第三話「商隊護衛クエストと白銀の狼」
あの地下牢ダンジョンの脱出から
俺はあのダンジョンのあった城のあった都から南へ南へ、と逃げてカルマルという商業都市へと流れ着いていた。
カルマルは南方大陸の小国家群からの輸入品の流入の中継地となっているようで経済活動が盛んに行われていた。旅行者や冒険者が頻繁に行き交い、俺のような新顔が目立つこともなかった。
目立つことを避ける今の俺に取ってはカルマルはとても都合が良い街であった。
なぜ俺がそんなに目立つことを極端に怯えているのか。
それは街のあちこちに貼られている指名手配済の賞金首リストを見ればわかってもらえるだろう。
ーーーー
・本名
不明
・特徴
黒髪/黒目
流暢に大陸標準語を話す
・罪状
帝室の破邪の剣を盗み出しそれをどこかに隠している。
剣を本人がどこに隠したか帝国軍本部にて直接尋問する必要があり、必ず生きて
当人を
・懸賞金
無傷での捕縛500万クルナ
*情報提供にもその重要度に応じて相応の懸賞金が支払われる。詳しくは最寄りの帝国軍広報部まで
ーーーー
賞金首を表すポスターには俺の情報と懸賞額と共にデカデカと俺の写実的な似顔絵が描かれている。
(まぁ破邪の剣なんて盗み出してないけどな!あのエルフ女許せねぇ!)
何か魔術的な細工がしてあるのか、絵の中の俺は白黒ではあるが顔をしかめたり少し笑ってみたりと動きがあり中々にリアルだ。
絵自体も少々現実の俺よりイケメンよりに描いてくれているが、結構似てはいる。これでは素顔を晒して街中を歩いていればすぐに帝国兵に通報されてしまうだろう。
(それにしても)
俺が手配書をじっと睨みながら苛立ちを募らせた。
(あの神め。一番肝心なイケメンに俺をするって約束だけは破りやがったな)
ポスターの中の俺は、青年期ころの俺の顔立ちをしていた。
一度、逃走中に宿屋を借りた時に珍しく鏡が置いてあり覗き込んでみたが、やはり転移前より少し 窶(やつ)れた若い頃の 俺(クロダ)だった。
年齢は希望通り若返らせてくれたみたいだが肝心の顔は召喚前の地味男のままだった。
俺が自分の顔の芋っぽさに打ちひしがれていると、近くをドカドカと帝国軍の兵士たちが駆けていった。
慌てて"隠者のフード"をかぶり直して雑踏の中に潜る。
ー隠者のフードー
これはあの地下牢でエルフの女魔術師(ベアーテとだったか?)から俺がネコババしてきた魔道具だ。
一見、なんの変哲も無い茶色のフードに見える。
しかし魔術的効果のおかげで周りに認識阻害を起こさせフードを被っている当人が男なのか女なのか、老人なのか若者なのかすら判別させ無いように出来るという優れものだ。
あの魔術師の女にいきなり盗人と決めつけられたせいで、楽しい異世界転移生活が一点、映画の『逃亡者』よろしくこそこそと逃げ隠れしているわけだが。
皮肉なものでその 女(ベアーテ)から奪った魔法のフードのおかげで今日まで逃げて生き延びられているわけだ。
このフードのおかげで俺は 市街(しがい)を真昼間から闊歩(かっぽ)することが出来る。
なんなら高い懸賞首の着いた俺を血眼で探している冒険者たちが集う冒険者ギルドに偽名で登録もした。
ギルドでは目立ちすぎないように簡単な薬草集めや小鬼(ゴブリン)退治をこなすことで日銭を稼ぐに留めているがなんとか食い扶持は確保出来るというわけだ。
(今日も汗臭ぇな)
市場の雑踏を抜けて30分ほど歩いてこの街の冒険者ギルドに到着。
異世界小説にあるような可愛らしい受付のお姉さんはどうやらこのギルド支部にはいないみたいだ。
いつも受付して貰っている太ったおばさん担当者に、採集品のコボルトの魔石を渡しギルドカードを見せ報奨金を受け取る。
この担当者は余計な詮索もなく、聞いた情報にはきちっりと丁寧に答えてくれるので、この街に流れ着いてからはありがたく重宝させてもらっていた。
「これで52クルナね。そういえば、あんたの探してたエーア地方方面への護衛任務だけど今朝から出てたよ」
担当者が金と一緒にギルドのクエストカードを手渡しくれる。
ーーーー
[募集者]
ペルゲ(商人ギルド ブリッゲン代表)
[依頼内容]
エーア地方の港町エーアまでの商隊護衛(7日~10日程度)
[募集クラス]
・前衛(剣士等/Cランク以上)10名ほど
・中衛(弓使い等/Cランク以上)6名ほど
・後衛(魔術師等/Dランク以上)3名ほど
・援護(回復術師/Dランク以上)2名ほど
*ランク、給金等応相談
ーーーー
「あんた、回復魔法を多少は使えるんだろう。ならこのクエスト応募してみたらどうだい。
俺はギルド登録時に嘘情報として回復魔法を使えると書いたに過ぎない。
(嘘を書いたのはギルドへの登録情報も帝国に筒抜けだろうと考えたためだ)
しかし今ならスキルポイントが余っていることもあるので、回復魔法のスキルを取っておこう。
-アクティブスキル-
剣術Lev.4
火魔法Lev.2
回復魔法Lev.6
まずったな。火魔法のレベルを上げてから、剣術のスキルに使おうと思っていた分を間違えて回復魔法に全部入れ込んでしまった。
人と話しながらのスキルの割り振りは良くないな。
顔を顰(しか》めるが"隠者のフード"のおかげで相手から表情を読み取れられることは無い。
「わざわざありがとう。募集者はいつごろ来るかな?」
「最近だとここのギルドに面接担当者がずっと入りびっ立てるよ」
俺がそう尋ねると担当者がギルド内の商談スペースを指差す。
商談スペースには背中の曲がった老人の商人とその付き人が、他の応募してきた冒険者たちの話を聞いているようだった。
「OK。なら交渉成立だ」
「うむ、よろしく頼む」
俺が机に向かっていくと、ちょうど冒険者たちと商人たちとの交渉が済んだようだった。
印紙の契約内容をお互いにチェックした上で、それぞれサインをし、仲介のギルド職員がそこに
横目でちらりと見ると、Bランクの3名で構成されたパーティが護衛任務を1万7000クルナで契約する旨が記してあった。
自由都市で一軒家を買おうと思うと30万から50万クルナが相場だと聞いたことがある。
昼食は安いところで済ますと5クルナほど。
だいたい1クルナ=元の世界(日本)の100円ほどの価値だろうことを考えると、1万7000クルナというのは200万円弱。
普段、雑魚モンスターを狩って50~60クルナの日銭を得るのにあくせくしている自分からすれば、縁遠い金額が目の前で動いていることに少し興奮した。
「後は、
「すまねぇな。俺たちにもねえな」
「ちょうどここに居ますよ。回復術師(ヒーラー》」
商人たちの会話に割って入る。
「ほう、ランクはいかほどかな」
「最近ギルドに登録したもんでまだランクはFだけど......。自分で言うのもなんだけど腕は確かですよ」
「ふむ」
疑わしそうにみてくる商人。
まあ、実績がないんじゃいくら回復役が欲しいとは言ってもそうホイホイとは雇えないだろう。
「ランクも実績も無いとなるとな」
「では証拠を見せましょう」
付き人の青年がやんわりと断りを入れてきたので、俺は腰に差していた小刀を抜く。
”痛覚遮断”のパッシブスキルのおかげで痛みは無いとは言え、これは中々精神的に踏ん切りが着かないな、と思いながらも勢いよく自分の腕に傷を付ける。
「なっ!」
周りのオーディエンスが驚きの声を上げる。
いきなり目の前でナイフで自傷行為を始めれば誰だって驚くだろう。俺だってそんな奴いたらドン引きだ。
腕からは勢いよくどくどくと血液が溢れてくる。
傷つけたのが動脈だった為か、血の色は鮮やかな赤色だった。
あまり目立ちたくはなかったが、金を貯めてエーア地方に行く一石二鳥のまたとない機会だ。仕方ない。
「
俺がそう
「うむ。見事じゃ。その回復速度、ランクC以上の実力はあると見た」
老人はそう言うと俺との契約を申し出てきた。流石、金勘定に敏い商人。相場より安く実力の高い俺に張ってくれるようだ。
よし、これで交渉成立だな。悪目立ちしたがやった甲斐があったぜ、ふぅ。
いつまでもこんな陰気なフードを被ってコソコソと生活するのは精神衛生上ヨロシク無い。
それに折角の異世界だ。
希望のイケメンには成れなかったが、金を貯めて奴隷の女の子を買ってあんなこと、こんなことをして……。ウヘヘへ
いかん、妄想が捗り過ぎて人前で気持ち悪い笑いとヨダレが思わず漏れてしまっていたようだった。
俺の周りにいた冒険者や商人たちの何とも冷ややかな目線を受けながら、雇い主から明日の早朝に街外れの門に来るよう指示され、その場をスゴスゴと後にした。
〜〜〜〜
翌朝。
冒険者はざっと2パーティほど。
合計すると募前衛6、中衛3、後衛1ほどで、募集の用紙通りほどの人数を商人は集められなかったようだ。
(回復役は俺一人か)
一方で護衛対象の商人は、馬車4台に
馬車には東部の穀倉地帯から輸入した穀物やこの都市の特産の絹織物やガラス細工、珍しい魔道具や魔宝石などが目一杯積み込まれているようだ。
「おい、護衛の冒険者が事前に聞いていたより少なく無いかい?」
「そうだ、この人数でこの商隊を"黒い森"で守りきるのは厳しいぜ」
冒険者たちから次々と不満が飛び出る。
エーア地方へのルートはいくつかあるが今回は依頼主都合で最短ルートを取るため、盗賊や強力な魔獣が多く出没するという危険地帯"黒い森"を突っ切る必要があると聞く。彼らの不満も最もだろう。
「皆さん。安心して欲しい。今回の護衛任務には何とAランク冒険者も加入している」
ざわざわと騒ぎ立てる冒険者たちに自信を帯びた笑顔で声をかける青年。
昨日、ギルドで老人の商人のお付きでいたヤングと言う名の青年だ。
彼はこの商人ギルドに専属の元冒険者だ。
普段の護衛はもちろん、冒険者へのクエスト依頼等もかつて彼自身冒険者であったことから勝手がわかる関係で任されているらしい。
「そこに居る彼女こそ、Aランク称号の冒険者。白銀の狼ことノラだ」
青年の指差す方向にはフードを目深に被ったスラリとした体型の女が一人馬車にもたれて立っていた。
片手には2メートル以上の年季の入ったハルバード[穂先に斧頭、その反対側に突起が着いた槍]を持っている。
ー能力透視ー
ーーーーーーーーーー
名前 :ノラ(アウネーテ・フィン・レイブン)
性別 :女
種族 :人間 [獣人族(ビースト)/神狼種(フェンリル)]
レベル:65
HP:6350
MP:10,200
-パッシブスキル-
身体強化
不屈の精神
HP自動回復
-アクティブスキル-
槍斧術Lev.6
武術Lev.6
剣術Lev.3
風魔法Lev.5
-呪い-
▼×の傷跡
ーーーーーーーーーー
Oh......あの地下牢で出会ったエルフの魔術師(ベアーテ)ほどでは無いがこの女も中々のツワモノだ。
それに冒険者ランクAと言えばツワモノの集う冒険者ギルドの中でも200名ほどしかいない
偽名を使っているし、伏せ字になっている呪い?があるのも気にはなるが、確かにこの女が味方にいるなら、この人数でも心強いのでは無いだろうか。
しかし、居並ぶ冒険者たちのざわめきは止まない。
「おい、あいつは……」
「白銀って言えば……なぁ?」
「この商隊の連中は帝国出身じゃないから知らないのか?」
「とにかく。もう出発するぞ。抜けたいと言う者は抜けてもらって構わない。その代わり契約通り違約金を払ってもらうぞ」
ヤングが冒険者たちに大声を上げると4台の馬車がゆっくりと車輪を回し始め、商隊は進み始めた。
冒険者に異を唱える者は居なくなったが、商隊を覆う不穏な空気が晴れることはなかった。
このクエストの先行きにほんの少しの不安を感じながら俺も歩みを進めることにした。
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