第4話

 一瞬意識がとんで、また蘇る。


 入学早々、ひどい目にあったな!

 体にまだ痛みがある。立てない。


 何が現れた? 他は無事化か? どれくらい時間がたった?

 頭が混乱する。情報が足りない。

 

 しかし、自分のどこか冷静な部分がテレパシーを発動する。


 誰かの視界が映し出された。

 ちらちら視界の端に映る、大きな鉤爪。

 ふむ、間違いないだろう。


 土埃が舞っていて、少し遠くにクルア先輩とチモ先輩の姿が見える。

 距離を取っていたのか、体に傷はない。

 彼女たちは土埃を見つめている。

 そこにあるのは、恐らく私を吹き飛ばしたの巨影。


 正体を考えている内に晴れていく。

 少しずつ姿を見せていったそれは、予想通りの姿。

 白い逆三角形の頭――はもういい。

 もっと端的に表せる言葉がある。


 それは、デルコマイ。


 突如現れ、多大な痛みを与えてきたモノは、デルコマイにものすごく似た姿をしている。

 いや、ただ――デカい!


 デルコマイも、ニュースで見た奴ももっと小さかった!

 あれは6歳の私と同じくらいだから、100㎝ぐらいだったか?

 だが目の前に居る奴は、軽く3mを越えている!

 

 しかもそれだけではない。

 こいつは何というか……頭がデカい。

 エラは張って、たとえ岩盤であろうと噛み砕けそうだ。


「ウロちゃん無事!?」


 チモ先輩が声を上げている。

 肉体はまだ言う事を聞いてくれない。

 こういう時にテレパシーは便利だ。


(ウロは無事です)

(お、ぅお! これがテレパシー! すごい!)

(変な自慢になってしまった……)


 キョロキョロして、チモ先輩とクルア先輩が私を探してくれている。

 

 カイはずっと悪魔を見つめている。

 それは暴れながら、恐らく私の居る方向に近づいている。

 

 やばいぞ、これは。

 何度も試みているが、やはり悪魔にテレパシーは通じないようだ。

 足も動けないし、逃げきれない。


(駄目そうです先輩。カイも。テレパシーで誘導するので避難してください。)

(いや見捨てないけど!?)


 何と頼もしい。これが世話役の先輩だなんてラッキーだ。

 しかし今はどうでもいい。

 このままここに居ても全滅だ。

 どうにか、1人でも救われる方法を考えないと――


 「発射っ!」

 

 低い男の声が、体育館の外から響いた。

 ほぼ同時に銃声が鳴り始め、悪魔を大量の弾丸が貫く。


「――ガァっ!」


 悪魔から響いたのは、いつかに聞いた耳障りな音。少し懐かしい。

 と思っているのも束の間、それは血みどろになっていた。

 腕は千切れ、翼は折れている。

 もはや息をするのも精いっぱいなようで、全身を使って呼吸をしている。

 やがて足が折れ、地に伏した。


 ――しかし止まらない。


 短い手で体を進めている。

 狂気だ。

 何があいつを突き動かしている?


「まだっ動くかッ!」


 ひげ面の男が叫ぶ。おそらく、銃撃を指示していた男だろう。

 やがて走り初め、右手を引いた。そこには何も見えないが、何かあるような違和感があった。

 どうやら能力を使って、悪魔を止めてくれるらしい。

 

 だがそれより速い人物がいた。

 カイだ。

 銃撃と同時に走り出していたカイは、もはや悪魔の目前に居る。

 

 急気に視点が上がった。

 何が起こった?

 疑問を感じている暇もなく急降下。

 いつの間にか振りかぶっていた鉤爪が、悪魔の首を狙う。


 が、弾かれた。

 

 聞いたことがある。悪魔に銃は効くには効く。しかし鱗が鋼鉄のように硬いため、相当火力のある銃じゃないと通じないと。

 今思い返せば、この特徴はますますデルコマイと合致している。


「何をっ! 逃げなさいっ!」

「いや……殺せる」


 そう言っている間に、悪魔は大きく尻尾を振った。

 ただそれだけで、絶大な破壊力。床がはじけ飛び、壁に傷をつけた。

 当然強い風が発生し、カイは一瞬目を閉じてしまう。

 

 その一瞬が命取りになった。


 悪魔の大きい顎は、何の抵抗もなくカイに迫って……


「神よ!」


 瞬間、触手が出現した。

 

「ええっ!」


 誰かが驚く声。


 現れた触手は、悪魔の頭と顎を掴んで、そのまま引き裂いた。


「ええ……」


 悪魔の体から、熱と血液が失われていく。

 もはや、生きていない。


 

 いつの間にか、体が回復している事に気が付いた。

 

 立ち上がり、生きているとアピールするため足音を立てて歩く。


「しかしすっごいな、これ……」


 さっきまで暴れていた悪魔をじろじろ眺めた。

 デルコマイに似た奴の死骸。

 彼の死体は頭がなかったが、こいつにはしっかりついている。

 死亡と同時に無くなる、なんてへんな生態ではないようだ。


「ウロちゃん! 大丈夫なの」

「勿論、ぴんぴんですよ。頑丈なもので」

「いやそんなレベルじゃないでしょ」


 笑いながら、先輩方と離れる。

 そのままカイに近づいて話しかけた。


「ありがとう。助かったよ」

「通訳のお礼」

「命救われる程の事ではないなぁ」


 でもすごいな、カイの能力。

 お告げが聞けて、攻撃ができて、触手が出せる。あと、彼女を運んでた奴。いつのまにか消えていたが。

 他にもあるのだろうか。


「君達っ!」


 訪ねようとしたら、さっき助けてくれた男性が謝罪してきた。



「本当にすまなかったっ! これは我々の過失だ!」

「? いえ、助けてくださったじゃないですか。こちらこそありがとうございます」

「いや、そうではない。私はケイベル・ローグ。警備隊隊長なんだ!」

「ああ、なるほど……」

「言い訳になってしまうが、普段は悪魔なぞ見かけなくてな……侵入を許してしまったっ! どうかお詫びをさせてくれ!」

「そんな暇は、ない」


 黒髪ロングで、軍隊で着るような服に身を包んだ女性が、突如現れる。

 目は小さくキリっとしていて、口が大きい。

 いきなり否定してきたのもあって、恐怖を連想した。


「貴方はその前にやる事ある、な。責任、賠償、警備体制の見直し……詫びはその後、だな」

「……申し訳ございません、先生」

「新入生も、だな。悪魔の攻撃を受けたと、聞いた。保健室に行って休むこと、だな」

「えっ……」


 それだけ言って、彼女はローグさんを連れて行ってしまった。


「あぁ、彼女ああいう先生なの。必要なこと以外言わない」

「くっ、何も異常ないのに……! まだ謎がいっぱいあるのに!」

「さすがに駄目だよ!?」


 私の体に異常はない。あるはずもない。

 しかし証明する方法もまた、ない。


 それに、確かに謎は多い。

 しかし答えまでの道筋がわからない。

 出来るのは、入学から1か月後くらいに来るという創設者を待つ事だけだ。


 仕方がないか……。


「わかりました。カイに免じて休みます」

「カイ関係ないでしょ」



 保健室では異常なしと診断された。

 しかし一応休んでおけと言われ、寮を案内されている。


「はい! ここが私たちの部屋だよ!」


 ベッドが4つ。間にロッカーが置かれていて、そこに服とか小物とかを収納しているようだ。


 恋焦がれるように外をみると、丁度日が沈んでいく頃だった。窓は燃えているように赤くなっている。

 地獄でも、太陽の動きは変わらないらしい。


「奥の2つが1年生のベッドだよ! 好きな方使って!」

「ありがとうございます。ではこっち側」


 選んだのは、扉から見て右側のベッドだ。

 今は左右で違いはないが、これから個性が出るのだろう。

 顕著なのはチモ先輩のベッドだ。

 まんじゅうや、たまごのぬいぐるみが沢山置かれている。


「食べ物のぬいぐるみとかあったんですね」

「あるよ! お近づきの印にこれあげる! メンダコ!」

「メンダコを食べ物と認識している……?」


 渡してくれたのは、手のひらサイズのぬいぐるみ。

 ストラップになっているようだ。


「ありがとうございます。鞄に着けておくか……」

「アッハ! じゃあ私はクルア達と合流するから! おやすみー!」

「おやすみなさい」


 コートをハンガーにかけ、そのまま布団に入る。

 かばんは適当においてしまった。


 布団に体を入れて、枕へに頭をつける。

 そして目を瞑ろうとした瞬間。


 また、轟音が響いた。


 マジかよ!

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