第45話 深愛

              深愛

アナタを愛することはいけないこと?愛しちゃいけないの?

わからない。わからないけど私はアナタのことが大好き。ずっといっしょに居れればいいのに。なんの義務にも、どんな責任にも、何も背負うことなくただずっとそばにいてほしい。

それだけなのに・・・・・・愛した分だけ愛してほしいだけなのに。

離さないで 壊さないで やめて

私からアルトさんを奪わないで!

やめて やめて!

・・・・・・でもそれは私のわがままで、身勝手な思いだ。

ごめんなさい。ごめんなさい。私は私が思っている以上に悪い人間みたいなんです。

どうか、そんな私を許してほしい。抱きしめてほしい。

いつもと変わらない笑顔で、その温かい腕の中で・・・・・・


・・・・・・

部屋の中に入ってくるかすかな光と共に俺は目を覚ました。

少しの肌寒さ。そして何よりも頭が痛い。靄(もや)がかかったかのように俺の頭の中はボーッとしてしまっている。

ベッドのシーツが冷たい。恐らく俺の精液とチヨの愛液の痕だろう。とんでもなく濡れていて太腿から下腹部にかけてすごく冷たくなっている。

性器がかつてないほど痛みを伴っている。勃起しすぎたのか完全に縮こまってしまっているようだ。

一体、昨日だけで何回射精をしたのだろうか?6回までは覚えている。それ以外にも手淫や口淫の回数を数えたら気絶するまでに4,5回達している。

人の身体ではなくなりつつあったからこそできたものであったが、きっと俺が意識を失った後もチヨは俺の身体を犯し続けたのだろう。


「・・・・・・!」

俺は昨日の出来事を思い出して一気にいろんな感情に襲われた。

嬉しさ、悲しさ、気持ちよさ、恥ずかしさ、痛み、興奮、後悔、触感。そして温かさ。


「・・・・・・チヨ?」

身体には昨日までかけられていなかった毛布がかけられていて暖かかった。


だが、その毛布の中に愛しい人(チヨ)の姿はなかった。

俺は毛布から体を出し、ベッドから出る。

気づかないうちにどうやら上の服も脱がされていたようだ。床に引き裂かれた服の残骸が転がっている。昨日無理やりチヨに脱がされたズボンは無造作に投げ捨てられていて、ベルトが壊されていた。だが、そんなことも気にせず俺は下着だけ履いてチヨを探し始めた。


「チヨ・・・・・・?いるか?」

リビングに出たが、どこにもチヨの姿は見えない。一体どこにいるのだろうか?


「これは・・・・・・」

それはリビングのテーブルの上にある紙。朝日を反射して眩しいそれには何かが書かれている。


『昨日はごめんなさい。友達の家に行ってきます。落ち着きましたらまた連絡します』


「チヨ・・・・・」

色々と聞きたいことがあった。俺の身体を痛みつけさせ、縛ることさえできたあの力のことを。

あの尻尾は?あの獣の耳は?

チヨは、一体・・・・・・?


起きてすぐ思ったことは幸福感だった。愛する人と一緒に成れたという至福。幸福。

だが、起きてすぐの靄がかかったような脳内で状況を理解した瞬間、その幸福感は一瞬にして絶望へと上書きされた。


やってしまった。とうとう恐れていたことを。


ずっと我慢していた。熱が起こるたびにアルトさんのことが欲しくてならなかった。

出も無理にやってしまったら絶対に嫌われてしまう。キザさを気取っているけど本当は繊細で傷つきやすい人だから急に迫られたらきっと身を引いてしまう。

そんな事望んでいなかった。私が欲しいのは快楽ではなく愛だから。

なのに私は我慢できなかった。今までの中で一番身体が熱くて仕方なかった。

気づいたらアルトさんにキスをしていた。

妄想でしかしたことのない深い愛のキスは実際にするととても情熱的で・・・・・・

急にどろりとしたものが私の太ももを伝っていく。指でそれを拭い、見つめる。

白くて濁った液体。昨日私が無理やりアルトさんに出させてしまったそれを見てさらに気が重くなる。


「・・・・・・最低」

自分自身の昨日の行動に嫌気がさす。


・・・・・・熱が冷め、身体が肌寒さで一瞬震える。

無我夢中で交わったせいで気を失ってしまったようだ。どうやら何もかけずに寝てしまったらしい。

シーツがかつてないほど濡れている。熱が出た時の寝汗よりもひどい状態だ。

アルトさんに抱き着く形で寝ていたらしく、濡れたシーツに接していた右側のお尻とわき腹がすごく冷え切ってしまった。


それに私の中から少しずつだったが、アルトさんの物が流れてきてしまっていた。

後悔と絶望こそすさまじいものだが、それ以上に沢山の気持ちがこみあげてくる。

アルトさんと一緒になれた嬉しさ。いなくなってしまう悲しさ。アルトさんの温かさ。

私はアルトさん覗き見る。セットしたままの乱れた髪。呼吸をするたびにほんのり揺れる肩。子どものようにかわいらしい寝顔。


アルトさんの快楽に歪んだ顔を思いだして少し興奮してしまったが、それは抑えておかないと。

アルトさんの・・・・・・すごかった。光を当てるたびにすぐに硬く大きくなって。

触るたび・・・・・・弄るたびに声を漏らして・・・・・・私を感じてくれて嬉しかった。

でも、これ以上はいけない。昨日の私は明らかにおかしかった。


私はアルトさんと一緒になることを望んだ。だけどそれは思わぬ出来事となってかなうことになった。

それはアルトさんが望んでいたことでも私が望んでいたことでもない。

きっと、アルトさんは目覚めれば昨日のことを思って後悔するだろう。そして疑問に思うことだろう、私は何者なのかって。


私にだってわからない。一体この熱が、声が何者であるのかだなんて。


「アルトさん、ごめんなさい。愛しています・・・・・・」

私は寝ているアルトさんに最後の口づけをする。

これこそ、本当に私がやりたかったキス。感情に振り回されず、愛を伝えるためのもの。


・・・・・・一度離れよう、アルトさんから。

きっと無謀なものかもしれない。途中で返ってきてしまうかもしれない。だけど、できる限り遠くへ。

肉体的にだけではない。心もだ。


アルトさんの顔を見ていると自分の罪深さにいたたまれなくなってしまった。そして、これからアルトさんとどう接していいのかも全く分からない。

しかし、それ以上にアルトさんの死を、私は許容できなかったのだ。


だから、私は・・・・・・逃げ出してしまった。悲しくて満たされない現実から。

アルトさんが冷えないように毛布をかけて、服を着る。

身体が冷えたから本当はお風呂でシャワーを浴びたかったけど、その間にアルトさんが起きてしまったら絶対に止められてしまう。それにアルトさんが私の中に出したものが流れてしまいそうだったから・・・・・・


折角受験したけど、なんかもういいや・・・・・・

私はできる限り厚手の物を着て、家にあるお菓子をリュックに詰め込み、5年間貯めてきた十数万円をバッグにしまい込む。


そして私は・・・・・・家を出た。


「次は、終点・・・・・・、終点・・・・・・」

考えることを放棄したくて、アルトさんから離れたくなってしまって、電車に乗って3時間ほど経過した。次第に空が曇っていく。家を出るときに折りたたみ傘を持っていくことを忘れて今更しまったと後悔する。

スマホを見ると不在着信が40件近く来ていて、メールも十数回来ている。すべてアルトさんからの物だった。

メールには私がどこにいるのか、寿命のことを黙っていたことへの謝罪。昨日のことは大丈夫という旨の私を安心させるための物がたくさんあった。

やっぱりあの人は優しすぎるのだ。自分のことよりも相手が傷ついてしまうことを恐れる人。そんな優しいアナタだから私は好きになった。

だけど、だからこそ申し訳が立たない。せめて気持ちの整理がつくまでは距離を置きたい。


「・・・・・・、・・・・・・、本日も・・線をご利用していただき、誠にありがとうございます」

私はその終点で降りることにした。いや、何も考えていなかったからそうすることになってしまった。

駅を降りてそこを調べてみるとかつて『奇跡の町』と呼ばれ栄えた港町の隣町らしい。

だけど、その奇跡の町からここ半年近く連絡が途絶えているとネットに書かれていた。町から人がいなくなったのではないかとも噂になっているが、奇跡の町の入り口は政府機関により立ち入りを禁止されている。発表だと、町の化学薬品の工場で大爆発が起きたという話であったが、真実は誰にもわからない。

私がなんでそんな場所の近くで降りたかというと、理由は全くない。気が付いたら終点間近に迫っていたのだ。


町を歩くと全体的に廃れたような風景。シャッター街となった商店街に灰色の壁が多い工場。

歩いている人たちは私たちの町と特別変わった様子はない。ウォーキングをする人。仕事なのか黒い鞄を持ち、スーツに身を包んだサラリーマン。午後3時過ぎという時間帯的に学校をずる休みしている学生、手を繋いで歩いているカップル。

とりあえず大丈夫そうな街である。しばらくは此処にいることにしよう。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一人で町を歩いていると少しずつ寂しくなってきてしまった。普段、どこか遠くへ行くときは必ずアルトさんと一緒だった。住み慣れた街なら一人で歩いても不安になることはないのだが、ここの町のことは全然知らない。少し怖くなってきてしまった。


・・・・・・やっぱり帰ろう。アルトさんにもすごく心配かけちゃった。

ちゃんと謝ろう。そしてアルトさんの最期までずっと一緒に居よう。

帰る前にメールだけ送っておかないと・・・・・・


『勝手に出ていってしまってごめんなさい。すぐに帰りますから待っていてください』

送信のマークを押して、私は駅の方へ向かう。

歩いていると先ほど一瞬だけ目で追った狭い路地裏に先ほどまでなかった小さな人影が目に入った。

壁に寄りかかり、腕を抑え込んだその人影は小さい声で泣いていた。


「大丈夫、一体どうしたの?どこか痛むの?」

私が近くに行って声をかけるとその人影はびっくりしたのか身体を振るわせてしまった。


「だ、大丈夫だよ。どうしたの?腕、痛いの?」

私は昔、怪我したときにアルトさんにかけてもらった優しい声のトーンを真似してその子を安心させようとする。

私のことを大丈夫な人と思ったのか、その子が路地裏の方から出てくる。

目に映るその子の見た目は普通の女の子。


・・・・・・だけど体からはたくさんの切り傷や、打撲ができていてところどころ血が流れていた。

そして、何よりも、その目元にある小さな花のようなそれは間違いなく・・・・・・

昨日アルトさんのベロにできていた物と同じ痣、紫陽花病感染者の物であった。


「旦那・・・・・・というわけなんだ」


「そうか、チヨ君が」

チヨが家を出てから俺はすぐさま本部へと向かった。

チヨは手紙で友達の家に行くと書いていたが、俺にはどうしてもそうとは思えなかった。

チヨの書き残した文字がいつもよりも汚かったからだ。これは明らかにいつもとは違う。

昨日のことといいそうだ。異なる日常は立て続けに起こる可能性が高い。それも昨日のチヨの変化のようにとびっきりいつもと違うものならば。

それはまるで災害のようで、大きい揺れが発生した後に余震が立て続けに続くのと同じようなものだ。

俺は旦那に昨日の出来事をできる限り具体的に話し、今まで旦那が調べてきたことを聞き出そうとした。

「旦那、やっぱりあの神社になんかあったんじゃないのか!?教えてくれ旦那!」

旦那はしばらく口を閉ざしていたがようやく開いてくれた。


「・・・・・・これはあくまで推測の話だ。だが、アルトの昨日の出来事の話を聞いて確信を得た。このことはお前に言わなければならない。アルト・・・・・・チヨ君の身体の中にはもう一人いるんだ。ある悪靈が神社の石が崩れた日に、チヨ君の身体の中に入りこんだのだ」


「・・・・・・え?ちょっと待ってくれ、じゃあチヨのあの体の変化はその悪靈の・・・・・・」


「多分、そういうことになる。そしてその正体は九尾の狐。俺のいた世界線では様々な時代に現れては時の有力者に娶られ、その魅力で様々な国を滅ぼしたとされている。だが、こちらの世界線では・・・・・・アルト、リードが言っていた千年前に封じ込められた仲間の話を覚えているか?」


「ああ、覚えて・・・・・・まさか!」


「そのまさかだ。俺は神社のことを調べ始めてからずっと龍宮の乙姫へ意志を飛ばし続けた。そしてようやく昨日、そのことを聞くことができた」


「何を、聞いたんだ?」


「その石の中にいた者の正体。それはかつて色欲の遣いと言われていた『アース』という生物。元は概念、俺たち物質世界で生きる生物が認識しきれない『大いなる存在』であったが、愛を欲するあまり自ら物質の低次元、つまり受肉へとその身を堕とし、愛を追求していたらしい。それをティリヤ人が見かけて、王であるヤマタノオロチの愛人として受け入れたのが始まりであったようだ。


ヤマタノオロチを古代文明の王が倒した後は人の身体となり、この星で様々な愛を作ったようだが、尾があるという偉業な体つきのせいで迫害を受け続け、千年程前に殺された。

その後は身体を解剖され、大きな石の下に埋められたみたいだが、何らかのきっかけでその石が割れ、封印されていたアースの靈体がチヨ君の身体の中に入っていった。そして割れた石には怨念だけが残り、様々な動物たちを殺す毒を発するようになったようだ」


「じゃあ、チヨの身体の変化はそれが原因・・・・・・」


「だが、他の遣いとは違って敵意があるわけではない。帰ってきたら身体だけ調べさせてもらえるだろうか?チヨ君の身体にどのような影響を及ぼしているのかわからないからな・・・・・・」


「それはチヨに聞いてくれ。俺からは何とも」


「それもそうか・・・・・・黙っていて、申し訳なかった」


「旦那は俺が変に不安を持たないように黙っていてくれたのだろう?なら、いいよ」

俺はスマホの画面を確認する。一通だけ、メールが来ていた。5分前にだ!


「チヨからのメールだ!」

俺はすぐに確認する。どうやら帰ってくるようだ。

安心して肩を撫でおろす。帰ってきたらいろんなことを話そう。お互いの事を。たくさんの場所に行こう。チヨもそろそろ春休みだし、俺も休暇を取って二人でまだ行ったことのない場所に行くのもいいな・・・・・・


スマホが震える。メールが来たと俺に伝えてくる。それは再びチヨのからの物だった。


『紫陽花病に感染した子が血を流していますうでもおれているみたいきてください』

「・・・・・・!旦那、チヨの位置情報の取得を頼む!」


「わかった!」

メールを見せていないのに、俺の雰囲気だけで察してくれた旦那が権限を行使してすぐに情報の所得に入ってくれた。

そこは、初めて化物と戦った町のすぐそばだった。あの時、町の子どもの生き残りか!?一体どうやって生き延びたというのだ!?


「アルト、俺も行くぞ!かなり嫌な予感がする!」


「ああ、頼む!」


「長倉!すまないが、しばらく頼んだ!」


「任されました、二人ともお気を付けて」

俺と旦那はすぐさまエレベーターの方へ走っていき、地上に出るとすぐに俺は金の力を右腕に纏わせる。胸に龍玉が浮かびあがり、無重力の力を旦那に付与し、すぐさまそこ飛び立って行った。

頼む、無事であってくれ!チヨ!


その子の手を引き、急いで病院へと向かう。

向かう先はとりあえず大きい病院、スマホで場所を確認するとここから歩いて30分程度の場所にあるようだ。

幸い、お金ならたくさんある。これを使ってまずは腕の治療を・・・・・・


「み~つけた」

後ろを振り向くと、数人の男女の大人たちが正面からこちらに向かってきた。

一度歩く足を止める。


「なんですか?何か御用ですか?」

雰囲気がもうすでに気味が悪い。何か最悪なことを考えているやつらだと、私の直感が警鐘を鳴らしている。


「お仲間・・・・・・というわけじゃなさそうだな。嬢ちゃん、その子をここに置いていってくれないか?」


「・・・・・・置いていったらどうなるんですか?」


「殺す」


「・・・・・・!」

私は体を後ろにしてその子に叫ぶ!


「走って!!!!!!」

私とその子は走り出した。彼らは追ってくる。

金属の棒やトンカチなどを持って・・・・・・

私は恐怖よりも先にこの子を生かさなければという意志に駆られ、動きだす事ができた。


ふと、アルトさんが未確認飛行物体から私を連れて逃げていた時のことを思い出す。

アルトさんはずっと私のことを守ってくれた。私にも、できるかな・・・・・・?

私はその子の手を離さないように走った。その子も懸命についてきてくれた。

だが、わずか数百メートルでその人たちに追いつかれてしまった。

そこはどこかの作業場のような場所、トラックが何台も置かれていて砂利道のようにたくさんの石が転がっている。


「待て!止まれって言ってるだろうが!」

集団の一人の男が私の肩を掴んできた。振り返るとすぐに顔を思い切り殴られた。

始めて顔を殴られた。それもグーで。とてつもなく鈍い痛みが私の顔に走った。

衝撃で身体が少し飛んでしまう。その子も私の身体につられるように地面に転がってしまった。


「待て!この子は何も知らないだろ!?」


「うるせー!手間かけさせやがって!」

集団の中の一人が男を制止しようと声を掛けるが止まらない。男は私のお腹に蹴りを入れてくる。中まで痛みと衝撃が走り、咳こんでしまう。


「こいつはな、俺の息子を殺したんだよ!だから殺すんだよ!ここにいる連中みんなそうだ!隣町で働いて、帰ってきて当然だと思ってた人達が誰も帰ってこない!政府はだんまり!紫陽花病がやったに決まってるだろ!」

何回もお腹に蹴りを入れてくる。痛いけど、守らないと・・・・・・


「だから・・・・・・て、この子に罪はない・・・・・・」


「ああ!?紫陽花病の感染者はすぐに広がって人を殺すって政府が言ってたじゃねえか!?知らねえのか嬢ちゃんよお!」

一発思い切り蹴られ、身体が砂利道を転がる。

蹴られた瞬間、胸の下あたりにすごい痛みがあった。肋骨が折れたかもしれな・・・・・・

それでも・・・・・・立たないと、この子が殺されてしまう!


「その子は・・・・・・人ですよ?」


「何言ってやがるんだ?紫陽花病に罹ったやつはもれなく化物になる。そうネットで見たぜ!五代組もそいつらを殺すための人殺しの部隊なんだろ?まあ、嬢ちゃんが知ってるわけねえか」

なんの話だろうか?受験勉強でしばらくネットを見ていなかったからわからないや。


・・・・・・次第に騒ぎを聞きつけて辺りに人が集まってくる。

体裁を保つためだろうか、男は一度私を蹴る足を止めた。


「ごめんね~関係ないのに。でもそんな子かばって怪我するだなんて、アナタも紫陽花病の被害者ね。かわいそうに」

後ろで何もせずに見ていたおばさんが私にそんなことを吐き捨てて、後ろで転がっている子の方へと手段で向かう。

そんなおばさんの手には包丁が握られていた!

周囲の人がざわつく。様々な声が聞こえてくる。


「おい、こっち来い!」

その子の髪を引っ張って、大人たちは陰に隠れようとする!

さらに周囲から声が上がる。やめろという彼らを制止しようとする声も聞こえてくる。

「おいおいおい!お前らわかっているのか!?紫陽花病に感染したやつらはみんな化物になるんだぞ!これは慈善活動だ。五代組も出動が多いからな!俺達でやれることはやっておかないとなあ!」

男が掴んでいた髪を離し、その子を地面にたたきつける。


「それによお!化物に生きる権利はあるのか!?ねえから殺してるんだよな!そうだ!ここは俺達人類の世界だ!化物はいらねえんだよ!」

男が後ろの別の男から金属の棒を受け取りその子に振り下ろそうとする!


「やめて!!!!!!」

身体が熱くなる。守らないと!

私の身体から尾が生えてくる。そしてどうやったのか自分にもわからないが生えてきた尾でその金属の棒を掴み取った!


「な、ば、化物・・・・・・」

大人たちは腰を抜かし、後ろに倒れ込む。情けない・・・・・・そんな覚悟で!

アルトさんはやっぱりすごい人だ。あんな圧倒的な相手にわが身一つで戦っているんだから。

それに比べてこいつらは・・・・・・!


「ふざけないで!生きる権利!?そんなものを・・・・・・人を殺そうとしているアナタたちが語らないで!」

化物がどうこうではない!今の発言は傲慢が過ぎる!

それに確実にこの子を殺そうとしているのならば、止めないといけない!


「この子の生きる権利を、人の生きる権利を勝手な理屈をこいて奪わないで!」


「け、警察・・・・・・あ、お巡りさん!こっちこっち!」

群衆の後ろから騒ぎを聞いて駆け付けたのだろうか、タイミングよくパトカーが来てくれた。


「どうかしましたか?何が・・・・・・!」


「あ、あの・・・・・・あの人たちが子どもを・・・・・・」

私は痛みにこらえながら今の状況を伝えようとしたが、その言葉は警官の言葉と、その手に持っている物を見てすぐさま止まってしまった。


「ば、化物・・・・・・化物だ!」

警官二人が銃口を突き付けてきたのだ。

だけど、その銃口が向けられているのは彼らではなく私にであった。


違う、そっちじゃないでしょ・・・・・・!?


何で私なの・・・・・・!?


私はただあの子を守ろうとしただけなのに・・・・・・


「や、やめて」

拳銃をこちらに突き出す警官の手が震えている。

震えたいのはこっちのほうだ。そんなに私はおかしなことをしたのだろうか?

人と姿が異なるというだけで、そんな曲がり切った正義が押し通されていいものなの!?


「チヨー!!!!!!どこだ、チヨー!!!!!!」


この声は・・・・・・アルトさん!

来てくれたんだ!私のことを探している!ここにいるって言わないと!


「アルトさーん!」


私は警察の真後ろ、遠くから発せられた声の方に手を振る。

大丈夫!アルトさんが来てくれたんだからすべてが解決する!

嬉しい。やっぱりアルトさんはアルトさんのままだ。大好きなアルトさん。

もう痛い目を見なくて済むんだ・・・・・・


「チヨ、そこにいるんだな!今行くから・・・・・・」


銃声が鳴り響いた。


瞬間、私の胸にドスンと一回痛みが走った。それはすごく痛くて、身体の中まで入っていって・・・・・・


それはとてつもない痛みで叫ぶこともできない。動くこともままならないぐらい。



・・・・・・時が遅くなっていくようだ。



・・・・・・アルトさんが見える。走ってこっちに来てくれている。



だけど、表情はかすんで見えないよ・・・・・・



何か騒いでいる声が聞こえる・・・・・・痛い。息ができない。起き上がれない。


「チヨ・・・・・・チヨ・・・・・・?」



声が聞こえる。私は、抱きかかえられているのかな?



アルトさんかな?この温かい手は・・・・・・



ああ、よかったようやく会えた・・・・・・

安心したらすごく眠くなってきちゃったなあ・・・・・・それに今日はやけに冷えるみたい。すごくアルトさんが温かく感じる。いつも感じていた熱が嘘のようだ。



あ、でも寝る前にちゃんと伝えておかないと。この子を守ってって。



私はもう眠くて、寒くて限界みたいだから。



「ア・・・・・・さん。来てくれ・・・・・・がとう・・・・・・ます・・・・・・・」

愛してることはいつでも伝えられるから。いつでも大好きとキスはもうできるから。

今伝えないといけないことは・・・・・・



「あの子の・・・・・・お願いし・・・ます」

ああ、ようやく私はアルトさんみたいに優しくてかっこいい人になることができた・・・・・・

見てくれましたかアルトさん!私子供一人を守ったんです!たくさんほめてください!またたくさん撫でてください!

なのに・・・・・・なんでアナタはそんな顔をしているの?どうして泣いているの?

抱きしめてくれた。嬉しい。頑張りましたよ、アルトさん。

だから、また・・・・・・


「・・・・・・ざ、ざまあみろ化物が!」

地面に尻を着き、声を震わせながら男が騒ぐ。

チヨの腕が砂利道に力なく落ちる。腕の中にあるのは、俺が何度も見てきた光景、人の死だ。

そのたびに気持ちを麻痺させてきていた。


「・・・・・・チヨ?」

昨日まで元気だったのに・・・・・・一昨日なんて俺の作ったご飯を美味しいって言って食べてくれたのに・・・・・・

その身体からはもう熱は感じなかった。

その目からもう光を見ることができなかった。

叫べない。涙も流せない。俺はただチヨを抱きしめる。


何が起きたんだ?何故チヨが撃たれたんだ?何故チヨが血を流しているんだ?何故チヨが俺が今まで見てきたような、運んできたような遺体と同じような姿になっているんだ?

・・・・・・辺りが急に白く光り始める。

それはまるで怒りを纏った雷のように・・・・・・

星が揺れる。大地が揺れる。風が吹き荒れ、嵐が来る。


巨大な狐が・・・・・・愛を求め、満たされ、肉体を得た獣が宿主を失い、怒りに怒る。

街に顕現した一人の・・・・・・一匹の獣は人々を薙ぎ払い惨殺していく。

愛の獣は俺の周りにいる人たちを悉く踏みつぶしていく。

俺のことを一瞬見つめ、すぐさま動き出し、町を破壊していく。


「アルト・・・・・・」

旦那が遅れてやってくる。チヨの位置情報があった場所にはすでにチヨはおらず、急に消えたので二手に分かれて探していたのだが、そんなことはどうでもいいか・・・・・・

風が吹き荒れる。それは俺の心の中を表しているようで・・・・・・

何もかもがグジャグジャになっていく。街も人も・・・・・・

俺はこの光景を見て、一体何を思えばいいんだ?

教えてくれ、チヨ。いつもみたいにさ、何か俺に言ってよ、なんでもいいからさ。

愛の獣が紫色の火を吐く。街は燃える。

豪雨が降り注ぐ。街が愛の獣の叫びと共に崩れ落ちていく・・・・・・


「街が、大変なことになっている・・・・・・」

旦那がつぶやく。

わかっている。わかっているんだ。

行かなきゃいけない。守らなきゃいけない。俺が止まれば、チヨを×した奴らと関係のない人たちもあれに殺されてしまう。


「アルトは下がっていてくれ!ここは俺が・・・・・・」


「旦那、俺が変化した後、チヨとその子の事頼んだよ」


「・・・・・・アルト、お前」

俺はチヨの目の中に雨水が入らないようにゆっくりと閉じてあげる。

そして、愛の獣の方へ走っていき、身体を変化させる。

その名を叫ぶことなく、俺は虹色の光に包まれた。


巨人は愛の獣に飛び蹴りを入れる。蹴りの衝撃で倒れた互いの体のせいで街が崩れる。

巨人は咆哮を上げ愛の獣に覆いかぶさる。感情に殴りつける。

愛の獣は炎を吐き出す。だが、巨人は一切動じることなく殴り続ける。愛の獣は叫ぶ。自身の痛みを、宿主の悲しむを告げるように。


「アルトさん」

巨人は愛しい人と冬につないだ手を思い出す・・・・・・

巨人は抵抗してくる愛の獣の腕を力の限りにもぎ取る。愛の獣が痛みで叫ぶ。


愛の獣は尻尾で巨人の首や手を掴みかかる。

「アルトさん・・・・・・」

巨人は愛しい人に伝えられた気持ちを思い出す・・・・・・

巨人は角から光線を出し、尻尾を焼き落とす。愛の獣が痛みで叫ぶ。


「アルトさん・・・・・・」

巨人は愛しい人に触れた感覚を思い出す・・・・・・

巨人は焼き落ちた尻尾を愛の獣の胸に突き付けた。愛の獣が痛みで叫ぶ。


巨人は愛しい人の髪を思い出す・・・・・・

「アルトさん、えへへ・・・・・・」

巨人は愛の獣の頭の毛を掴み、皮膚をはぎ取った。愛の獣が痛みで叫ぶ。


「アルトさん・・・・・・大好きです」

巨人は愛しい人との愛を思い出す・・・・・・

巨人は再び馬乗りになり、愛の獣の口元を力の限りに開く。愛の獣は最期の抵抗なのか弱弱しく炎を吐く。

しかし何も起こらない。燃える街と嵐に、巨人の悲しみが響き渡る・・・・・・

巨人は愛の獣の顎を外し、そのまま力の限り身体の方へ引っ張った。愛の獣の身体が裂ける。

・・・・・・愛の獣は動かなくなった。

愛の獣の肉体が町の炎に巻き込まれ燃えていく。そこに叫びながら巨人が光線を放つ・・・・・・・

炎と共に光線は爆発を起こし、愛の獣は肉片を辺りに散らし、そしてすぐさまその肉片も跡形もなく消えていった。



・・・・・・

巨人は虹色の光を両手に纏わせて、町に降り注がせる。紫色に染まった町が元の色に戻っていく。

街は燃えた跡が広がる。嵐もいまだに静まることはない。

巨人が天を仰ぐ。そして巨人の口元を覆っていたマスクのようなものにひびが入る。

出てきたものは悪魔のような口。地獄針のように羅列したその口は何者でも畏怖してしまいそうなほどの恐怖。


解放されたのだ。巨人のすべてが・・・・・・巨人はただただ叫ぶ。

悲しみと喪失、悲痛な叫び・・・・・・

燃える町に、哀の咆哮が響き渡る。


・・・・・・その叫びに答えるように嵐がおさまっていく。

空の雲が晴れていき、薄黄色の光が地上に差し込む。それはまるで愛しい人が天に昇っていくように・・・・・・

そして徐々に街が金色の輝きに包まれ、巨人は・・・・・・消えていった・・・・・・


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