第4話 通夜

 通夜の時間になって雨が降り出した。

 雨音は静かだが自動ドアが開くたびに外の濃い空気が流れ込んでくる。

 

 弔問客を迎える祖母、叔父、母、その傍に誠もいた。

 叔父の家族は受付を担当していた。叔母と娘が。

 華奢で神経質そうなよく似た母と娘だった。


 小さな集落だから親戚だらけでいちいち名前を覚えていられない。

 葬儀が終わればまた元の生活に戻るのだから覚える必要はないだろう。

 

 それに明日には告別式や初七日まで葬儀の一切を済ませてしまうらしい。

 今だけだと、誠は誰に声をかけられても曖昧に笑っていた。

 

 だが、一定の年齢の人々から向けられる視線がまた気になった。

 高齢の男女が少し離れたところからあからさまに誠を見て声を潜めている。


 潜めてはいるが漏れ聞こえてくる。

「ほら、あの子、あの子だよ・・・」「ああ、そういえば、そうだったね」


 20年ぶりなのだ。あまりに義理を欠いていると思われても仕方ない。

 気分は悪かったが誠は気付かないふりをしていた。


 ところが手洗いに立ち、戻る通路の角で耳にした声に驚愕した。 


「ほら神隠しにあった子。あの子だよ、あの誠って子」

「そうそう、あのときは大変な騒ぎで・・・」

「うんあれがもとで、ここのオヤジも・・・」


(なにを、はなしているのだ。かみ、かくし?僕が?・・・)

 しばらく動けなかった。

 

 母に。そう母に確かめてみなくては・・・。

 意を決して足を踏み出したそのとき、背後から誰かが通り過ぎた。

 

「うわあっ・・・」後ろの人影にまったく気付かなかった。 

 小学2、3年生くらいの男の子だ。

 

 そしてその身に着けているものにさらに驚いた。

 ランニングシャツに紺のショートパンツ、足元がビーチサンダルなのだ。


 子どもとはいえ葬儀にこの姿はあまりに非常識すぎないか。

 ただ誠を仰ぎ見たその満面の笑顔と「ふふんっ、」と笑う声が、

 どこかで見たような気がする。どこだっただろう・・・・。


 さっき会ったのだろうか。いやこんな子どもはいなかったと思う。

 気付いた大人はまずその服装をきっと叱っていただろう。


 少年は今初めて会ったにしては誠を知っているような素振りだ。

 見つめる柔らかな瞳。その瞳にどこか懐かしさを感じていた。

 

 人懐っこそうなその少年はふわりと身をひるがえし玄関へ向かった。

 そしてそのまま外へ。雨の暗闇へ駆け出していった。


 あの少年は僕が追いかけてくるのを待っている。

 誠はなぜかそんな気がした。


 後を追わなくては。いや連れ戻さなくては。

 いくら南の島だといっても外は降りしきる夜の雨だ。

 あんな格好で外へ出れば風邪をひく。

 




 ―――ぴちょんっ。

   耳元でまた水の音。

   深く水をたたえた淵に落ちる、ひそやかな音がした。

 

 ―――ぴちょんっ。

   誠はまた瞬きを繰り返した。

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