一話 すんなり行けちゃう異世界


「霧斗兄さ~ん。ごはんだよ~」


 うっすらと臭う、有機溶剤。


 並ぶ、ロボットのプラモデル。


 エア・スプレー、スペース。



 別におかれた、机にはパソコンと、スピーカー。


 今日の授業が、パソコン上に表示され、スピーカーから、垂れ流されてる。


 パソコンの置かれているモノとは、別の机に向かい。


 学校の授業をBGMに、プラパーツを、真剣な顔つきで削る、霧斗の姿。


 見慣れた、霧斗の部屋に張り詰める、緊張感、空気に。


 佐奈は、かわいい顔に笑顔を貼り付け、ため息を、吐き出した。


「兄さん?」


「あ~、聞こえてるぞ」


「そんなに頑張らなくても、兄さんは、うちの子なんだから。

 もっと、素直に、お母さんたちに、甘えれば良いのに」


「あ~。ハイハイ」


「お母さんたち、稼いでるよ? そんなに、ウチの苗字、嫌なんだ」


「そういう、問題じゃないだろ」


「そう言うもんかなぁ~」


「区切りつけて、今行くから、先に行っててくれ」


「は~い」


 霧斗は、扉の閉じる音、ふまんそうな足跡を聞き届け。


 散らかった机の上を、片づけ始め。



 終われば、忘れていたSNSの更新を、手早く終わらせる。


 いつもの作業を終えた、スマホの画面上に、映るアプリに。

 ため息を、吐き出した。


「生補部アプリ・ファンタジーねぇ…」


「依頼は受けたわ、あとは、明日どうするのか、話し合いましょう」


 有無も言わさず、解散になった、生補部部室に、置き去りにされる前に。

 そそくさと、帰ってきたのが、何時間前だろう。



 固まった体を伸ばし、アプリを立ち上げれば。


「ステータスに、スキル。所持金に、商店ですか」


 商店をタップすると、会話の手引きだけが、販売中のようで。


 あとは、アンロック不可と、黒く塗りつぶされている。


「販売価格、貢献コイン 千枚…」


 ついでに、二人しかいない、部活内ランキングまで表示され。



 この貢献コイン獲得枚数が、順位に直結しているようだった。


 さらに、この貢献コインは。


「課金できるのかよ。コンビニダイレクトだけって、怪しさ満点だな」


 会話の手引きがあれば、金髪少女の言語を、学習できるのだろう。


 霧須磨の、見下し、馬鹿にする顔が浮かび。


「馬鹿にされるのも、見下されるのも、良いんだけどなぁ~」


 これから、毎日。


 無駄に、嫌味を聞かなければ、ならないとなると。

 めんどくさい。


 触れず、さわらず。

 テキトーに、放置しておいて、もらうには。


 会話の手引きがなければ、始まらないのだろう。


「交換レートって、はぁ…」


 貢献コインは、一枚、十円。


 貢献コインを買うためには、JPコインが必要で。


 JPコインは、一枚、1円で、現金購入可能のようだ。


 コンビニダイレクト決算で。



 現金で、JPコインを買うのに、手数料が、かかり。


 JPコインを、貢献コインにするにも、手数料がかかる。


「ないわけじゃないけど、さぁ…。


 一万と千円、ブッコむのか…。


 普通の学生が、ポンと出せる金額じゃないだろ…」


 なんなら、尻込みして、放置するレベルである。


 愛理教諭の顔が浮かび。

 普通の学生だと、思っているのか? と、笑っていた。


「仮想通貨の運用まがいのことを、強要されているオレって、なんなんだ?」


 脳内、愛理先生は、日頃の行いだよと、おっしゃっていた。


「霧須磨の嫌味を、直接、聞くよりは、マシか」



 そう、霧斗君が考えると思っていたよ。


 脳内、愛理先生は、本日も絶好調だった。


 あとで、目覚ましの、コーヒーついでに、払いに行くかと、椅子から立ち上がり。

 霧斗は、自室の扉を閉めた。





いったい、ナニが、どうなっているのか。


「マジで、なんの実感もなく、連れてこられるとは、思わなかったぞ」


 埼玉県、独立自治区内にある。


 独立自治区。


 もう、日本語が散らかっている。

 どうにか、落ち着くべきだろう。


 秩父山中でも、見られない、大樹が多く並び。


 世界を探しても、伐採してしまっただろう年数の木が、ドカドカと並ぶ。

 異次元の大自然の森。


 大きな木の上を渡すように、木製のつり橋が引かれ。

 所々に見えるのは、木製の家。


 歩く、人々はみんな、ナチュラルブロンドだ。


 アメリカ人ですら、ナチュラルブロンドのブルーアイは、珍しいというのに。


 これだけ安売りされては、貴重も、なにもない。


 黒と青のオッドアイ。

 色素がなく血管の色が直接でている、レッドアイ。


 金髪に紛れて、シルバーブロンドの髪の色が、混じっているのは、どういうことだろう。


 そして、男性を見かけないのは、なぜだろう。


 歩く霧斗を、凝視してから。


 彼女たちが、かわいく手を振ってくれる。


 霧斗は、ソレが怖くてたまらない。



 部室の黒板に、QRコードを読み込ませたら、奥の扉が開き。


 言われるまま、ついて歩いたら。


 こんな光景を、見せられた霧斗は。

 どんなリアクションするのが、正しいのだろう。


「もう、世界に存在しない、年数の木がある時点で、別世界なんだけどな」


「呑み込みが早くて、助かるわ」


「なぁ、霧須磨さん。もっと、俺に感動と実感をくれないか?」


「そんなもの、必要ないじゃない」


「はぁ…」


「ようこそ、レイト村へ」


「そんで、エリスさんは。

 こちらの世界の住人で、海外留学生と偽って、埼高に通っていると」


「海外留学生特別クラスは、全員住み込みで。

 隔離されている理由が分かって、良かったじゃない」


「こんな、雑な異世界体験、俺は認めたくない。

 あこがれちゃってる、中学生とか、かわいそうだろ」


「ただ、彼女たちがいるだけよ?」


「はぁ…。このまま行くのか」 


 嬉々として、村の案内をしてくれる、金髪ツインテールの生徒の、エリスさん。


 ゲーム課金しただけで。


 言葉が、分かるようになっている驚きを、返してほしいところだ。



 ここが自宅だと、エリスに、家の中に通され。


 大きい空間に、ベットが一つ。


 テーブルに椅子が四つ。


 水瓶、簡単な調理台。


 文化レベルが、低いのもテンプレのようだ。



 室内の明かりは、火ではなく。


 ランプの中で光る石が、蛍光灯並みの光量を、提供してくれていた。


 椅子に座りなり、茶が用意され。


 紅茶のような色の飲み物に。

 霧斗は、目線だけを送って、無視すると。


 霧須磨さんは、何も恐れず、口をつける。


「エリスさんは、エルフ族で、この世界で、一番立場が弱い種族よ」


「真顔で、冗談がうまいな、霧須磨」


「アナタのほうが、よほど笑えるわ」


「あ~。会話したくないなぁ~」


「黙っていればイイじゃない。空気も汚れないし」


「ほんと、沈黙が、美徳なわけだな」


「それで、橒戸君だっけ。昨日の依頼は、知ってるでしょ?」


 正面に座った、エリスも茶に口をつける。


 茶に、口をつけなければ、ならない流れに。

 霧斗は、流され。


 一口含めば。

 今まで飲んだ、どんなハーブティーよりも良い香りが、鼻を抜け。


 緑茶のような、慣れ浸しんだ味が、口いっぱいに広がり。


 どう、控えめに言っても。


「うまいな、この茶」


「ありがと」


 エリスが、意外にフランクだと、分かるのも。


 一万越えの、課金の結果だと思えば。


 悪いモノでも、ないかもしれないと。


 霧斗は、自分を納得させることにした。

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