第四話「銀髪の眼帯美少女、ノラ」

出発から3日目。


エーア地方までの道のりはまだ始まったばかりだと言うのに歩みを進める商隊の一同の空気は重たい。

おかげでその空気に当てられて俺まで重苦しい感じになってきた。


俺みたいなインキャは周囲の空気に人一倍当てられ易いのだ。

空気は読める......読めるのだがその空気を変えたり乗ったりするのが苦手なだけなのだ。


俺がまたそんな詮無せんなきことを考えて勝手に気持ちを落ち込ませていると、中衛担当の冒険者、ギースがこちらに近づいてきた。


「よお、クロダ。昨晩はしっかり寝れたか?」

「いや、まだこんな大所帯のクエストには慣れないみたいで緊張しちゃって。正直ちょっと寝不足です」

「ダハハハ。正直だな。まぁ駆け出しの冒険者がそうなっちまうのは仕方ないよな」


ギースはBランクパーティの代表をしている。所謂いわゆる遊撃手レンジャー職で得物えもの長弓ロングボウを使って遥か遠くのゴブリンを次々と撃ち抜くさまは頼りがいがある。


彼はあまりハンサムではなかったが、いくつかの死線をくぐり抜けて来た男特有の静かな自信が感じられ、語り口も穏やかで信用に足るように感じる。初心者冒険者の俺にも目を配ってくれるような面倒見の良さもある。


「クロダはなぜ今回みたいな長丁場なクエストを受けたんだ?」

「まぁ、色々理由はありますけど……。今回のクエストで金を貯めてエーアにある帝国最大だって言う歓楽街かんらくがいに行きたいからですね」

「おっ、クロダ。やっぱりお前も男だな!」


ギースはガハハっと笑って肩を叩いてくる。


港湾都市エーアには世界最大の歓楽街がある。


歓楽街については昨日の夜、別の冒険者たちの会話を盗み聞きしたことから知っているだけ。

本来の目的は帝国の魔の手から逃れて連合王国に行くことだ。

だが、それを正直に言うわけにも行かない。


まぁ俺自身、歓楽街に興味がないわけでは無い。


帝国に指名手配さえされていなければ絶対寄った。

異世界性風俗を堪能した。

絶対本番までやった。

あらゆる異世界の種族の女の子と致したかった。


いかん、いかん、またエロ妄想が暴走しかけたと思っているとギースが小声で話しかけてきた。


「そう言えば、あの例の女。白銀のノラって女の件だが。」

「ああ、あの冒険者。どうにも嫌われているみたいですけど.......何故なんですか?実力は確かみたいだけど」

「ああ、実力は間違いないさ。冒険者ランクもAとなってるがSランクになるのも時間の問題だって言われてるくらいだしな」

「じゃあ、なんで?」


ギースは本当に知らないのかと少し顔をしかめると、更に声を小さくして話を続けた。


「奴が嫌われているのは、二つ理由があってな。一つは呪われてるからだって話だ。奴が引き寄せるんだとよ。強力な魔獣や魔物、イレギュラーエンカウントって奴だな」


イレギュラーエンカウント、冒険者の間で恐れを持って語られるそれは通常であればそこに出現しないレベルの強さを持つモンスターのことであり、会えば死を免れるのは至難の存在だと言われている。


「まあ、今までの旅路の中で出てきた魔物は大したことない奴らばかりだったし、噂は噂に過ぎないってわけだな」

「うーん。それでもう一つの嫌われてる理由ってのは何なんですか?」

「あいつ、とんでもない醜女ブサイクなんだとよ。顔を正面からみたやつらが吐いて夢にうなされる位にな。」


ギースは、案外呪いの噂もブス過ぎるせいで立ってるだけなのかもなと言ってカラカラと笑った。


〜〜〜〜

その日の晩


"黒い森"に入る前に一泊しようと商隊は少し早めの休息を取った。


森の中で一晩を過ごすわけにはいかないので、今日はしっかり休息を取って早朝からノンストップで森を突き抜けようという算段のようだ。


冒険者たちはそれぞれ焚き火を囲って、商人から提供された糧食りょうしょくを食べている。

俺は配られた鶏肉の煮物スープの皿を片手にノラという女を探していた。


別にブス女に興味があるわけでは無いが、彼女のステータス上の呪いがどんなものなのか見ておきたかった。


旅立ちの日を含めて前衛の彼女の近くに寄る機会は中々巡って来ず、"能力透視"で確かめようもなかったのだ。


(いた)


彼女ノラは、焚き火を囲う冒険者たちから少し離れたところで一人手持ちの乾パンをモソモソと食べているようだった。


ー能力透視ー


-呪い-

▼×の傷跡

×●より受けた呪いの傷跡。この呪いの影響で●▲の力の発現が抑えられている。


うん?能力説明の一部が欠落して読めない。もっと魔力を集中させれば……。


「さっきから人のことをチラチラとなんだ、貴様は。」


俺が彼女を(自分としては)気付かれ無いようにチラ見していたことを、一発で言い当てられて少し焦ってしまう。

何よりブスと噂の彼女の声が凛としていながらも少し可愛らしい感じがして緊張してしまったのもある。


こちらをキッと睨んでくる彼女のフードが少しずれると顔が垣間見えた。

それを見て、思わず見惚れてしまう。


彼女の髪は銀髪で神々しささえ感じる。

片方の目は黒く大きな眼帯をしているが、もう一方の目はぱっちりとしていて、凛々しいながらも可愛らしい。

紅の瞳はまるで宝石のルビーのようで、煽るように輝く焚き火の炎を映し出して、男の獣欲を刺激してくる。

肌はミルクのような色合いで、欲望をそそる肉感があり、思い切り吸い付きたくなってしまう。


まあ、平たくいえばブスどころか超ド級のクールビューティーな銀髪美少女がそこに居たわけだ。

思わず垂れそうになるヨダレをゴクリと飲み込んだ。


あの地下牢で出会ったエルフの女魔術師もエロかわだったが、この冒険者もそれに勝るとも劣らない。

これは、俺の異世界オ○ぺット2体目確定だなぁドゥフフ、と気持ち悪いことを考えると、彼女は怪訝けげんそうな顔をしてまたフードを深く被った。


「なんだ、得体のしれない奴だな。」

「‥‥‥。」

「なんとか言ったらどうだ。」

「……あの、これ。」


彼女の鋭い言葉に居た堪れなくなった俺は手持ちのスープを渡すと、そそくさとその場を後にした。


〜〜〜〜

次の日、早朝


(ほとんど眠れなかった......)


俺が寝ぼけ眼でぼんやり歩いていると、ギースが近寄って来た。


「よお、クロダ。疲れた顔してるな。昨日もまた眠れなかったのか?」

「ああ......。実はあまり眠れてなくて」


俺はそう答えながら商隊の先頭の方を歩いているノラに目をやる。

俺は昨日から、ノラから目を離せないでいた。


これまでは気付かなかったが、意識してみれば、つぎはぎだらけのフードを被っていても、彼女がすらりと伸びた長い足の美しいプロポーションをしていることがわかる。


朝、商隊が出立する前のブリーフィングの際にも、端の方で一人佇むノラのフードの隙間から見える美しい顔にドキリとしてしまう。


(ああああ!)


彼女を見ていると、昨日の出来事を思い出して身悶えしてしまう


「.......あの、これ。」じゃないよ。


なんだよ、思春期入ったばかりの中学生か?


学生時代、好きだったクラスメイトの女子に一度学校からの帰り道ばったりと出会った時。


いつもは教室で気づかれないようにチラチラ見るだけで話をしたことも無かったその女の子に勇気を出して声を掛けたみた。

でも、あまりの緊張に喉が乾きすぎていて声がうまく出せず邪険にされてしまった。


後々知った話だが、その女の子は俺が教室内でチラチラと見ているのに気づいていて気持ち悪がれているといことだった。


あの時から俺はなにも進歩出来ていない。

彼女いない歴=年齢。


そんな俺は、普通の人が段階を踏んで成長するはずだった女性との付き合い方のステップを全て踏み外してしまいっぱなしだった。


ノラを見ると、思春期の頃の苦い思い出が蘇る、でも彼女の美少女っぷりに頭がほだされてムラムラしてしまう。苦い思いがする。でもムラムラ、苦い思い、ムラムラ、ムラムラ。


「おい、クロダ。ボーッとしてると足元 すくわれるぞ。そろそろ”黒い森”に入る。シャキッとしろ。」


俺がまた頭をのぼせているとギースが声をかけてきた。

そうだ。そろそろ”黒い森”に商隊が入る。気持ちを切り替えないと。


俺は自分の頬をピシャリと打って気合を入れると力強く歩みを進める。


「これより、“黒い森”に入るぞ!全員気を抜くな!」


先頭から商人の専属護衛のヤングの発破をかける声が聞こえる。

目の前には真っ暗な葉の針葉樹がびっしりと生えている森が広がっていた。

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