12.湖畔に剣は咲く

 オレは何も与えられていない。

 親は物心ついた頃には片親で、その親もオレには粗末なパン1個よこして自分は酒浸りだ。服はボロきれ。寝床は無え。

 そんなだからオレは物を盗むようになった。食い物を盗らなきゃ死んじまう。

 疎まれてもぶん殴られても盗みはやめなかった。もっと幸せに生きてえと必死こいてた。

 ただ、そんなオレにも唯一天から与えられたものがあることに気付いた。

 "奪う"力だった。触れたものはどこかに消えて、いつでも呼び出せる。

 まずオレは親から反抗心を"奪った"、そしたらあのクソみてぇな親がなんでもよこすようになった。

 次は村の人間に手をかけた。物を持っていっても誰もなにも言いやしねぇ。

 誰も何も与えてくれないなら奪えばいい。オレはそうすることで幸せでいられた。このときオレは唯一にして全てを与えられていたんだと知った。

 そうやって村で幸せに暮らしてたオレをある男が訪ねてきた。

「エラド君、君のその魔法を世界のために役立ててみないかね」

「なんだァあんた……?世界がなんたらなんて知ったこっちゃないね。オレぁ自分が幸せならそれで」

「『女王のための執行レジオン・エクゼクト』」

「……そうだな、オレにはこんな素晴らしい力があるんだ。世の中のために使わなきゃいけねえよな」

「ああ、そうだとも。君とその魔法は素晴らしいものだ。我々が手を取り合えるというのならこれほど嬉しいことはないよ」






 ラゴ・アラポルドに到着したわたしは目を疑った。おそらくは湖があったであろうそこは、まるで最初から何もなかったかのように巨大な穴がぽっかりと空いていた。

「いざ目の前にするとすごい光景ですね……」

「どんな力かはわからんけど、魔法によるもんなら本体を叩けばいいだけやちゃ。湖のことは気にせんでいい」

 それもそうだ。にしてもこれほどの規模、一体どんな魔法を……

「なァ、そこのアンタら」

「はい、なん……」

 後ろからの声に反応しようと振り返る間にはベラさんが剣を振り抜いていた。

「ベラさん!?」

「おっとっとォ、何でわかんだよ」

 声をかけてきた飄々とした男は素早く振り抜かれた剣を後ろに跳ぶことで躱していたが、切っ先を掠めたようで服の胸元が裂けていた。

「魔力は隠せても、邪な気配は消えんもんやちゃ。あんたやろ、うちの隊員捕まえたんは」

「ハッ、ご名答」

 ベラさんの言葉を聞いてわたしもすぐさま戦闘態勢に入る。

「あの男あんたの肩に手ぇかけようとしとった。多分触れることが魔法のトリガーや」

「オイオイ手品のタネを明かすんじゃねえよ、しらけるぜ」

「減らず口も今のうちや!」

 ベラさんは地面を蹴り出し瞬く間に剣を振りかぶりながら男に詰め寄った。

 しかし、振りかぶった剣が振り抜かれることはなかった。

 剣と男との間には魔女討伐隊の隊服を纏った人が割って入っていた。

 ベラさんは顔をしかめて男を睨んでいた。

「せっかくの魔法を人のことを厭わん使い方をする、そういうとこがあんたらの気に食わんとこや」

「大事なお仲間を斬らなくてよかったなぁ剣聖さんよォ」

 ベラさんは一旦剣を引き距離を取った。

「この人に何したんや」

「理性を"奪った"だけさ。おかげで言われたことはきれいに守ってくれるぜ?今みたいにな」

 割って入ったのは男の口ぶりからしても間違いなく連絡が取れなくなったという隊員だろう。そして理性を"奪った"という言葉に引っかかることがある。

「ねえ!あなたヌエゴでもそうやったの!?」

 ヌエゴ村で村人が凶暴化させられた件、あれはまだ魔女本人が見つかっていない。理性を奪うような心に作用する魔法を扱うなら、この男がその魔女本人かもしれない。

「ヌエゴ?どこだそりゃ。知らねぇ嫌疑までかけられんのは気に入らねえな」

 ヌエゴの件はこいつじゃない……。ということはこの男とは別に心を操れる魔女がいる……?

「んなことより早くお仲間同士で潰し合ってくれよ!さぁ、戦え!」

 掛け声とともに隊員が動き出す。

「『雷光閃撃トランドロシュ』!」

 わたし達は危険を察知し瞬時に横に跳んだ。そして一瞬前までわたし達のいた場所には隊員の放ったいかずちが着弾し、地面が黒く焦げていた。

「はあああっ!」

 閃光と共に次々と雷が迸る。素早く飛んでくる攻撃を回避するので精一杯だ。それでも"鎖"で拘束する機会を伺う。わたしの"鎖"さえ巻き付けられれば行動を"縛れる"はず……!

「アズリア・ブランカぁっ!」

「左や!」

「っ!」

 雷に紛れて男が迫ってきていた。すんでのところでベラさんが剣を振り払ってくれたおかげで男に触れられることは免れた。

「助かりました!」

「それよりあの男、なんでか知らんけどあんたの名前を知っとる。真っ先に触れようとしたことといい、狙いはあんたかもしれん」

「わたしが狙い……?」

 なんでわたしなんかを……?これまで魔力の強い魔法使いを"聖樹への捧げ物"として狙ってきた魔女達がわたしを狙う理由なんて………。

「考え事は後や!来るよ!」

「湖の水、返してやるよ!『盗品解放スティラ・リベリオ』!」

 突如空中に大きな水の塊がいくつも現れ、わたし達に向かって落下し始めた。あれほどの大きさの水塊が直撃すればひとたまりもないだろう。

「『剣撃グラヴァ』!」

 ベラさんの剣の一閃により水の塊は斬り裂かれ、それぞれが小さな水飛沫となって降り注いだ。とりあえず難は逃れた………と思えたのは一瞬だった。

 水飛沫が降り注ぎ辺り一面は水浸し。そして敵対しているのは魔女の男と……

「まずい……!」

「『痺電波動パライゾ・ノード』!」

 バリッ!、っと音が走ると同時に体が痺れる。

「あぐっ!」

 水溜まりから伝播した電流が数瞬体の動きを停止させる。その間に残った意識と視界が迫りくる攻撃を捉える。

「『雷蹴一閃トランド・バタロ』!」

「がはっ……!」

 腹に電流を伴った蹴りが食い込み、わたしは吹き飛ばされた。




「アズリア!」

 ウチがついていながらアズリアを……!指導役として情けない……!自分が付くからには無茶も大きな怪我もさせないつもりだった。だというのに。

 しかし、聞こえてきたアズリアの声がそんな悲観を払った。

「『影縫アンブロ・クドゥリ』………」

「……!」

「大丈夫………です……から……」

 アズリアの言葉の意味はすぐに理解できた。隊員の動きはぴたりと止まっていた。そして隊員の足元を見やれば、その影に、先端にやじりの付いた鎖が刺さっていた。

 アズリアの魔法は鎖を巻き付けることで何かを"縛る"ことと聞いていた。しかし、今は巻き付けることなく行動を縛り付けている。

(この土壇場で応用したがや……!)

 アズリアの成長に感心しつつも男の方へと向き直る。

「これであんただけや……!」

 大地を蹴り出し一気に踏み込む。2度躱された剣も、3度目はない。相手の避け方は見切っている。

「『剣撃グラヴァ』!」

 振り抜いた剣は咄嗟に防御しようとした男の腕を斬りつけた。………いや、これは防御しようとしたというより……!

「オレ自身から痛みを"奪えば"腕を斬られようがなんてことはねえ!そして、今!その剣は俺に触れた!『奪盗技フォレヌ・スティラ』!」

 剣が一瞬にして消失する。侮っていた。この男は自ら腕を差し出し、捨て身で剣を奪ったんや。

「これで終いだ!」

 男の手がウチへと迫る。ウチの手に剣はない。魔力を剣状に形成して振り下ろす猶予はおそらくない。


 ───それがどうした。


「剣士から剣を奪えば勝てると思った輩は他にもったわ。やけど……」

「…………へ?」

 ベラエスタ・アカラの固有魔法は"剣技"。人間の編み出した剣術を、扱えるように、身剣一体と為し、共に強化する魔法。

 このとき既に、男の体には七度の斬撃が刻まれていた。

剣花グラフ・ローロ八分裂はちぶざき』

「勝ちを気取った頃には、八つ裂きになっとるがや」






「動けるけ?」

「まだちょっとピリピリしますけど……」

 なんとか魔女の男は撃破できた。男を倒したことで湖の水も隊員の理性も戻って来た。ただわからないことがある。

「にしても……なんでわたしの方から狙ってきたんでしょう?」

 これまでわかっているのは魔女達の目的は強力な魔法使いを襲い、攫うこと。けれどそれに倣うなら、より実力のあるベラさんの方から狙うはず。戦いを優位に進めるにもその方が合理的だ。

「単純に考えればあんたの方が不都合やったいうことになるんでない?」

 わたしが魔女にとって不都合……強さを狙ったものでないなら、魔法の性質だろうか。

 ヌエゴの件での心に作用する魔法の持ち主はまだ見つかっていない……わたしの魔法で"縛る"と効力が解けた………。

 魔女達にとってその心に作用する魔法が重要なのだろうか。そしてそれに対抗できるわたしが不都合だと………。

 想像はできても決定打に欠ける。なんにせよ情報がまだ足りない感じだ。

「とりあえず隊員の子の様子見てから帰って報告しよか」

「そうですね」

 いずれ情報収集に進展が起きることを願って、一旦は戦いが終わったことに安堵するとしよう。







 帰投した後、わたし達を含めた3名の隊員に以下の通達が出された。


 魔女討伐士官であるヴルカ・ボーネンによる街1つの焼却と、大量殺戮が行われた。

 これにより本日付けでヴルカ・ボーネンを除隊、及び魔女と認定し、討伐任務を発令する。

 本任務は魔女ヴルカ・ボーネンの死を以て完遂とする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る