第5話 今ミヨ

 他の人に出会いたいという願いをイヴァンに伝えた後、イヴァンは私の正式の体を新調し始めた。

 

 髪、瞳や肌の色から顔、身長、体型諸々の相談を経て、ようやく今日ででき上がった。作業台にある人工な躯体を見て、この元の自分とはまったく違う外見の体はこれ からの自分だなんて、考えるとちょっとだけゾッとする。

 

 でも、覚悟はしていた。

 

 「本当にこれでいいですか?じゃなくて、このになります?」イヴァンは改めて私の意向を確認した。

 

 ちなみに、今ミヨは今のこのミヨの略称だ。

 

 本当ならば、自分の姿を覚えているので、元の自分に戻るのは十分可能な話だが、私はそうしないことを決めた。

 

 「もちろん、美女になるのはずっと私の夢だもん!」

 

 明るい口調で内心の躊躇と抵抗感を誤魔化そうとした。

 

 噓は言っていない。一度でいいから、別の人生を歩んでいきたいとは思っている。今はまさにそのような機会が目の前に展開したわけだ。

 

 でも本当の理由というと……


 ——ただ怖いんのだ。


 たとえ本来の姿に戻っても、魔法がいつ戻るかわからない。そのような自分と向き合うのが苦痛すぎる。想像すらしたくない。いっそ別の姿でゼロから始まったほうがいいかも。

 

 魔法が取り戻したら、すべてが解決できるから。私はそう信じている。

 

 イヴァンはこれ以上私の考えを踏み込むつもりはない。軽く頷いてから、体の交換作業を始まる。

 

 一瞬のブランクを経て、壁のその鏡に映る私はもう今ミヨとなった。試しに自分の顔を触ると、前の体のような硬い金属の感触ではない、ハリのある柔らかい肌の触感だ。

 

 今の自分はただ一枚のICチップということを知らなければ、本当に他人に転生したと思うほど、その手触りがとてもリアルだ。

 

 今ミヨの傍に静かに座っている私のがちょっと寂しく見える。決してそこから自分を感じたわけではない。仮の体に情を感じることはなくもないが、あくまで松葉杖を見ているような心境だ。

 

 私と一緒に困難を乗り越えて、ありがとうみたいな気持ちだ。

 

 かといって、今ミヨを見てこれが自分という実感もまたない。

 

 むしろ体と心が分裂したような感じが一層進んだ。でもそれはきっとただの錯覚なのだ。なぜかというと、今の私は

 

 なんてね。

 

 思わずくだらないことでも考えてしまった。

 

 人間の持つ心、意識、感情というのは、一体何だろうというのは、今の私にとって意識しちゃいけないことだ。


 ——何もかも、どうしようもなくなったから。


 だからあえて言った。

 

 「へぇー、想像以上綺麗に出来上がったね」

 

 今ミヨは波のようにうねる長い緋色の長い髪に色白肌のたまご顔で、高身長の上、やせでも肥満でもないちょうどいい体型を持っている。翡翠のような瞳は整えた五官の中で最も印象的な部分だ。

 

 さすがオーダーメイドの美女だ。

 

 これは決して自慢ではない——いや、ちょっと自慢しているかもしれない。が、今ミヨを「人間」として見るのではなく、自分の想像力を生かして創り上げた芸術品のようなものとして見ているから、純粋な気持ちで褒められる。

 

 ちょっとやりすぎた感もあるが、その人形っぽさはまさに私の望むところだ。

 この体はあくまでだ。人形を操る感覚で過ごせばいいのだ。


 あまり依存しちゃいけないけど、存分に楽しむつもりはある。

 

 「本当によくできているから、くれぐれも今までのような扱い方をご遠慮ください」イヴァンはやや厳しく言った。きっとイヴァンにとっても今ミヨは傑作だ。


 でもそれ以外の気持ちはイヴァンには共通しない。

 

 私の複雑な心持ちはきっと理解できない。イヴァンがアンドロイドだからではない。彼が今でも自分の思うようにアンドロイドでいられるからだ。


 ——ああ、イヴァンの言った通り、気分転換は必要だ。


 「それじゃ車でちょっと都心に行ってみようか」

 

 「空で飛ぶ車!」

 

 出た!SFの定番だ!

 

 「飛ぶなら、車とは言えなくなるんでしょう?」

 

 ところが、イヴァンはちょっと呆れた顔で言った。

 

 結局、31世紀の車は本当にただの車だ。少なくとも外見はほぼ同じ。ただ、今の車はもう充電がしなくても、何百年は動けるらしい。イヴァンや今ミヨみたいな最新型アンドロイドもその同じエネルギーを使っている。

 

 「それでもなんかちょっとガッカリした……」私は小さい声でイヴァンの隣で呟いた。

 

 「どうして?」

 

 「せっかく千年後の技術を目にする機会があるのに、21世紀とはあまり変わらないんだから」

 

 「何も車だけにこだわる必要ないでしょう。君と今ミヨこそ31世紀の先端技術とは思わないですか?」

 

 「確かに!」

 

 「お金が存在している社会ならどんどん科学を推進しているでしょう。利益に繋がるから。でも今は必要最低限の開発しかしない」

 

 「何もかもお金の問題ではないと思う。私は違うけど、魔法のない人間にとって、科学は魔法のようなものだ。科学によって自分の夢を実現したり、より多くの可能性を広げたりすることを単に一種のロマンとして考える人もいるだろう?」

 

 「夢を実現する必要、可能性を広げる必要は必要最低限の中には含みます。必要性を感じるのなら、誰もそんなことを阻止しません。でも、利益を得るための生産は必要がないと思いますけど」

 

 「でももし誰かが自分の夢のためにすごい発明をしたら、絶対他の人もほしいでしょう」私の知った限り、魔法も似たようなものだから。魔法のない人々が魔法を渇く姿をよく知っている。

 

 「ほしいですね」イヴァンは私の言葉を同意した。

 

 「その時はどうする?」

 

 「当人がシェアしたいかどうかの問題になります。この発明は社会にとって有益と思って他人とシェアしたいのならばそうします。独り占めしたいのなら、独り占めでも問題ありません。本来他人とシェアする義務がないですから」

 

 いいことを言った。私もそう思った。もともと私のものだから、魔法を独り占めで何か悪いの?

 

 しかし、このような考え方は21世紀ではあまり歓迎されなかった。

 

 「独り占めしたら、抗議されないですか?」

 

 「抗議されるかどうかの問題以前、独り占めの意味があるかどうかの問題と思います」

 

 (なるほど……イヴァンはそう思うのだ)

 

 義務がないといったものの、やはりみんなとシェアしたほうがいいパターンだ。

 

 「例えば、君がある日無限のエネルギーを発見しました。エネルギーは無限だから、他人と共有しても問題はありません。その時どうします?」

 

 「その無限のエネルギーを売ります!」

 

 言っていることの意味がわかるけど、どうも納得いかないので、あえてそう答えた。本当はお金云々の問題ではないのだ。気持ちの問題だ。

 

 「でも君はふっと気づいたのです。他の人はこの無限のエネルギーがなくても、有限のエネルギーを利用することができます。そして、有限のエネルギーを利用することは無料だから、無限のエネルギーがなくても普通に生活できます。その時は?」

 

 「たとえ有限のエネルギーはお金が要らなくても、有限だからいつかなくなるでしょー?それじゃ、無限のエネルギーを持っている私はその時まで待てばいいじゃない?そして世界はもう一度お金またはお金と同じ価値の何物が必要になる」


 イヴァンの挙げた例と魔法を一緒にすることが当然できないが、ついむきになって、そう答えた。

 

 「はじめて君は本当に21世紀から来た人間かもと思いました」イヴァンはこっちをチラッと見てからそう言った。

 

 「まあ、31世紀の人々はすでにそのような考え方を諦めたとしかいえないです」イヴァンは補足するようにそう言った。

 

 イヴァンは何とも思わないかもしれないけど、私はさっき自分の言った言葉でちょっと気まずくになったから、しばらく無言のままでいる。

 

 淀んだ空気はイヴァンの「着きましたよ」を機にやっと正常に戻った。

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