第7話 浜辺
葬儀が終わった翌日、母は叔父に車を借りた。島を一周するというのだ。
「もう明日は帰るんだし、周囲105㎞のここは半日くらいで回れるよ。
あんたがまたここに来ることがあるのかないのか、ない確率のが高いでしょ。
あたしはここんとこ毎年来てるし、また来年だって来るけどさ。」
息子はもうここに来たくはないだろうと決めつけて。
どうやら最後に観光的なことをさせたいと思ったようだ。
それにしても母が結構頻繁に来ていることに誠は驚いた。
間違いなく今日はいいお天気だってさ。と
母はまだ熱っぽいからと渋る息子を半ば強引に車に乗せた。
今まで母とちゃんと話したことがなかった。
ずっと訊きたいことがあったのにためらっていたから、
誠は誠でこれはまあいい機会かもと思い直した。
20年前この島で何があったのか。
父と別れたのはそのときのことが原因なのか。
なぜ今回僕を連れてきたのか。
そして、いったい今、僕になにが起きているのだろう。
体調の悪さと、幻覚幻聴。
それが誠にとって今一番明らかにしたいことではあったが。
南周りのコースで古い白のカローラは走り出した。
空港を通り過ぎて見えてきた熱帯植物園にまず入った。
ここには海岸線から山上までの縦に、亜熱帯から亜寒帯の植物が分布している。
貴重な「垂直分布」の島だと案内にあった。
全く植物には疎い誠だったがこの植生の豊かさに目を見張った。
帰ったら部屋のあの観葉植物にもっと優しくしようと思った。
搾りたてのパッションジュースにドラゴンフルーツは恐る恐るだったが、
爽やかな香りと甘みにふたり顔を見合わせた。
次にガイドブックには必ず載っているという大きな滝をふたつ見てまわる。
雄大な景色に素直に感動し、誠は自然の造形に驚くばかりだった。
その先は「西の林道」と呼ばれる自然味あふれる道だった。
山側は全く人の手が入っていないジャングル、海側は眼下に太平洋を望む高い崖。
猿の群れや子鹿が熱帯林の間から見え隠れしている。
ガードレールに腰かける親子の猿はどこか人馴れしているようにも見えた。
のどかな景色が続く快適な観光だった。
のどかすぎて鼻歌まじりの母に誠はなかなか話しを切り出せずにいた。
この辺りの海沿いは大部分が岩場の磯で釣り船の案内もいくつも目にした。
父がここにいたらきっと喜んだだろう。誠はふとそう思った。
だが北西部の海岸線に入ったときだ、
なんの前触れもなくいきなり身体の内側が何かに突き動かされた。
「この辺りよ、20年前、あんたがいなくなったとこは、」
なんでもない砂浜と傍らのひと塊の岩場が見えている。
そこは今までの景色とは全く違う美しい浜辺だった。
目に入った瞬間、誠の中の何かが激しく動いていた。
母の言葉よりも早くそれを感じていた。
路肩に車を寄せた母と共に浜へ足を踏み入れる。
熱に浮かされたようにそこへ吸い寄せられていく。
「あっ、こ、これ・・・」母が驚いている。
目を見開いたまま言葉を失っている。
砂浜の一番奥にうちあげられている朽ちた小舟だ。
「これ、お祖父ちゃんの、舟、だわ・・・」
それだけいうと誠を見つめた。
知ってるでしょうと、いいたげなまなざしに誠は戸惑った。
木造の小舟は片側の先端部だけを残して骨組みだけになっていた。
残っているのは「秀」の文字が微かに読める
「あんたの、ひいお祖父ちゃんが手に入れて、
昨日お葬式をしたお祖父ちゃんが引き継いだ舟よ。」
そういえば舟がどうとかって昨夜夢に見たのではなかったか。
消えそうなその「秀」の文字に誠はそっと触れてみた。
途端に、映像が目の前でクラッシュした。
光が点滅し、はじけて誠の視界をふさぐ。
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