第3話 視線
建物に入るとすぐ右手から声がかかった。「姉さん、こっち、こっち」
小柄な男性が手を上げた。「弟の信一よ」と母がいう。叔父なのか。
親族控室と書かれた部屋に入るとそこにもうひとり高齢の女性がいた。
「母さん、」「ああ、真由美、」
こちらを向いたその顔は母によく似た丸い顔だった。
「母さん、大丈夫?」「うん、あ、あれっ、誠、かい?」
「あの、どうも・・・」「よう、来てくれたねえ・・・」
祖母なのだ。だが隣の叔父にしてもまるで覚えがない。
「どうも、誠です。こんにちは」それでも努めて愛想よくした。
「大きくなったなあ。でも、覚えてないだろう、俺たちのこと」
そういわれても、そうですねとは返せない。
「いくつになった?」「あ、えっと、26です。」
「そうか。で、今何してるの?」「地元の繊維会社に就職して4年目です。」
「へえ、そうなの、ふ~ん。どう、20年ぶりの島は、」「は、はあ・・・」
なんともいえない居心地の悪さを感じた。
言葉は丁寧で話しぶりも普通なのだが居たたまれない気分だった。
小柄でぽっちゃりした体形に癖っ毛の髪、よく似た垂れ気味の目元の3人は
家族だとすぐにわかる。
家族に連なるのに記憶がないため勝手に疎外感を持ってしまうのか。
努めて大人の対応をしているつもりだが親戚とはいえその視線が気になった。
祖母と叔父とがこちらに向ける眼差し。
誠の目の奥をのぞき込み探るようなその視線が不快だった。
叔父に関してはまるで面接官のように上から下まで眺めまわしている。
母は気付いていたのだろう。
「父さんの顔、見に行ってくる。誠もお祖父ちゃんに会いたいよね。」
小さな子ども相手のような調子だったがほっとした。
葬儀会館の一番広いフロアはもう準備万端だった。
ここでこれから通夜の客を迎えるのだという。
祖父の白木の棺が祭壇の前に設えてあった。小窓を開けて母がのぞき込む。
「とう、さん・・・」言葉に詰まっていた。しばらく見つめた後、涙が頬を伝う。
誠も反対側からのぞき込んだ。「ん?あれっ・・」同じように言葉に詰まった。
きっと顔を見ても戸惑うばかりだと思っていたのに。
眠っているような穏やかなその顔をどこかで見たような気がしたのだ。
どこかで・・・。どこで?
まじまじと凝視していると母が不審な目を向けた。「誠、どうしたの?」
「えっいや、なんでもない。なんか、どっかで見たことあるような気がして、」
「なにか思い出したこと、あったの?」「なにかって?」
「いやその、昔のこと・・」「昔のこと?うーん・・・いや、別に、」
「そう、ならいいのよ、」
「まあお祖父ちゃんなんだし、そりゃあ母さんの顔に似てるだろうから、
見たことあるに決まってるよな。」「そう、ね」
母も探るような目つきになっていた。
祖父の死を悼むことより誰もが自分を気にしているように見える。
誠は一緒に来たことを後悔し始めていた。
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