第11話 再びの海

 銀の鯨が泳いでいた。

 誠を背に雲の海を泳いでいた。

 何度かジャンプを繰り返している。

 銀河へ飛び出し天の川まで遡るつもりらしい。

 天の川のその先で待っているのは織姫彦星。それとも

 

 ―――ぴちょんっ。

  誠を起こしたのはその音。

 

 ―――ぴちょんっ。

 薄っすら目を開けてみると、

 頭の上は山々に切り取られた月明り星明り。

 

 いつの間に眠ってしまったのだろう。夢を見ていたのか。

 もうちょっと見ていたかったな。もう一度眠ってしまおうか。

 と思ったそのとき、

 

 タプンと背中に水を感じた。うみ?

 誠ははっとして瞬きを繰り返した。


 ゆっくり身を起こしたらボートの中だった。

 それは海ではなく、池ともいえない湿地のような場所。

 水が滴り集まっているところのようだった。

 

「おっ、気がついたか。よかった。だいじょうぶか、まこと」

「ヒデ、ここは、どこ?ぼくたち、どうして、こんなとこに?」


 雲の上から落っこちたのさ。とヒデはいった。

 思い出すのに誠はしばらく時間がかかった。

 雲の海に鯨を見にいったのは、あれは夢じゃなかったんだ。


 ああそうだった。

 たくさんの星が、すぐそこ、手が届きそうだったからつい・・

 でもボートから落ちたんじゃ、なかったっけ?。


 すんでのところでヒデが腕をつかんでくれた。それから・・・

 あっ、ボートがちょうどパラシュートのようになったっけ。

 でもなぜ?

「これさ、これ、」誠の疑問は顔に出ていたのだろう。

 ヒデが足の紐を指さした。

 

 足首に巻いていた紐がゴムボートにつながっていた。

 ボートは持ち主と同体だったというわけだ。

 

 おかげでふんわりゆっくり下降していた。

 「あははははっ、」「ふふふふふっ、」

 ヒデが笑いだして、誠もつられて笑っていた。


 落っこちていくのも気持ちがよかった。

 そしてそのまま眠ってしまったようだ。

 ずい分長い時間眠っていたような気もする。


「あれは?」遠くにこだまする水音が耳に入ってきた。

 風に乗って聞こえてきたり聞こえなかったりしているけど。


「ああ、もう少し先に滝があるんだ。ここはそこへつながってる。

 ここには山に降った雨がしみ出て、そう、川が始まるとこさ。」


「川、が、はじまるとこ・・・」

「こんなとこがいっぱいあるんだ。」

「あ、あれは?ヒデ、」

 辺りを見回していた誠は指さした。


 山の中腹に大岩がせり出していた。

 大岩の上に据えられた白木の小さな祠が月明かりに見える。

「ああ、あそこには山の神さまがいるんだ。」

「神さまが・・・あれっ?」


 話しているヒデの顔にまた別の誰かの顔が見える。

 あっ、誠は叫びそうになった。

 その顔、お見舞いにいったあのひいお祖父ちゃんだった。

 見間違い?いや確かにひいお祖父ちゃんだ。

 

 そのときボートが動き出した。いつの間にか水かさが増していたのだ。

 オールを漕がなくてもどこかへ吸い寄せられるように流されている。


 誠は初め気が付かなかったが、

「まこと、いいか、しっかりつかまってろよ。」「え、また?」


 ヒデの言葉と近づいてくる爆音にようやく気が付いた。

 どうやら滝の方へ流されている。急に流れが速くなった。


「またあの海へ、月を見にいきたいな。ふたりで、」というヒデの声が聞こえたが、

「う、・」返事をする間もなく、

「うわあああああっ・・・・」「うおおおおおおっ・・・・」

 すぐに叫び声にかわった。


 また落ちていく。今度はジェットコースター並みに。

 滝つぼまでがスローモーションのように見えた。実際は何秒もかからなかったが。

 なんとか滝から吐き出されてもまたすぐに押し流される。

 

 渓流に押されてもみくちゃになった。次から次へと激しい流れに揺さぶられる。

 笑い出しそうになったがとても笑ってはいられない。舌をかみそうだ。

 

 そして、「ドドドドドドーーーッ」

 極めつけののウォータースライダーだった。

 勢いよく飛び出したその先にはもう海が広がっていた。

 

 いきなり潮の匂いをかいだ。


 海。再びの海はもうそこだった。

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