13.火中の魔女

 胸が苦しい、体が震える。ぼろぼろと目から悲しみが溢れてとめどなく零れ落ちていく。

(どうして……っ、ヴルカさんっ………)

 初め、この通達を聞いたときには全く情報が飲み込めなかった。ヴルカさんが街を、人を焼き払うだなんて信じられない。わたしはそんな冷酷なヴルカさんなんて知らない。

 わたしの知るヴルカさんは、昼に差す陽のように、暖炉の火のように温かな人だ。

 そんな人が、大罪を犯して、死刑を宣告されている。

 そんなことがあるわけがない。

「アズリア、落ち着いたら行くよ」

 ベラさんはいつものような冷静な口調だった。

「ベラさんはっ!………納得してるんですか………?」

「ヴルカのことや、こんなことするとは思えん。魔女に操られとると思うた方が筋が通る」

「ならっ!わたしの魔法で効力を縛れば意識を取り戻して……!」

「……これだけの規模となると操られていたとはいえ、世間体を守るためにも死罪は免れんことやちゃ」

「けど、だってっ、それに……わたし達の手でなんて……!」

 ヴルカさんの討伐部隊には実力や魔法の相性を鑑みて編成された。その中にはわたしとベラさんも含まれていた。

「死罪ってことは……っ殺すんですよ!?ベラさんなんかわたしよりも長い間一緒にっ」

「アズリア!」

「……っ!」

 張り上げられた声にわたしの体は固まった。

「起きたことはもう、どうしようもないが」

 ベラさんが拳を握りしめているのが見えた。

 そうだ、冷静なわけがない。一緒にいた仲間を自らの手で殺す。そんなこと、誰だって受け入れ難いことのはず。

 ベラさんはそれでもなお覚悟を決めているんだ。

「………ごめんなさい」

「……みんな、一緒や。───先に他の子らちと待っとるよ」

 ベラさんはドアを閉じて出ていってしまった。

 殺す、魔女に堕ちているとしても、仲間を、わたしは、この手で。

 あのときのようにわたしは誰かを魔法で殺すの?

「…………」

 閉じた瞼の裏に火が見える。


「うわああああっ!」

「お父さん!」

 最初に放った火はお父さんの服に燃え移った。取り乱して魔力の調整が効かなかったわたしは火を止められなかった。その火が家具や床に飛び火し、お母さんもわたしも近づくこともできないままわたしの火が燃え広がっていくお父さんをただ見ていることしかできなかった。

 我に返ったお母さんが錯乱するわたしをぎゅっと抱きしめながら駆け出した、燃えゆく家から脱出するために。けれど階段にさしかかったところで未だ暴れるわたしから火がお母さんに燃え移った。それでもお母さんはわたしを抱えたまま階段を降り切り、わたしに燃え移らないよう、わたしを放り出して倒れた。

「お母さっ──!」

「逃げてっ、アズリア!」

 そう言われてもわたしは魔力を目茶苦茶な使い方をしたせいか体に力が入らず動けなかった。いや、ただ動けなかったから逃げなかったわけじゃない。火に包まれるお母さんや2階に残したお父さんにまだ縋っていたかったから動きたくなかった。わたしが傷つけたなんて認めたくなかったから、生きてまたわたしを呼んでほしいという願いに縋りついていたから逃げられなかった。

 その後、異常に気づいた人たちによって救出されてもなお、わたしはうわ言のように「魔女じゃない……わたしじゃない……」と繰り返していたという。


 また、繰り返すのか──大事な人を、わたしは。

「ッ!」

 魔法を発動した。淡く発光する鎖がジャラジャラと私の体にまとわりつく。

 震える手と心は鎖で縛り付けた。足りない覚悟は無理やり据えた。

 ヴルカさんが魔女に操られて魔女に堕ちたのなら、わたしのような思いをさせちゃいけない。これ以上罪を重ねる前に止めてあげなきゃ。……殺してでも。

 閉じられたドアを、わたしは開いた。






「ヴルカ・ボーネン」

 彼女は今だ焦げ臭くちろちろと残り火の燃える街の残骸の中に佇んでいた。

「あぁ、あんたか」

「まずはありがとう、相当量の魔力の収集ができたよ。君のおかげだ」

「礼なんかいらねぇよ、必要なことなんだろ?」

「………ああ、そうだ。つらいことをさせてしまってすまない」

「世界が崩壊するのを防ぐためってんだ。汚名ぐらい、着てやるよ」

 赤髪の体格のいい女性は一切の憂いなく、強く、まっすぐな目をしていた。


 ああ───この姿は、私の罪だ。


 こんな目をする人間に、私は罪を犯させた。灰塵と化した街を背負わせた。私はこの姿を網膜に焼き付けておかねばならない。

 この罪と嘘を突き通していかねばならない

「当然だが、討伐隊が君を狩りに来るだろう。強力な魔法使いであれば、生かして捕らえてほしい」

「おう、ただあたしを狩りに来るんだ。生かして戦えるほど簡単な相手とは限らないってのは覚えといてくれ」

「もちろんだ。それと1つ、アズリア・ブランカに会えたのなら、確実に始末してほしい」

「あいつがいると都合がワリィのか?」

「ああ、詳細は話せないがね」

「わかったよ、任せな」

「………頼もしいよ」

 心が痛む。どれだけ罪を重ねても、この痛みだけは書き換えることができなかった。

 目的のためにどれだけの咎を背負おうとも、きっと、この先も、この痛みが消えることはないだろう。

 痛む胸を抑えつつ、私は炭と灰にまみれた街だった場所を跡にした。

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