第55話 豹変

 例の写真の入った封筒を手に食堂に入ると、唯香が夕食のトレイを手に

椅子に座るところだった。


 唯香のトレイを見て、今日は私の大好物のチーズハンバーグが献立だった

と思い出す。用事があったとはいえ、食堂に来て良かった。

 私もトレイを手に、普段より大分数が少なくなった学生の列に並ぶ。


 お茶と箸もトレイに乗せ終わると、私は既に夕食を始めている唯香の前の

席にあえて座る。唯香はスマホを横に置き、時折操作しながら画面を見ていた

ので、私が自分の目の前に座ってようやく私の存在に気付いた。


「あれ? さっき電話したのに出なかったよね?」


 若干怒気を含んだ声で、早速唯香に確認される。

 もちろんこれは想定内だ。


「自分の部屋にいたよ。ごめん、お昼寝していて気付かなかった」


 それでも私があっさり謝ると、許す気になったのか、唯香は自ら話題を変えた。


 私も私で、気持ちが定まっていないからと故意に唯香の電話を無視したことは

事実なので、罪悪感がある分、唯香のこの反応にはホッとした。

 

「そう。ならいいけど。さっきのX集落の土地を持っている仲舘っていう神主さん

にお祓いしてもらう話だけど、あれ、やっぱりやめた方がいいよ。断ってさっさと

実家に帰ろう。私も途中まで一緒に帰るから」


 早速いつものように唯香は一方的に決めて、話を進めていく。

 

 ――それは何か企みがあってのことなの?

 ――前は私のことをあんなに心配してくれていたけど、それもフリなの?

 ――本当は愛理の行方も事情もとうに全部知っているんでしょう?


 以前は心配ゆえの行動だと思えただろうこの言葉も、例の写真を見てしまうと、空々しいものに聞こえてしまう。

 だから自然と私の言葉も鋭くなる。


「なんで? どうして仲舘さんに会っちゃいけないの?」


「なんでって……どう考えても怪しいじゃない! 逆探知しているわけでもない

のに佳奈美に直接電話をかけてくるなんて怪しすぎるよ。もう一旦X集落のことは

忘れて、実家に帰ったほうがいい。今なら寮にもまだ人がいるし。私も途中まで

一緒に付いていくから! わかった?」


 唯香はまたもや一方的に結論を下すと、デザートに手を伸ばす。

 これではいつもと同じだ。


 だがあの写真を手にした私は、これで終わらすことはできない。


「ちょっと待って! 唯香は、愛理が今どこにいるのか知っているの?」

「え……?」


 唯香のテンション高めだった声が、一気に低くなる。

 その変化が唯香の心境を如実に反映している気がして、少しだけ私は緊張する。


「……誰からそう聞いたの?」


 答える代わりに、私はあの写真の入った封筒を目の前のテーブルに置いた。

 私と唯香のトレイの間に置かれた無地の封筒を、唯香は虚を突かれたような、

それでいて何かに怯えているような表情で見つめる。


「…………」


 言葉のないまま、唯香は「開けてもいいの?」と尋ねるように、私の表情を確認

するので、私も黙って頷いた。


「……これ、佳奈美のポストに入っていたの?」


 封筒から写真を取り出した唯香は、信じられないという表情で、念入りに封筒と

写真を観察した後、おもむろに私に尋ねた。


「そうだけど。これ、どういうこと?」


 あくまで冷静に私は言った。

 感情的になっても、無駄に揉めるだけだ。


 だが反対に真っ青な顔いろになった唯香は、私の質問など聞こえていないかの

ようにブツブツと独り言をつぶやいた。


「……もう時間がない。今日……は無理だとしても、明日にでも実家に……」

 

 自分に言い聞かせるかのように空を見つめるその様子は、いつもの自信に満ちた

様子はすっかり鳴りを潜め、まるで別人のようだった。

 急激な友人の変化に、私も思わず息を呑む。

 すると今度は、すがりつくかのように私に言った。


「帰省しよう、佳奈美! 明日には出よう!」


 唯香の声はもう懇願するような心の奥底を揺さぶるような憂いを秘めていて、

一方的に進む話に憤りを感じている私でさえ一瞬口を開くのを躊躇ためらった。

 

 でも、言わずにはいられない。

 このままずっと門外漢なんてごめんだ。


 「また説明しないつもりなの? いい加減に教えてよ!」


 今度もなるべく感情は押し殺して言ったつもりだったが、それでもいつもとは

全く違う口調に、食堂の中がその瞬間静寂に包まれた。

 喧嘩でも始まったのかと厨房のスタッフたちも、心配そうにこちらの様子を

伺っている。


「あと少しなのに! どうして余計なことばかりするの!」


 周囲の反応などお構いなしに、今まで聞いたことがないような声で唯香が叫ぶ。

 と同時に、自分のトレイに置いていたナイフを握りしめる。


 それを見て危機を察した私は立ち上がって、後ずさる。

 周囲からは、小さな悲鳴が上がった。


「……これは、違うの。ただ……」

  

 周囲から上がった声で頭が冷えたのか、唯香は持っていたナイフを皿の上に置き

直して、小さく弁解する。   


「……今日はもういいよ」


 さすがに私も話を続ける気持ちは失せたので、そう呟くと逃げ出すように食堂を

後にして、自室に駆け込んだ。 

 

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