第二話「美女からの逃走」

「帝都の城の地下牢の奥がこんなダンジョンに本当になっているなんてね。これはあの伝説の現実味が益々湧いてきたのぉ」



そうニマニマと笑うエルフの女、ベアーテはユングリング伯爵家の当主であると同時に宮廷お抱えの魔術師である。


彼女は自領をその優れた統治能力で成長させ、帝国経済に貢献する優れた政治家であった。

またその統治手腕以上に帝国内での彼女の地位を確固たるものにしたのが、優れた魔導に関する研究と軍事的偉業である。


数々の古文書を読み解き、失伝した古代の回復魔術を復活させ王妃の不治の病を癒した。


これまでの魔力消費効率を格段に上回る詠唱方法を一から体系化した。


その身に秘める魔力だけで敵国の数個師団を焼き払い、2日と持たず首都まで攻略した。


いずれも彼女がその力で成し遂げた偉業であり一切の誇張を含んでいない。

そんな彼女に付き従う兵士たちの顔は、英雄と行動を伴に出来る栄誉に輝いてはおらず暗い。


城の封印された地下牢ダンジョンが恐ろしいのではなく……ベアーテ伯爵が恐ろしく醜いためだ。


しっとりした紫ががった髪、桃のように甘くぷっくりと膨らみをたたえた唇。

雪のように白いシミひとつ無い肌、体に比べて小さなフェイスライン、長い睫毛のついたぱっちりとした目はガラス細工のように蒼く透き通っている。極めつけは大きなスイカのような胸。


いずれも“この世界”では忌み嫌われる醜い女の特徴である。


「さあ、罪人の住処より来訪せし異界の英雄にして 醜女しこめの恋人、よ。どうか我の目の前に現れてくれ。」


彼女はそう呟くと 破顔はがんし、ダンジョン化した地下牢の中でひときわ大きな魔力の輝きを放つ存在に向けてズンズンと歩みを進めていった。


〜〜〜〜

「あ、いた。」


人の声のする方に歩みを進めていた俺だったが、5分としないうちに全身を 鎖帷子くさりかたびらや金属の防具で身を固めた護衛の兵士たちと出会うことになった。


兵士たちは警戒しているのか俺に剣や槍を向けて険しい表情をしている。


まあ、それも仕方ない。


今の俺はモンスターとの幾多の戦いのせいで自分やバケモノどもの返り血で身体中べっとりだ。


「止まれ!!貴様は何者だ!ここで何をしている?」


兵士の一人がそう大声を張り上げ問うてくる。


「あの、俺は怪しい者ではなくてですね……」


俺のこの一言がトリガーとなったのだろう。

兵士たちは次々と俺に 詰問きつもんを投げてきた。


「いやどう見ても怪しいだろう!」

「そもそも貴様はこの地下で何をしている?どこから侵入した?」

「賊の類か!いや、魔物が 変幻へんげしているという可能性も。」

「ダンジョン化した地下牢の奥深くには帝国建国時の大罪人がいたという噂もあるぞ。」


幾人いくにんもの兵士たちが強く迫ってくるのにタジタジとしていると、集団の真ん中に立っているフード姿の人間がスッと手を上げる。


そうすると兵士たちの喧騒けんそうがサッと静まる。


こいつは何者だろうか?兵士たちの指揮官か?


そいつは兵士たちの集団から歩みを進めこちらへと向かってきた。


ダボっとしたフードを被っているせいで性別もわからない。


清浄ウォッシュよ」


フードの指揮官がそう詠唱すると俺の体にベタベタ付いていた血や汗が一瞬でぬぐわれる。


フードの指揮官がそう詠唱すると俺の体にベタベタ付いていた血や汗が一瞬で拭(ぬぐ)われる。


俺の顔を見た兵士たちからは驚きの声があがった。

「おい、あの顔、見たかよ……」

「あぁ、それにあの黒髪に黒い目……」


この世界では黒髪が珍しいのか?俺が不思議に思っているとフードの指揮官が近づいてくる。


先程の声から言って女のようだ。


「さて、色々と問いたいこともあるが、まずは一番大事な質問から。この顔を見て君はどう思うかね?」


彼女はそう言うや否や被っていたフードを脱ぎ捨てそれを俺に押し付けながら、鼻先が擦りそうなところまで顔を近づけてきた。


ゴクリっ。


いい匂いがする。人肌の温かさがこの距離だと感じることが出来る。

何よりとびきっりの美人だ。


白い肌、葉っぱのように尖った可愛らしい耳。濡れたように滑らかに輝く紫色の髪は妖艶な輝きを放っている。パッチリとした碧眼へきがんは美術品のように整っている。微笑みを浮かべる小さなみずみずしい唇は可愛らしさと艶めかしさが同居しており、見るだけでよだれが零れそうになる。


そしてなによりもパツパツに張った彼女の胸!彼女の甘い香りのする豊かな胸が体に当たってそれで頭がいっぱいになる。


こんな女と付き合いたら!セッ○スしたい、全身を舐めまわしたい……


「な、なめ、あ、え、す、好きです」


首が締まったような声でなんとかそう言葉を出した。すごい童貞臭い。死にたい。

しかも途中まで「舐めまわしたい」と声に出かかっていた。改めて死にたい。


「ふふふっ。遂に見つけた……遂に見つけたぞ。 異界の勇者、醜女しこめの恋人を!」


よく見れば彼女はダラダラと鼻血を流しながら、顔一杯に笑いを広げていた。


(鼻血大丈夫かな、この人。それにシコメ?の恋人ってのは一体?)


俺の頭の混乱をよそに彼女は笑いながら少し後ろに下がっていった。一流モデルが束になっても勝てないような彼女の極上のプロポーションに俺はまだ目を奪われていた。


「この男は大罪人だ。帝室の宝、破邪の剣を盗み出した盗人である。すぐに捕らえよ!」

「えっ?えっ!?」


え!なんで?と思う間も無く兵士たちが俺を捕らえようと掛けてくる。


数はざっと20ほどであろうか。


いくら俺が強くなったと言ってもこの数を倒すことが出来るだろうか。そもそも人を切ることなんて出来るのか。


かと言ってこのまま捕まるのも癪だ。


いくら超が着くような美女とは言えいきなり犯罪者扱いは頭にくる。


この女を人質に取って逃げるか。

そう考えているといきなり俺の後方から轟音が鳴り響いた。


思わず振り返ると、そこには転移直後に遭遇したミノタウロスの姿が。しかも、地下牢の壁を蹴破っての壮絶なご登場だ。



「やばい...!」

「あーもう。なんとタイミングの悪い。」


俺が一人慌てていると、女魔術師はウンザリしたような顔をしながら片手を上げる。


迅雷サンダーアローよ」


その瞬間電柱ほどの太さの輝きが空中に出現したかと思うと、目にも留まらぬ速さでミノタウロスを貫いた。

ミノタウロスは 今際いまわの声を上げる暇もなく上半身を完全に消滅させ絶命した。


しばらくすると肉の焼け焦げた匂いがプーンと臭ってきた。

その匂いに今目の前で起こった出来事に口をあんぐりと開けていた俺は、我を取り戻す。


ー能力透視ー


ーーーーーーーーーー

名前 :ベアーテ・フィン・ユングリング

性別 :女

種族 :人間 [森林族エルフ]

レベル:378

HP:18,999

MP:98,000

-パッシブスキル-

精神安定

同時詠唱

MP自動回復

賢者の直感

魔力障壁

呪術耐性

-アクティブスキル-

精霊術Lev.8

火魔法Lev.10 (Max)

水魔法Lev.10 (Max)

雷魔法Lev.10 (Max)

風魔法Lev.10 (Max)

光魔法Lev.10 (Max)

闇魔法Lev.10 (Max)

回復魔法Lev.10 (Max)

古代魔法Lev.10 (Max)

ーーーーーーーーーー


この女、ラスボスか?と思うほどのチート能力の数々。

太刀打ちなどとても出来そうにない。ここは降伏して すきを見て逃げた方が良いか?


俺がそう迷っていると地下牢の壁が次々と崩壊してきた。


「もう気づかれたのか。」


エルフの女、ベアーテがそう言った直後、ミノタウロスやゴブリン、オーク、その他あらゆる種類のモンスターや悪鬼の群が数百匹単位で襲いかかって来るのが見えた。


迅雷サンダーアローよ」「火球ファイアボールよ」「輝牙シャインファングの剣よ」「氷柱アイシクルよ」


魔術師の女が呪文を唱える度に、モンスターの むくろが山のように積み重なっていく。

兵士たちも中々の手練れ揃いなようで、魔術や剣、槍を用いてバケモノ共をいなしているようだ。


俺はこの乱戦を幸いとモンスターや兵士たちに気づかれないように慎重にかつ勢いよく抜けて逃げていくことにした。


「あの男を捕らえよ!あの男を捕らえよ!」


というエルフの女の叫び声を背中に、俺は全力疾走でこの地下牢ダンジョンを駆けていったのだった。


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