終章 誘われる者
第54話 橋姫
切手も宛先も書いていない無地の封筒から分かることは、直接封筒がポストに
入れられたということ。
(誰が何のために、私にこの写真を送り付けてきたのだろう……?)
そして封筒の中に入れられた一枚の写真から、この写真の送り主が私に訴えたい
と推測できることは2つ。
――愛理の居場所を唯香が知っている可能性があること。
――X集落のあの橋を渡った者には、何らかの災厄が降り注ぐことから逃れられ
ない運命であること。
ただし前者は日付と写真に写る二人の服装から私がそう推測しただけで、単に
写真の裏側に日付を記しただけで他意はない可能性もある。
(…………。)
写真の表と裏を試すがめつ睨んでみても、これ以上はこの写真から分かる
ことはなさそうだ。
とりあえず前者はこの写真を持参したうえで直接唯香に問いただすことにして、
問題は後者だ。
「ハシ」が「橋」を意味するなら、X集落の怪異現象の矛先が愛理、その次は
私に向いていると警告しているとしか思えない。
となると、根本的に解決するにはX集落にまつわる曰くを全部把握したうえで、
解決に導くしかないわけで……やはり仲舘氏の助けが必要だろう。
それが無理なら、せめて「橋を渡ったがゆえに呪いを受けたものの、何らかの
方法でそれが解呪できた」という話でも見つけられれば、参考になるのかもしれ
ない……。
考えを巡らせながらコーヒーのお代わりを入れていると、視界の端に大学の総合
図書館で借りてきた本が映った。
そういえば、せっかく借りてきたのにまだ一度も目を通していない。
怪奇現象、いや呪いに該当するかもしれない、今までの一連の非科学的な現象の
ヒントになるような情報が大学の図書館にあるとは思えないが、
……。
…………。
ざっと目を通したところ、さすがに呪いや怪談などオカルトめいた話は無かったが、代わりに参考になる民俗学的な話が幾つかあった。
それによると――橋とは「この世」とあの世などの「他の世界」とを結ぶ大切な
場所で、その橋を守る神は「橋姫」と呼ばれる嫉妬深い性格の女神とされる伝承が
日本各地にあることが分かった。
確かにX集落の橋も、現実世界と神域という「異界」を結ぶ場所だった。
そして神域は、本来「神域の管理者」という特別な人間しか入れない禁足地……
愛理の話だとそうだったはず。
とすると「ハシ ワタリシ モノ ニゲラレナイ」とは、禁足地なのに勝手に
「神域」という異界に渡った愛理と私は、「何者か」から「もう逃げられない」
と警告されているという意味になる――そう差出人は訴えたいのだろうか。
ただX集落の前身である「橋姫の里」の「橋姫」は「なんでも、特に生と死にかかわる願いを聞いてくれる女神」だったが、これは「嫉妬深い女神」とは、大分イメージが異なる。
ならば「橋姫」に関しては、X集落独自の信仰ということなのだろうか。
ちなみに橋姫を嫉妬する女神とする伝承では、嫉妬させた人間には災いをなし、
一度嫉妬させてしまった後の対応には言及されていない。嫉妬させないことでしか、対応できないということだ。
他には、橋姫を女神ではなく、人間の女性が嫉妬で鬼神と変化する有名な話では、「陰陽師に頼る」ことで解決するという展開になっているのだが……しかも稀代の
有名陰陽師、安倍晴明の術により解決するという筋書きになっている。
陰陽師か……。
陰陽師がその卓越した術により解決に導いたという話もほぼ伝説上のものだし、
現代に陰陽師に依頼するというのがそもそもハードルが高すぎる。同じ人外の存在とやり合えるイメージの職業を考えれば、やはりX集落の存在する添山の管理者であり、神職でもある仲舘さんに頼るのが正攻法なのだろう。
色々考えこんだ挙句、ふりだしに戻ってしまったような気もするが、それでも自分で思索して辿り着いた結論だ。先ほどよりも、自分の結論に確信をもつことが出来たのだから、無駄ではない。
少し軽くなった心で窓の外を見ると、いつしか赤みを増した陽の中、運動部たちが威勢の良い掛け声のもと活動しているのが見える。
思ったより、考え事に多くの時間を使ってしまったようだ。
夕食までの間、帰省に備えて少しだけ部屋の片づけをすることにする。
プリントなどを整理していると、愛理と一緒に徹夜で作成したレポートだったり、心霊スポットで撮影した写真が出てきて、その度に手が止まってしまう。
同時に、先ほど届いたあの写真の中の愛理が頭をよぎる。
写真の中の愛理と唯香は、なんだか深刻そうな表情で何事かを話し合っている様子だった。
そう考えると、前の電話の件もあって、心配になってしまう。
思わず写真を凝視したまま考え込んでいると、唐突にスマホが着信を知らせる音を鳴らした。
液晶画面に表示された相手は、唯香だった。
思わずビクリと体が震える。
そうしている間に一度電話は切れて、間を置かず、再び電話がなった。
……。
今はまだ唯香にこの写真のことを、どう切り出すか決められていない。
切り出すと決めた以上、準備はちゃんとしたい。
心は痛むが、私は通話ボタンを押そうとしていた指を離した。
結局その後も電話の着信音は数回鳴ったものの、私が応答することはなく、
それ以降は諦めたかのように静かになった。
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