『百合に挟まる男は死ねば良い』ってやかましいわ!

三郎

本文

 俺には双子の姉が居る。その姉には、一部のクラスメイトから百合カップルだのてぇてぇだのなんだの言われているくらい仲のいい女子が居る。彼女——花崎はなさき陽依ひよりと俺達は幼馴染で、彼女は俺ともそこそこ仲が良いのだが、それが気に入らない奴も居るらしく『百合に挟まる男は死ねば良い』と影で囁かれている。

 姉は彼女に恋をしている。俺は別に、その恋路を邪魔する気はない。むしろ応援している。それなのに百合に挟まる男呼ばわりされるのは正直納得がいかないが、言い返したところで二人を勝手に神聖化して崇めている奴らの耳には届かないだろうなとため息を漏らす。姉もさっさと告白すればいいのに。女同士だからとうだうだ言っているが、俺から見ればどう見ても両想い……に、見えていたのだが——


「私……蒼太そうたくんのことが好きです。付き合ってください」


 ある日の放課後、姉の好きな人から告白されてしまった。


「……告る相手間違ってね?」


 思わず言ってしまうと、彼女は「……そんなことないよ」と、間の悪い返事をした。目も合わせようとしない。明らかにそんなことある反応だ。


「お前……ほんと昔から嘘下手だよな。なに? 罰ゲームで俺に告れって誰かに言われたの?」


「……ごめん……」


「謝る前に理由聞かせてよ。俺に嘘の告白した理由」


「……誰にも言わないって、約束してくれる?」


「言わんよ。俺、口硬いから」


「私……あかねちゃんが好きなんだ」


 茜というのは、俺の姉のことだ。好きだけど、女同士だから告白するのが怖いと彼女は語る。姉も全く同じことを言っていた。つまり、彼女は姉と両片想いということになる。百合に挟まる男とはまさにこのことか。厄介な百合信者達に聞かれたら大変なことになるなとため息を吐く。


「……茜は別に、同性が好きなんて気持ち悪いとか言わんよ。てか、今時それ言う方が少数なんじゃない? 同性同士の恋愛とか、今は昔ほど珍しくないじゃん」


「分かってる。それ分かってるけど……でフラれるのが怖いんだよ」


 全く同じ話を姉からも聞かされた。そのことを彼女に話せば彼女の不安は解消されるが、それは少々お節介な気がする。お互いに不安な気持ちをぶつけ合って、なんだ私達同じ不安を抱えていたんだねと笑いあえた方がいいだろう。


「まぁ、性別を理由にフラれたらなぁ……どうしようもないもんな。で? だから双子でそっくりな異性の俺を茜の代わりにしようって? ふざけんなよ」


「……ごめん」


「はぁ……。全く。俺が本気にしてたらどうする気だったわけ?」


「……それでも良かった。茜ちゃんへの想いは、捨てなきゃって思ってたから」


「お前……マジで俺のことあいつの代わりにしようとしてたのかよ」


「怖かったの。彼女が好きだって、周りにバレるのが」


「もうバレてると思うけど。周りから百合カプだとか婦婦だとか茶化されてんじゃん」


「あ、あれは……ただ揶揄ってるだけでしょ。本当に恋してるなんて、みんな思ってないよ」


「そうかな。俺には本当に恋してるように見えてたよ。お前、茜の話ばかりするし、茜の方ばかり見てるし。こんな分かりやすいのになんであいつ気付かねえんだろうって」


「それは……茜ちゃんは多分、女の子から恋愛感情を向けられるなんて、思ってないんじゃないかな」


「あいつ結構女からモテるし、ガチで告られてることもよくあるし、女だから女に恋をしないなんて古い考えはないんじゃない? あいつがお前の好意に気づかないのは、お前が異性しか好きにならない人間だって決めつけてるからだと思う」


 そしてそれは陽依も同じだ。陽依も姉のことを異性愛者だと決めつけている。世の中の大半は異性愛者だからそう決めつけてしまうのも分からなくはないが。


「話し合えよ。俺じゃなくて、茜と。ちゃんと。勝手に決めつけて勝手に諦めて勝手に落ち込んでないでさ。この先も一生そうやって同性を好きになる自分を否定して生きていくつもりか?」


「……」


「まぁ、お前がそういう生き方したいならすればいいけど。それならこれ以上俺を巻き込まないでくれ。悲劇のヒロインごっこに毎回付き合わされること想像しただけで疲れる」


 百合に挟まる男は死ねばいいなんて、元々は女性同士の間に無理矢理割り込んでくる男を批判する言葉だったはずだ。俺は別に好きで板挟みにされているわけじゃないし、二人の関係を壊したいなんて思わない。両片想いする女二人と仲が良いだけ。ただ、それだけだ。それだけで何故死ねとまで言われなければならないのか。ムカつく。これ以上巻き込まれるのはごめんだ。ため息を吐き、姉に電話をかける。


「もしもし茜? まだ学校に居る? 至急、二年二組の教室に来て。今すぐ。陽依が話があるって」


「ちょ、そ、蒼太くん!」


「何の用って? 知らん。本人から聞け。俺は付き合いきれん。帰る」


 電話を切り、陽依を置いて教室を出る。途中すれ違った姉に何の用だと聞かれたが、本人に聞けと答えて帰路につく。

 通学路をしばらく歩いて駅に着き、電車を待っていると姉から電話がかかってきた。


「蒼太! 今どこ!」


「駅。もう電車くる」


「乗るの待って! あたしも帰るから!」


 息を切らしながらそう叫んで、姉は電話を一方的に切る。仕方なくベンチに座ってしばらく待っていると「蒼太!」と姉の声が駅のホームに響いた。陽依の手を引きながら走ってきた姉は俺の前まで来ると勢いよく頭を下げた。


「ありがとう蒼太。あたし、彼女と付き合うことになった」


「でしょうね。……あーあ、ハンバーガー食いたくなってきたなぁ」


「奢らせていただきます」


「私も半分出すよ。蒼太くんには感謝してもしきれないから」


「蒼太が好きな人出来たら相談乗るからね」


「できてもお前らには話さん」


「「えぇー! 私達家族(友達)じゃん!」


「誰がどう見ても両想いなのに失恋すること前提でうじうじしてる奴らに相談しろって言われてもなぁ。まともなアドバイスなんて出来るわけない。それより二人とも、馴れ初め聞かれたらちゃんと俺のおかげって言っておけよ」


 その後、俺のおかげで二人が付き合い始めたことは学校中に広まった。百合に挟まる男と俺を揶揄していた奴らは手のひらを返すように態度を180度変えた。それはそれで鬱陶しかったが、死ねと言われることはなりこれで平和になる——そう思ったが、二人が喧嘩をするたびに俺が仲裁に入ったり、お互いから惚気話を聞かされたり、結局二人の間で板挟みにされることに変わりはなかった。

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