第51話 約束


「……つまりX集落は『中平國風土記』でA氏がインタビューで

語っていた『橋姫の里』に興味をもった人たちが寄り集まって

造られた集落――ということですか?」


 私はあえて「A氏の妄想」というワードは使わず、スマホの

向こうの仲舘氏に確認した。


「そうです。だからX集落の歴史は終戦後に造られた、比較的

新しいものなのです」


 私の質問に仲舘氏は、はっきりと断言する。

 となると、A氏の言う遥か昔から存在し人々の願いを叶えてきた

という『橋姫の里』とは大分イメージが異なってくる。

 

 ――いや、でもA氏の話の中には、愛理から聞いた話と共通する

ものがあった。


 神域の管理者が一家心中した後、集落の中で人が死んだりする等

奇妙なことが続出したこと。

 そしてそれが理由で、集落の住人たちは集落を離れてしまったこと。


 これらの共通点は、単なる偶然の一致ということで片づけられる

ことなのだろうか?

 偶然というには、あまりにも不穏で一般的ではないシナリオだ。


 そう尋ねると、仲舘氏は「ああ、そのことか」と、またもや嘆息

混じりに説明してくれた。 

 

「X集落に集まった人たちの共通の文化が「中平國風土記」でAが語った

ことだと説明しましたよね。そして集落の人間たちは互いの素性は話さ

ないし、話せない者が大半。となると、はじめは仮初かりそめの物語であると

承知している第一世代の者たちだけの集落も、世代交代していくうちに、

それが真実だと妄信してしまう者も登場するわけです。橋姫を奉る社と神域、

それを崇める宗教、そういったものまでどんどん再現されていきました」


 村おこしでもイベントでもないのに、再現されていく「造られた伝承」

――それが本当であれば、もはや洗脳に近い状態なのかもしれない。

 そんなことって本当にありうるのだろうか。


「でも、そんな……空想が現実を侵食するようなことが……」


 お金や生活に起因する現実的な必要性がないにも関わらず、架空の

話をわざわざ再現する理由が分からない。時間や手間、お金だってかかる

だろう。


「閉ざされた空間で一から人間関係を作るには、共通の精神的基盤がある

方がやり易いのですよ。そこに真偽は関係ない。ただ存在し続けることに

意味があるのです。そもそもその原型を目当てに全国から集まって来た人

たちなのですから」


 仲舘氏はそう力強く答えるが、そうだとしても「事実ではない」と

告げられたストーリーをいかに団結するための手段だとしても、そうまで

して再現しようとするものなのだろうか?

 A氏がインタビューで話した「橋姫の里」の話もにわかには信じられ

なかったが、この話だって荒唐無稽こうとうむけいな話だ。


 ただこの仲舘という男性が断定口調で話すので、もっともらしく聞こえて

しまう。途中で私を責めるようなニュアンスの言葉もあったので、引け目を感じる分、穏便に事を進めなくてはと直感的に判断しているのかもしれない。


 でも、それなら――。


「そ、それなら、そんな共通の文化で結束しているX集落が、どうして

無くなってしまったんですか?」


 愛理と私が訪れたX集落は、紛れもなく廃集落だった。

 廃屋や社、橋は残されていたけれど、人が住んでいる痕跡はなかった。 


「造られた悲劇が、現実のものとなってしまったのですよ……。あなたも

あの本をお読みになったのであれば、ご存知でしょう? Aが『橋姫の里』

を抜け出した理由ですよ」


 愛理がSNS上で仕入れたというX集落の悲劇は「橋姫の里」ではなく、

本当にX集落で起きた事件だったのか……!


「で、では、中平國風土記でA氏の語ったように、X集落では神域の管理者

のご一家が実際に亡くなり、その後に怪奇現象が続いたってことですか?」


「ええ、まあ。有体ありていに言えば、そういうことになります。

そのため何も知らない部外者が立ち入らないようにと、無駄に興味を惹か

ないよう色々と手を尽くしているのです。それでもあなた方のように、

X集落を訪れてしまう物好きな方を完全に排除することは難しいのですが」


 もしかして、私、またディスられた?

 ……でもまあ、そういう事情なら仕方がないか。  

 勝手に危険地帯に入って、怖い目に遭ったから助けてくれ――という

ことなのだから、虫が良すぎると思われても当然だ。 


「でも入ってしまったものは仕方がありません。あなたにこれ以上禍わざわいが訪れる前に、ご友人の帰還も含めて、私が祓ってしんぜましょう。

これでもかつては添山の主であり、代々神職も務めてきた家系。

効果はあると思いますよ」


 オカルトマニアになって初めての展開だ。

 しばしば怪談には「知り合いの住職」だったり、「偶々知り合った

神社の宮司」だったりが霊能力を持っていて、「必要な処置」をして

くれるという展開が多く出てくるが、ずっと違和感を覚えていた。


 普通に生きてきて、そういった方面の人たちと親しくなることなんて、

まずない。だから現実味がないと内心思っていたからだ。


 だから愛理と私が心霊スポットから帰ってきた際には、とある神社に

祈禱きとうを受けに行くが、これも厄除けのおまけみたいな感じでやって

もらっているものに過ぎない。本気で「心霊現象を祓う」祈禱は受けたこと

がないのだ。


 そのため仲舘氏の提案は、私の好奇心を大いにくすぐった。

 

 結局私は、好奇心に誘われるまま、私は仲舘さんの連絡先を教えてもらい、

行く前に連絡をする約束をして電話を切った。

 あと1週間しかない。

 寮で過ごす夏休みのほとんどを使ってしまうかもしれないな――そう思い

ながらも、私は想像以上の収穫に胸をおどらせていた。


 快晴の空の下、外ではもうせみうるさいくらいに鳴き始めている。

 あと1週間――出来れば愛理の行方まで突き止められるといいのだけれど。

 そう思いながら、私は身支度を整え、遅い朝食を取るために自室を後にした。

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