意識的にそれをマイナスなこととして捉える。だって、有機物から無機物になることはいわゆる「死」そのものだろう。


 死んで、火葬され、あらゆる分解作用を経て、最終的に無機物になるというのはまさに死亡というプロセス。


 そして、火葬やけどもされ、無機物もなった私は、つまり一回は死んだ。


 ならば、今の私の唯一の希望は、せめて、魔法を生きていてほしい。


 決して私の肉体のように、そう簡単に死んでほしくない。


 動け!動け!動け————!!

 

 と庭に散らかった小石に念じる。


 または、


 落ちろ!落ちろ!落ちろ———!!


 と花びらに念じる。


 もしくは、


 伸ばせ!伸ばせ!伸ばせ———!!


 と名も知らない雑草に。


 当然、何も起こらなかった。


 だから、たとえ宇宙が私の脳内で大爆発ビッグバンしたとしても、イヴァンから見れば、私は確かにただ彼の庭を堪能たんのうしているだけだ。


 ふっと先日に林太郎に誘われた時、自分の心構えとか決心云々のことを思い出した。


 何か未練がましくなりたくないんだ。本当にばかばかしい。すぐ魔法を取り戻してここから離れると確信したが、結局このような有様か。甘いのも程がある。


 いろいろと落ち込んで地面を蹴りたいところ、足元の小石が急に揺らぎ始めた。


 ——まさか!


 私は継続的に、もっと意志を強めて、その小石を浮かせようとした。


 ところが、


 「ミミズですね」


 イヴァンの言った通り、石を動かせたのは地面に這い上がったミミズだった。


 「おや、これはもしかしてミミズでもか?」イヴァンは顎を触りながらわざと考え込んだ様子をした。


 「うるせー、あんたの庭が創ったの!……ああ、もう——」


 私は大の字のように後ろに倒した。


 イヴァンは軽く笑いながら、ガゼボに向かった。午後3時半、ちょうどイヴァンのティータイムだ。アンドロイドは食事する必要がないが、〈味〉をシミュレーションできるアンドロイド向けの食べ物がある。イヴァンはそれを好んでいるみたいに、こうしてわざわざティータイムを設けた。


 ガゼボの方から、使用人の加賀美かがみさん が私に声をかけた。


 「ミヨ様もお茶いかがでしょうか」


 「いらない——」


 「では、淹れますね」


 私の〈いらない〉を〈はい〉に聞こえたのか、それとも単純に私の答えを無視したのか、どっちにしろ、私の分も淹れたようだ。


 仕方なく、私もガゼボへ向かった。


 「魔法世界?」そこでイヴァンが読んでいる本のタイトルが目に入った。


 本来読書モードをオンにするイヴァンは無我夢中むがむちゅう境地きょうちに入って、天変地異てんぺんちいなしにはその状態を離脱させるのが難しいはずだが、彼は珍しく本を下ろし、返事をした。


 「はい、加賀美さんがおすすめしてくれた本です。君が現れた日もこの本を読んでいました」


 「へぇー、で、内容はどう?」


 「どうもこうもない、ただのフィクションです」その〈ただ〉はどうしても悪く聞こえた。きっと私の魔法もと思われるだろう。


 ——にしても、


 「珍しいね。返事」


 「考えごとしてました 」


 「どんな?」


 「……大したことではありません」イヴァンがそう言ったが、冒頭の沈黙がかなり意味深だった。


 「私、諦めたほうがいいっすかね……」ため息ついて、黙々とお茶を飲み始めた。と同時に、チラチラとイヴァンを見ている。


 決してわざと弱音を吐いてイヴァンの反応を見たいではないが……


 (どうかな?)


 私の存在しない心臓がドキドキしている。


 しかし、イヴァンから何の返事もなかった。彼もまたただ静かにお茶を味わっている。


 ——あっ、そうですか。わかりました。血も(事実)心も(これも事実)ない奴め。


 「まあ、今日は失敗しても、明日にも失敗するとは限らないでしょう」と恐らく3分後、イヴァンが不意打ちをした。


 「えっ、嘘、急にとしたの?」彼の反応を見たいのは確かに私だけど、普段は皮肉ばかりするのに、こんなの……ずるいじゃない?


 「金曜日はお友達のコンサートあるでしょう。いつも魔法ばかり考えないで、たまには息抜きの必要もあるではないでしょか?」


 ああ、どうしよう。本当はただふと思い立っただけなのに、私は今、たぶんスゲーにやけているから、思わず顔をそむけた。


 「……んじゃ、イヴァンも一緒に行ってくれる」


 「記憶が正しければ、わたしも誘われたと思いますが」イヴァンは何とも思わない平然な顔で答えた。そして、やっと手元の本を読み始めた。


 「そうだね」

 私もできるだけ平然としたが、私の存在しない心臓の鼓動がしばらく止まらなかった。

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