第2話 雨の島

 タラップを踏んで降り立つと濃密な空気に包まれた。

 それにしても暑い。ああここは南の島だったのだ。

 誠はすかさず上着を脱いだ。

 

 見上げると建物の向こうに覆いかぶさるように山が迫っている。

 反対側はすぐ海だ。防風林に囲まれているが逆巻く大波の音はここまで届く。

 それが嵐の前触れのようで誠はまた不安になってきた。


 母は手荷物を受け取るとすぐにタクシーを拾った。

 さっきまで青空が広がっていたのにもう山側には薄いもやがかかっている。

 雨の匂いがする。追われるようにタクシーは走っていた。


 道端には原色の花花花。

 紅く燃えるハイビスカスにブーゲンビリアが、庭木になり生垣になって、

 まばらな家々を飾っている。植木鉢でしか見たことがなかったから驚いた。


 以前付き合っていた彼女は花が好きで色々育てていた。

 まったく興味はなかったが度々一緒に見に行った。

 部屋に残されたしおれた観葉植物がふいに気になった。


「お客さん、観光ですか?」「えっ、ええまあ、そんなもんね」

 話すのが億劫なのか母はすぐに窓の外に目をやった。

 

「お天気、悪いんですかね。

 まあ梅雨だから仕方ないんだけど、今日は良かったはずなのに、」

 誠が代わって声をかけた。


「おや、この島の雨のこと知りませんか?

 ひと月に35日雨が降るって、昔からいわれていますよ。」


「ひと月に35日?」

「おかしいでしょ?ひと月って30日くらいなのにね。

 島のこちらは晴れてても反対側が降ってるなんてこと

 しょっちゅうなんでそういわれるんですよ。

 山の上なんてそりゃあ雨ばっかりだしね。

 梅雨なんて関係ないような雨の多さですよ、ここは。」


 濃密な空気の正体はこれなのか。

「島の女は肌が綺麗ってよくいわれますよ。湿気が多いから」

 と運転手は笑った。


「へーえ」「な、なによ、ふん」誠の視線に母が横目で睨む。

 上の空みたいだったが聞いてたんだと笑ってしまった。


 幹線道路沿いに寄り集まっている人家を通り過ぎ長い坂を下る。

 坂の下には川が流れていた。橋を渡るとすぐ母はタクシーを止めた。


 目の前には緩い登り坂が続いている。

 坂の途中に葬儀会館が見える。隣は生花店、奥の高台が霊園だった。


 田舎の小さな会館前をせわしなく車が出入りしている。

 入口辺りに葬儀の準備をしている人影がいくつか見える。

 母はそこにタクシーを入れるのを避けたかったようだ。


 

 ―――ぴちょんっ。

   水の音を聞いたような気がした。

   降ってきたのかと思ったけれど頭の上はまだ青空だ。

 

 ―――ぴちょんっ。

   また水音。静かにひそやかな・・・。

   雨音ではない。

   誠ははっとして瞬きを繰り返した。

   一瞬目の前に誰かの笑った口元を見たような気がしたのだ。

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