(3)女の子らしく

「優! おままごとしよ!」



「うん!」





 初恋は小学1年生、女の子だった。


2つ結びが可愛らしい、しとやかなクラスメイト。


何となく自然と、好きになっていた。





春田はるた〜ドッヂボールしようぜ」



「しよしよ!」





 2回目の恋は小学4年生、男の子だった。


バカで気怠けだるげで、横顔が綺麗な人。


違うクラスだったけど馬が合って、

彼のまつ毛の長さに気付いた日、恋心を自覚した。





 自分が「両性愛者バイセクシャル」という人間だと何となく分かってたけど、

あまり深く考えたことはなかったし、

不自由さとかも感じたことはなかった。


強いていうなら生きられないことが大き過ぎて、

ただ麻痺まひしていただけなのかもしれない。





「綺麗だね!」



「優と来れてよかった〜!」





 中学2年生、友達と2人でラベンダー畑が有名な公園へ遊びに来た日があった。


くもり空がラベンダーの花弁はなびらまばゆく照らし、

晴れの日と違う美しさに見惚みとれていたのを今でも覚えてる。





「ねえ、優って好きな人いるの?」





 よくある恋バナだと思っていた。


自分が恋バナに混じれる存在だと考えてもいなかったから、

初めてのこういう話にドキドキしたの。


…嬉しかったの。





「…うん。

内緒なんだけどね、真希まきちゃんが好きなの」



「…え、」





 自分はマイノリティの人間だから、

こういう会話こそ、気を遣わないといけなかった。


なんで忘れていたんだろう。





「優ってやっぱ…」



「ーーー、」





はるちゃん! はるちゃん!!」



「んへっ!?」





 電車の座席、ミライに呼ばれて目を覚ます。


そうだ、帰る途中の電車で寝ちゃったんだった。


ミライと目が合う。





「やばい! 降りる駅だよ!」



「えっやば!」





 荷物を掴み、焦ってミライと電車を降りる。


駆け込み乗車はダメだけど、多分降車もダメだね。


駅員さんに申し訳ない。





 ホームに出ると外はすっかり真っ暗になっていて、

田舎寄りな土地ということもあって星々がきらめいていた。


…あれ?





「え、ミライここじゃなくない?」



「あ! つい…」





 2人して頭を抱える。それはそうだ。


まだ22時過ぎだが、

ミライの最寄駅は途中で路線変更をするため、

先程の電車を逃すと次は終電の23時50分の電車しかない。


自分のせいで巻き込んでしまったこともあり、

申し訳なさでいっぱいになる。





「うーんどうしよ、彼氏に迎え来てもらうか!」



「そうだね。それまでうちでお茶でもする?」



「やった! 行く行く!」





 ミライは軽い足取りでステップを踏み、

ホームを壇上ステージに見立てたように進む。


軽快けいかいでサッパリしたミライだから、

友達として彼女が大好きなんだ。


私もミライに釣られ、スキップでホームを踏む。


気恥ずかしいけど、ミライと一緒だから大丈夫。





 改札をくぐり、若い女性の2人組とすれ違う。


そのあとすぐのことだ。





「…えっ超イケメンじゃない?」



「女の人だよ、すごい綺麗…」





 以降の会話は聞き取れなかったが、

多分ミライのことを話していたのだろう。


そりゃそうだ、

ミライは女性だけど超イケメンなのだ。


友達ってだけで鼻が高いもの。





 ミライに目をやると、

案の定ニマニマと嬉しそうにしており、

せっかくの綺麗な顔も台無しになっている。


そういうところだぞ。





「そんな気ないんだけど、男に間違われるんよね」



「嬉しそうね」



「カッコよく見えてんのかな」



「言うまでもないよ」



「へへっ」





 帰路きろを楽しそうに歩くミライは輝いて見えた。


性自認からしてしっかり女の子なんだけど、

カッコ良いのは間違いないし、

本人も満更じゃないんだよね。


…私が持てない感性に羨望せんぼうすら抱いてしまう。





 駅から徒歩10分程度のアパート1階、

びた鉄製の扉を開けてミライを通す。


ここが私の住む家、家賃は3万2千円。





「どうぞ。ボロくてごめんね」



「いえいえ! お邪魔しまーす!」





 楽しそうに上がるミライ、

彼女が靴を脱ぐのを見届けて私も家に入る。


部屋の明かりを付け、

座椅子でくつろぐミライをほおってキッチンに立つ。





 とりあえずお湯を沸かそう。


小鍋に水を注ぎ、火に掛ける。





「ミライ、紅茶飲めたよね?」



「何でも飲めるよ。ありがとう!」



「一応客人だからね」




 出すお茶…ルピシアなら外さないかな。


ルピシアの紅茶缶を取り出し、

ティーポットに2gほど茶葉を入れる。


関東の友達がお土産でくれた″横浜ベイ″ってお茶、美味しいからミライにも共有したかったんだ。





 沸いたお湯をポットに注ぎ、

ふたを閉めてらし始める。


カップを用意して部屋に持っていくと、

ミライは体を揺らしていた。





「なに、どうしたの」



「なんかねぇ…はるちゃんなのに別人みたいでさ」



「はは…私もできたら別人になりたいよ」





 心臓が締め付けられても、

気付かれないように笑顔を貼り付ける。


しかしミライはこちらをチラ見すると目を伏せ、

見透かしたように溜息をいた。





はるちゃんの部屋見てね、安心した。

自分の好きをちゃんと持ってくれてる」





 呼吸を一瞬、忘れていた。


そう、ここは私の部屋。





 コスメで散らかったメイク台、


Francfrancフランフランのシーツで飾ったベッド。





 …部屋の隅でスペースを圧迫しているRolandローランドの電子ドラム、


デスクトップPCと繋がってるYAMAHAヤマハのキーボードとマイク、


そのすぐ横でほこりを被ったFenderフェンダーのギターとESPイーエスピーのベース。





 何も諦めきれない、


弱い自分を反映するような部屋。





はるちゃん、どんどん綺麗になる」



「…うん」



「でもはるちゃんらしさも好きだよ」



「…私らしさ、か」





 優しく透き通った声は、私の心に鋭利えいりに刺さる。


ミライはどうしてこうも核心を突いてくるかな。




 私が「私らしく」いたとして、

どれだけの人が私のことを「女性」として見てくれるんだろうか。


ミライのように振る舞ったら、

まず女として見てくれる人は居なくなる。





 私らしくいるためには、

好きなものを我慢するしかない。


中学のときに分かったことじゃないか。


いや、もっと前から分かってた。





「私って、なんなんだろう」





 VOCALOIDボーカロイド東方Projectとうほうプロジェクトが好きなオタク。


そこから音楽にハマって、楽器が好きになった。





「バイセクだけど、別にそれはどうでも良いし」





 EDMをしたり、実際に作詞までやってみたり。


初めてルカちゃん巡音ルカV4Xが私の歌を歌ったとき、嬉しかったなぁ。





「恋愛とかどうでもよくて、

それ以上に私は私で居たくて」





 パスタよりもラーメンが好き。


特に家系ラーメン、

麺硬め・味濃いめ・油普通で食べるのが好き。


海苔増しにしてライス付けて、麺はおかずにして。





「でも私が相手の期待する人間像から外れると、

他人から嫌な評価をされるし」





 ピアスだって開けたくなかった。


この揺れるホオズキのピアス、可愛いけど痛いの。


すぐ化膿かのうするし、

ピアスホールを通す時はいつも怖い。





「それを周りに言いふらさない人なんかいなかった」





 メイクも正直面倒臭い。


仕事のために毎朝ガッツリメイクするくらいなら、普通にあと1時間寝ていたい。


脱毛だって痛かった。





「私が私として過ごしたいなら、

どれも押し殺すしかないよ」





 インスタも面倒臭い。


でもやってた方が「女の子」として見てくれるの。


本当はTwitterツイッターでしょうもないこと呟いてるだけでいいのに。

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