第46話 千世
千世
チヨ・・・・・・
チヨ・・・・・・
どこにいるんだ、チヨ・・・・・・
チヨ・・・・・・?チヨ・・・・・・!?
チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、チヨ・・・・・・
「ただいま、チヨ」
「あ、お帰りなさい!アルトさん!」
チヨがいつものように俺の帰りを迎えに来てくれた。その笑顔を見るたびに家に帰ってきたと安心できる。
「お疲れ様です。夜ご飯はどうしましょうか?良かったら私が作りますよ?」
「いや、大丈夫だよ。俺が作るからチヨはくつろいで待ってて。受験も終わったばっかりなんだから、しっかり休まないと体調崩しちゃうぞ」
「う・・・・・・それは嫌です」
「だからくつろいでな~。もうしばらくはお休み」
「はーい」
しっかりしているところもあるけど、こういったところで幼さが垣間見えるチヨはやはり可愛いらしい。俺はつい頭を撫でてしまう。
「きゃっ、もうアルトさん。くすぐったいですよ~」
・・・・・・
俺はリビングに行き、いつものように料理をする。作り終えて、食器を運ぶ。俺は食べないからチヨの分だけ。
いつもならチヨが食器を進んで持って行ってテーブルに並べてくれるけど、最近は俺が全部やっている。
いつもやってくれてことを忘れてしまうほど気が抜けているのかもしれない。
俺は経験がないからわからないけど、やはり相当受験というのは疲れるようだ。
チヨはのんびりとテーブルの椅子に座りながら待っている。
俺は作った料理をテーブルの上に乗せる。今日はチヨの大好物なオムライスだ。それを見るや否やチヨは嬉しそうに間を輝かせる。
「おいしそう!アルトさん、いつもありがとうございます!」
「うん。ほら、食べて食べて」
「はい!いただきます!」
チヨはスプーンを手に取り、オムライスを掬い取る。そして口の中にゆっくりと入れていく。
「う~ん、美味しい!やっぱりアルトさんの作るオムライスは最高です!」
「そっか。じゃあ、また作ってあげるからな!」
「やった!嬉しいです!えへへ、幸せだなあ・・・・・・」
部屋の中は暗く、日が差し込むことはない。
服や洗濯物で部屋中が埋まり、床がほとんど見えない状態になっている。
壁はいくつかの凹みができていて、血痕が辺りに付着している。
キッチンには何日も洗っていないであろうフライパン。そして卵を溶ぐ際に入れる金属のボール。
リビングからは一人の男の声。誰かと楽しそうに話す幸せそうな声音は、闇に閉ざされた沈黙な部屋の中で唯一の音。
テーブルには大量のオムライスと何個も置かれたスプーン。
オムライスの何個かが傷み始めているのか、若干においがリビングを漂う。
男の真正面の椅子には何冊もの教本が積まれている。そしてそれらの上から乗っかるように風呂敷に包まれた四角い箱のようなものが置かれている。
その風呂敷は質素で完結的な色をしている。
その中にあるものは骨壺。男が守り抜き、愛し続けた人がそこに入っている。男はずっと、その人に向かって楽しそうに話し続けている。
男の顔の左半分包帯でおおわれている。そしてその左腕も包帯で包まれ、その腕は壊死寸前まで追い込まれている。それでも男は気にしていない。
首には思い出の白いマフラーをかけ、幸福に満ちた顔をしている。
男は自分の置かれている状況を気にすることなく、理解する余裕もないまま、そこにいない愛する人と永遠に話し合っているのだ。
「アルト・・・・・・」
俺はただ本部から映し出された映像を眺めるだけ・・・・・・
彼は失った。家族を。守るべきものを。愛する者を。
もう、彼の心のよりどころはない。
何もできなかった・・・・・・何もしてやれなかった・・・・・・
俺はまたしても何も救うことができない。
後悔をまた繰り返す。日之国にいた頃のようにまた失う。
国が、信頼が、立場が、人類が。いや、そうではない。
大事な友人を俺はまた失うのだ。
そして俺は壊れてしまった友人に何もしてやれない。声をかけても、部屋を訪れても彼は気づかない。ただ見守るだけ・・・・・・
彼はもう、戻ってこないのかもしれない。
「キャプテン・・・・・・」
「・・・・・・すまない。ずっと、仕事を押し付けたままだな」
「いいんですよ。もうそろそろ3日が経ちますね。ミスター・アルトがああなってしまってから・・・・・・」
「ああ・・・・・・やはり、俺は伝えておくべきだったのだろうか?伝えられる時間は十分すぎるほどあった。だが、俺はアルトの紫陽花病へのリスクを取った。その結果がこれだ」
「伝えていたとしてもどうなったかはわかりません。これこそ、神のみぞ知るというものなのでしょう」
・・・・・・
2月19日
俺たち八咫烏が世話になっている火葬場でチヨ君の遺体は燃やされることとなった。
アルトはその時点で完全におかしくなっていた。
事件が起きた日にチヨ君の遺体を回収し、火葬日まで科学技術班が制作した冷凍カプセルの中で冷凍保存することとなり、遺体を入れるとアルトが発狂し始め、紫陽花病が凄まじい速度で進行し、顔の左側半分と左腕に紫色の花のような痣が広がったため、万が一そのまま外に出てしまうと例の少女のようになりかねないので包帯を巻くことになった。
買い出し等はすべて俺が行っている為、今のところアルトが買い出しのために町に繰り出すことはない。
遺体に関しては、当初本部で保存しておく予定であったが、アルトが寮内の部屋を壊し始めたため部屋に持っていくことになった。
アルトはチヨ君に掛け布団をかけたり、抱き着いたりしながら火葬の日まで共に眠っていた。
部屋を壊してから様々な危険性、このような場合だと自死の可能性を考慮し、俺と長倉はアルトの寮の部屋にライブカメラを設置し、いつでも対応できるように常に様子を見ることができるようにした。
そして、火葬の日。火葬場では何が起こるかわからなかったため、アルトは連れていくことができなかった。
火葬の最中、アルトの身柄は拘束し俺が近くで見守ることになった。
体氣のおかげで紫陽花病に罹ることのない俺が適任者であったからだ。
紫陽花病感染者であり、抑止の金の力さえも持っているアルトが今の状態で戦闘状態になれば獣が人類を滅ぼす前にアルトが暴走し、虐殺行為を行うことになりかねない。
そうなれば、飛月が残してくれた未来も、チヨ君が残してくれた人々の命もすべて無に還ってしまう。
それに、俺はアルトを無抵抗な人を殺してしまうような人殺しにはさせたくない。飛月の時は止められなかったが、これ以上同じ轍を踏むわけにはいかない。
俺は龍神の遣いとして、友として彼を止めねばという意志に駆られた。
火葬中、つまりチヨ君が部屋からいなくなってからアルトはずっと叫び続け、意味を解釈できないような発言ばかりするようになった。
火葬は数時間で終わり、骨壺はアルトに渡された。
それ以降、アルトは片時も骨壺を離すことはなかった。トイレの中にも持っていき、風呂には入らず、布団の中にまで持っていき、食事を作り、外に出歩くときもずっと抱きしめたまま・・・・・・
そして、今日もそれが変わることなく続いている。
「俺は・・・・・・見守ることしかできないのか?」
「・・・・・・待ちましょう。彼の帰りを。立花在人は必ず帰ってきますよ」
そう言った長倉の拳は固く握りしめられていた。
「チヨ、そろそろ散歩にでも行こうか?俺、今日も仕事ないんだ!」
「はい!是非行きましょう!」
「暖かい格好をしていかないとな。はい、チヨ手袋。リビングに置きっぱなしだったぞ」
「ありがとうございます。アハハ・・・・・・さいきんだらしなくなってて少し恥ずかしいです・・・・・・」
「いいじゃん、頑張ったんだから。もうそろそろ合格通知来ると思うからさ。今日発表でしょ?」
「はい、本当は学校で合格者の番号が掲載された掲示板が出るらしいんですけど・・・・・・行くのが面倒になってしまって」
「・・・・・・?チヨから面倒って言葉が出るとは珍しい」
「だって、ずっとアルトさんと家でくつろいでたいんですも~ん」
「じゃあ、散歩行くのやめる?」
「いえ、それとこれとは別です。アルトさんと一緒ならどこにでも行きますよ!」
「全く、可愛いやつめ~」
「もう、そんなに撫でないで下さいよ~。アハハッ・・・・・・」
「川の近くはまだ寒いな~」
「ですね。後どのぐらいで寒くなくなるんでしょうか?」
「どうだろうね。最近、俺もテレビ見てないからわからないや」
「テレビは最近嫌な事ばかり流れてきますから」
「全くだ。見ようとも思わねえよ」
「それに私たち、ずっと二人でいますもんね」
「ああ、すっごく幸せだ。ずっとこんな日々が続けばいいのに」
「そうですね。こんな日々がずっと・・・・・・日常になればいいのに」
「全くだよな~。獣とか蛇だかもう気にせずにチヨとずっと暮らしていきたいのにな・・・・・・思えば、俺ってみんなの日常を守るために戦うって組織の人たちには言ってたけど、もしかしたら俺はチヨとのこんな生活を守るためだけに戦ってきたのかもしれない」
「え、そうなんですか?」
「うん、だって俺は力を持っただけの人間だし、そんな大それたことをできるような奴じゃないからさ」
「でも、アルトさんと私の日常を守るために戦って、それに加えてたくさんの人の命や日々を守れるのならいいじゃないですか」
「そうかもしれないな。なんか、たくさんの人の方がついで感覚になっちゃってるけど」
「いいじゃないですか。アルトさんは正義のヒーローになりたくて戦ってるんじゃないんですよね?それであるなら、無理に責任を負う必要もないですよ」
「責任か・・・・・・俺、最初旦那たちに責任なんかって言っちゃったけど、意外と俺って責任感ってやつがあるのかもな」
「ありますよ!当たり前じゃないですか!だって私を助けてくれて、孤児院から家に連れてきてくれるよう繋一さんを説得して、たくさんお世話してくれて。繋一さんがいなくなってからだって私のことを育ててくれたじゃないですか!そんな人に責任感がないわけがないじゃないですか!」
「・・・・・・なのかな?よくわからないや」
「アルトさんのおかげで私は此処まで大きくなりましたよ。いろんなところも」
「・・・・・・そういうことは家でな」
「はーい」
「でも、確かにチヨとずっと一緒にいたのは最初こそ責任感だったかもしれない。俺が助けたいって思ったエゴで生かして、チヨのお母さんやお父さんを助けることができなかったから、俺がこの子を見ていないとって思って・・・・・・
だけどしばらくしたらさ、一緒にいるのが当たり前になって、自然にずっと一緒に居たいって思うようになったんだ」
「そ・・・・・・そうなんですか?アルトさんも私の事大好きなんですね」
「ああ、もちろんだ。俺はチヨの事大好きだぞ」
「えへへ~、両想いですね」
・・・・・・
「桜、少しずつだけど咲いてきたな」
「ですね~。今年もようやくって感じです」
「チヨは本当に桜が好きだもんな」
「苗字に桜がついているぐらいですから」
「それとこれとは関係ないだろ」
「そうですね。アハハ」
「川桜って本当に時季外れだよな。もう少し遅く咲いてくれてらわざわざ遠出しなくても花見ができるの
に」
「でも、アルトさんと一緒に歩けるなら私はいいですよ」
「もう、本当にこの子は・・・・・・今年も行こうな、花見」
「はい、もちろんです」
「チヨのために沢山作ってあげないとな~。チヨは花よりも団子だし」
「ひ、酷いですよ!私は花も団子も楽しむのです!そして今年からはアルトさんも楽しめます!」
「一体、何を言ってるのかねこの子は・・・・・・」
・・・・・・
「あ、見てくださいアルトさん。この桜すごくきれいですよ」
「ん、どれどれ?あ、これ?」
「そうです!本当にきれいなピンク色をしてて・・・・・・」
「そうだな!本当にきれいで・・・・・・きれいで・・・・・・」
・・・・・・え?なにこれ?知らない。
こんな事知らない。俺は一体何を見ているの?何を見させられているの?なんでチヨがそんな姿になってるの?その尻尾は?その耳は何?なんでチヨが血を流しているの?なんでチヨが冷たいの?なんでチヨがこんなに重たいの?なんでチヨが動かないの?なんでこんなことになってしまったの?
アルトが寮の部屋の外に出たのが確認できたため、俺はいつものようにアルトを見守るために後ろからついていく。
骨壺の上にチヨ君が使っていた温かそうな手袋を置き、アルトはマフラーをして歩いている。
アルトとチヨ君が歩くルートは変わらない。ずっとこの河原に沿った道だ。二人にとって思い出深い場所なのかもしれない。
3日間変わることなく、アルトはチヨ君と話し続けてる。一体どんな話をしているのだろうか?アルトの楽しそうな声音だけが俺の耳の中に入ってくる。
「・・・・・・ん?」
アルトが突然、ある桜の木の下で止まった。何をしているのだろうか?
花を見ているようだ。きっとチヨ君と一緒に。
だが、そんな幸せそうなアルトの様子が急変する。突然その場でしゃがみ込んでしまったのだ。
そして・・・・・・吐いた。
何も食べていないから、出てくるのは胃液だけ。
「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・!!!」
アルトが辛そうに咳き込む。俺はすぐさまアルトのところへ走っていく。
「アルト、大丈夫か!?」
「・・・・・・うん。大丈夫だよ。ちょっと咳き込んじゃった。少し冷えたのかも。今日はもう帰ろうか?また明日も行こうな」
アルトは立ち上がり、来たルートを引き返すように戻っていく。
今の大丈夫は俺への返事ではない。チヨ君への返事だ。俺の声は・・・・・・いやアルトとチヨ君以外の人間は、彼の世界には存在しないのだ。
「アルト・・・・・・」
俺はやるせない気持ちを持ったまま、再び二人の後ろを再び歩く。
帰り道、ずっとアルトは幸せそうに笑いながら歩いていたのだった。
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