第52話 確認


「ちょっと待って! それ、本当に一人で行くって言っちゃったの? 

止めた方がいいよ。今からでも断りな!」


 学食中に聞こえそうなほどの大声で、唯香にダメ出しをされる。


 幸いもう夏季休暇に入っていることもあって、いつもは学生でいっぱい

の学食も、今日は人はまばらだ。唯香の大声にも、たいして気に留める人

はいない。

 

 なぜ今唯香も同席しているのかというと、寮の食堂では朝食と夕食しか

提供されないので学食に行こうとしたところ、唯香に見つかってしまい、

成り行きで一緒に学食に行くことになったから。最近ではよくある展開だ。


 唯香は既に朝食を済ませていたのだが、私が一人で学食に向かおうとして

いるのを見過ごせず、一緒に行くと申し出てきたのだ。

 休みが始まっても、唯香の警戒は解かれることはなく、むしろ一刻も早く

帰省しろと急かされる始末。そんなところに、私が先ほどの仲舘氏との電話

の内容を話したものだから、唯香の警戒レベルはMAXに達していた。

 

「お祓いしてくれるって言ってるんだよ。X集落に行ってから起きている、

ここ最近の妙なことも解決するかもしれないでしょ? 上手くいけば、愛理も

帰ってきてくれるかもしれないし」


 期間限定メニューの冷やし中華を口にしながら、私は唯香に反論する。


 そう言いながらも、お祓いの効果については、私自身もそれほど信じている

訳ではない。そもそも愛理の件だって心霊現象だと決まったわけではないし、

仲舘氏自身も「こういう効果があります」とは明言していない。

 ただ何もやらないよりは道が開ける気がする――それだけだ。


「だってお祓いのために、わざわざZ県まで行くの? 遠すぎるじゃない! 

どうしてもお祓いをするっていうなら、大学近辺の神社じゃダメなの?」


 唯香は「お祓い」の効果が云々うんぬんよりも、私がわざわざX集落のあるZ県まで

遠出をすることが、引っかかっているようだ。


「祈禱はともかく、仲舘さんは、X集落のある添山の所有者なんだよ。

しかもどこかの神社の神主をしているって話だから何か知っていそうじゃない?」


 元凶――と私たちが思っている――X集落と縁がある神職であれば、祈禱は

ともかくX集落についての情報や人脈を持っている可能性が高い。

 それにもし祈禱に効果があるのなら、X集落とは無関係の神社に行くよりも、

縁がある仲舘さんによるものの方がより効果が出そうだ……あくまで素人考えだが。


「でもだからって……。それにその仲舘って人、X集落の傍に住んでいるんで

しょう? 祈禱にことよせてX集落に佳奈美を連れて行くのが目的なのかも

しれないよ?」


 やはり唯香はX集落に私が足を再び踏み入れることを恐れている。

 

 唯香の話せないX集落の情報――それはきっと仲舘氏とは別系統の情報なの

だろうが、仲舘氏から直接話を聞くことで現状を解決する糸口が掴める可能性

もあるような気がするのだけれど……。


「それならさ、昼間なら別によくない? なんなら唯香も一緒に行こうよ! 

だって『0』さんもX集落なら会ってもいいって言ってきているんでしょう?

だったら一緒に『0』さんに会いに行こうよ。仲舘さんにも付いてきてもらって!

仲舘さんは地元に詳しいだろうし、神主さんだから尊敬もされているはず。

そんな人が一緒なら大丈夫……」


 我ながら名案だと思った興奮で、思いつく先から言葉が次から次へと溢れ出す。

 手にしていた箸は、いつの間にか止まっていた。


「誰と一緒でも、X集落に行くのは絶対だめ!」


 私の言葉を食い気味に唯香が反対する。

 ハンドルネーム『0』から相変わらず返事がないのも、唯香がここを譲らない

かららしいし、彼女にとってここは絶対に譲れない点なのだろう。

 

 興奮した唯香は自説の根拠を固めるため、仲舘氏自体の信頼性へと問題を

飛び火させる。


「……それに本当に『お祓い』が目的なの? 先方のほうから佳奈美に電話をかけてきたっていうのも怪しいし」


 あのタイミングは確かに驚いたけれど……。

 田舎は人間関係が密だから、電話をとった人の何らかの伝手つてで繋がった

のかなと、そこまで深く考えていなかった。色々有益な情報も得ることが出来たから、無意識のうちに信用してしまったのかもしれないが。


「じゃあお祓いだけしてもらったら、そのまま帰省するよ。X集落に行かなければ

良いってことでしょう?」


 あまりに唯香が強固に反対するから、私も反発したくなる。

 

 電話で話した短時間の間に、あれほどの情報を提供してくれた仲舘氏のこと。

 これで縁が切れてしまうのは、あまりにも勿体ない。

 お祓いだって、本当に効果があるのかもしれない。

 ――だから逆に言えば「X集落に行かない」という条件なら呑んでもいい。


 そう言うと唯香は、少し考えた後、話の矛先を変えた。


「……まだ返事はしていないんだよね?」


 急に声を潜めて、確認するように私に尋ねる。


「うん。でもいつ行くか連絡するのは保留にしているけれど、行くのは前提だよ!」

 

 急に話題を変えた唯香の真意が分からないまま、私は素直に本当のことを告げた。


「……じゃあ、もうしばらく保留にしておいて。ちょっと調べてもらってみる!」


 そう言うと、唯香はどこかにスマホでメッセージを送ろうとしているのか、 

スマホを取り出すと、すごい勢いでフリック入力を始める。


「え……調べてもらうって、誰に……?」


 戸惑う私の声は黙殺し、ひたすらフリック入力に没頭する唯香。

 二人の間に沈黙が訪れる。

 なんとなく気まずくなった私は、トレイに残った麺を寄せ集めては口に運んだ。


 そんな風にしばらく過ごしていると、興奮気味に唯香が叫んだ。


「そんなに長くはかからないようにするって……!」


「あ、うん……」


 なんだか大事になってしまった。

 何も言わずに実家に帰るとだけ言って、Z県に向かえば良かったかな……。


 唯香には悪いが、そんな気持ちも頭をもたげる。

 なにせ実家に帰るまで、あと1週間しかないのだ。


 なんだかんだで、結局また唯香のペースに巻き込まれてしまった……そんな

ことを思いつつ、私は学食を出て唯香と一緒に寮の自室に戻る。


 窓の外は、なんだかそのまま外に出ないことにはもったいないくらいの

青空だが、寮にいる間にネットや本で調べたいことがある私は、大人しく自室で

過ごすことにした。

 唯香も落ち着いた場所でやらなければならない用事があると、自室へと戻って

いく。


 私にとって大学生初めての夏季休暇は、こうして静かながらも波乱の予感を

感じさせる幕開けとなった。


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