第7話 見学の約束

 神田林太郎のこれからの言葉を待っている。


 確かに、一瞬、本当に林先輩なんじゃないかと思ったが、よく考えれば、普通の——決して私は普通じゃないとは言ってない、当時いろいろと衝撃的でまともに思考できないだけだから——魔法使いはこうして身分を明かすことは滅多にない。


 まして、すでに一回否認したのだ。


 私の名前が出ただけで魔法使いという事実を自ら浮上させたというような仲でもない。


 だとしたら、他の解釈があるはずだ。


 「どうりでどっかで見かけた気がします!」


 神田林太郎は小指に嵌めている指輪をちょっといじった。そこからプロジェクターみたいな光が射して、今ミヨの写真が宙に映っている。


 ——今ミヨわたしだ!


 写真の手前に、


 名前:早苗ミヨ(さなえ みよ)(自称)

 区分:人間情報移転実施対象者

 生年月日:不明

 年齢:20歳(自称)

 職業:21世紀の魔法使い(自称)

 活動記録:西暦3023年8月17日(日)に東6区にある家宅に

      現れた。重体のため、人間情報移転を実行した。


などの情報が一緒に掲載された。


 「何これ?」

 

 ぱっと見て、私の情報がネット上に流されたようだ。


 ——ていうか、自称だらけのこの情報はどう見ても不確かすぎるだろ……


 状況はよくわからないが、それができる人は、左にいるイヴァン以外いないから、少しイヴァンの方へ顔を向けて、説明を求めた。


 「あれは君の身分証明です」イヴァンは私の意図を察しているように答えた。

 

 「なぜそんなもの流したの?」


 「情報の共有はわたしの義務ですから」


 「義務?誰に対して?国というものがないって言ったじゃない?」


 「国が存在しないが、コミュニティを維持するための基本ルールがあります。その中に新生のアンドロイドの情報提供が規定されています」


 「これ誰でも見られるの?」


 「はい、誰でも見られます」


 「情報を公開したくない場合はどうすんの?ていうか、もっと個人情報の扱い方を大切にしようよ!」


 その時、ふっと神田林太郎が興味深そうに私とイヴァンの会話を聞いていることに気付いた。目が合ったことを機にして、神田林太郎が言った。


 「本当に21世紀から来ましたね」


 「でしょう!超21世紀でしょ!イヴァンは断じて信じてくれないです」さすが知人の子孫、私の味方になってくれる。


 「前代未聞のことですから、仕方がない。でも俺は信じますよ」神田林太郎の目が半月形となった。


 「林太郎……あんたって人は……」隣にずっと話していない「アカサ」という人が呆れたような顔で小さくため息をついた。

 

 アカサの声を聞いた時、どっかでおかしいと思うが、どこかな……?


 「単純すぎ」


 「違うよ。アカサも見たでしょう。本当に31世紀のこと何も知らないんだ、この子。あれは演技というの?」


 「その可能性はある」アカサがきっぱりと答えた。合理主義至上の精神はそう簡単には折れない。イヴァンと同じ。


 「たとえ演技だとしたら、何のため?何でわざわざ自分は21世紀からきた魔法使いと自称する必要がある?その設定何のメリットもないだろ?」


 神田林太郎はなぜか私のために積極的に弁明してくれた。私を助ける動機は知らないが、自分より上手ということだけがわかった。

 

 私が頭を上下に強く頷いて賛成の意を表した。


 「それに、彼女は太郎さんの友達だから。太郎さんの友達はつまり俺の友達」神田林太郎はニコニコしながら言った。


 ——林先輩、ナイス!


 「それが本当の理由だろう」アカサはまた息をついた。


 「というわけで、今日から俺たちは友達です。よろしく、早苗さん」神田林太郎は私に手を伸ばした 。


 「ミヨでいいです」私もまたその手を強く握った。


 まるで周囲に馴染めない転校生が初めて友達できたみたいなこの純粋な気持ち——尊死。


 「俺も林太郎でいいや!……あっ、いや」何かを思い出したように、「公爵デュークって呼んでください」


 気が合いそうだなあと思いきや、向こうが唐突のことを言った。


 「そして、彼女は王子の……うっ……っ」と彼はアカサのことを紹介しようとした途端に、アカサに手で口を覆われた。


 「アカサです、よろしく」


 私は21世紀から来た人間ということを信じないとはいえ、かなり丁寧に接した。何だろう。31世紀のみんなのこういう心の大きさ。もし21世紀で誰か自分は11世紀からタイムスリップしてきたと言ったら、百パーセント即疎遠されるだろう。


 ところが……


 ——さっき、林太郎は確か「彼女」って言ったよね?


 てことは、アカサは女の子?


 ずっと静かだったから、さっきまであまり注意を払わなかった。よく観察したら、体の曲線は確かに男のとは違った。顔は中性的だが、いささかなまめかしく見える。そういえば、さっき感じた違和感、あれは男の声にしてはやや音色が高いからだ。


 最初から気づかなかった理由は恐らく彼女の服装にある。


 (なるほど、いわゆる男装女子だね)


 アカサの身長は林太郎と同じくらいで、やや大きめのジャケットとジンズを着ている。頭はキャップを被ったので、髪の長さははっきり見えない。確かに見間違いやすい。


 「王子と王子のもいいけど、気高いアカサには到底かなわないから、自ら公爵に退けた」私がアカサのことを観察しているうち、林太郎は隣で勝手に謎のことを言い始めた。


 「ごめん、意味よくわからん……」私も一歩退けて、イヴァンの後ろに立った。


 「ハハハハハ、嫌だ。怪しい人じゃないから」


 「いや、どう見ても怪しいでしょ、ふっふー」アカサの口元が少し緩んだ。彼女の笑顔をじっと見ている林太郎がポカンとした顔になった。


 (なるほどね——)


 思わずさっきアカサの言った「単純すぎ」という言葉を思い出した。


 「と、とにかく、本当に怪しい人ではないんだから。そうだ、これをあげる!」林太郎がやっとのこと我に返った。


 そして、指輪を操作して、またそのプロジェクターのような光が射して、宙にタッチパネルが現れた。


 「招待状だ。えっと……」たぶん画面上に現れたメールみたいなものを送ろうとしたが、何やるべきかわからない私を見て、ふっと私はそれが疎いことを悟ったから、イヴァンの方に向けた。


 イヴァンもその意図を汲んで軽く頷いた。


 「フレンドリクエストを送りました」イヴァンが言った。どうやら、本当の意味上で友達になったのは林太郎とイヴァンの方だ。


 「今週の金曜日 で、アカサの家でコンサートを開く。アカサはね、この界隈では結構有名な声楽家だよ!よかったら来てね」林太郎また勝手にアカサを代弁した。


 「何でいつも林太郎の方が誘ったの?」どうやら林太郎は別のところでも勝手なことをするばかりだ。


 「確かにアカサのコンサートだけど、俺は伴奏やるだろ。俺の友達を誘っただけだ」林太郎は言い訳こそスラスラこぼしたが、アカサに直視できないようで目を逸らした。

 

 「でも……私も友達を誘ってみたいんだ」アカサは無表情だが、少し目を伏せた。


 ——ドキン!!!


 きっと林太郎の心だけではない、私の心——もしあれば——もキュンとした。


 「ごめんなさいぃぃぃ!」林太郎はすぐでも土下座する態勢だ。


 (天然美人アンドロイド……破壊力抜群だなあ……)


 「まあ、いい。コンサートの後で軽く食事パーティーもあるんだから、お二人はぜひ」とアカサは言った。


 林太郎はショックしすぎて、しばらく身動きができなさそうだ。


 確かに林太郎は想像以上友好的で、アカサはクッソかわいくて、二人ともっと仲良くしたい気持ちが山々が、その同時に、早く魔法を取り戻したい気持ちも同様に強い。


 コンサートはせいぜい一日程度のものだから、決して時間が取られることに心配するのじゃない。心配したのは、自分の心構えだ。


 31世紀でも、今ミヨでも、仮のものだから、未練がましくなりたくない。


 もしこれから楽しい毎日を過ごしたら、決心が削られそうだ。


 やはり、親睦会をやる場合じゃないのだ。


 正気に戻った林太郎は躊躇している私を見て、追加でこう言った。


 「31世紀の見学だと思って、ね?」錯覚なのか、一瞬だけで、林太郎の目からさっきまでとは違う意味合いが閃いた。


 「……そう言うのなら……」決して断然とした答えとはいえないが、林太郎のその目付きの真意に少し興味が湧いてきた。

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