第6話 夢の少年

――― 父ちゃんの話しを聞いているオレは大きくため息をついた。

    同じ話をしていることに父ちゃんは気付いていないのか。

 

    不自由な口で切れ切れの言葉がまた初めに戻っている。

    何が何でも話したいことがあったのだろうが

    それが何かオレには分からない。

 

    オレにちゃんと届いているのか気になって

    同じ話になっているのかもしれない。

    もつれる口がもどかしいのだ。

    口元から垂れるよだれをぬぐいもしない。


    河口のどこら辺で舟を停めるのか、今はボラでも釣るか、

    海にはまだ出られないから・・・・

    とはいえもうそれは夢、幻、せめてもの希望とでもいうのか。

 


    父ちゃんが倒れてからオレたちの暮らしは一変した。

    あんなにケンカばかりしていた母ちゃんは

    ビックリするくらい優しくなった。

    時どきいなくなることもなくなって父ちゃんに付きっ切りだ。



    冬の寒いある日、朝仕事に出たまま父ちゃんは帰ってこなかった。

    こんなことは今までなかった。いくら仕事で遅くなっても必ず帰って来た。

    母ちゃんは親戚じゅうに電話をしまくり探し回った。

 


    父ちゃんはその朝も出掛けに近所の酒屋に寄っていた。

    一杯ひっかけて、ポケットにもワンカップ一個突っ込んで仕事にむかう。


    オレは学校へ行く途中それを見ていた。

    友だちに「あれ、お前んちのオヤジじゃねえの」

    といわれたが気が付かないふりをした。    

    こころの中で「くそったれ」とつぶやきながら。


    そしてあの日父ちゃんは帰ってこなかった。見つかったは次の日。

    裏山の獣道に倒れているのを近所の人が見つけてくれた。


    脳いっ血という病気だった。

    仕事は昼で早退していた。気分が悪くなって帰ろうとしたのだ。

    早く帰らなくてはといつもと違う道を入っていた。近道だと思い込んで。


    あともう少し発見が遅かったら死んでいたと医者はいった。

   「父ちゃんなんか、死んじまえばよかったんだよ」

 

    オレはそんなことを口にして母ちゃんを凍り付かせた。

    息子の思いもよらない言葉に絶句したのだ。


    いつもなら頭から湯気が出るくらい怒るはずだった。

    なんなら箒でぶっ叩かれていただろう。でも、

    母ちゃんはただ悲しい顔をオレに向けただけ。


    それから父ちゃんは43歳という若さで

    不自由な半身を抱えて生きることになった。

    オレは12歳になった。4月から中学生だ。

    父ちゃんは冬のボーナスで念願の釣舟を手に入れたばかりだった。―――


 


 誠が目を覚ましたのは昼に近い時間だった。

 風邪気味だったせいもある。疲れてもいたのだろう。

 

 なんだか頭が重い。昨夜のことがよく思い出せない。

 雨の中小さな子どもをを追いかけていたような・・・。


 悪寒と眩暈で立っていられなくなっていたのだ。

 葬儀会館のすぐ近くに叔父が宿をとってくれた。

 風呂に浸かって布団に潜り込むと泥のように寝入っていた。


 今夜は棺の夜伽を頼まれていたのに、

「こっちで何とかするから、ゆっくり休みなよ」と母はいった。 


 寝入るとすぐ夢を見ていた。

 見知らぬ顔ばかりの情景で、まるで誰かの夢に紛れ込んだような。

 自分の物語ではないというはっきりした感覚があった。

 

 けれどこの夢の少年のやり切れなさが目覚めても誠の胸に残っていた。

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