第49話 添山の所有者
――どうやって私の電話番号を特定したの?
しかも短時間で!
脳内で様々な疑問がグルグルと回る。
まさか向こうから電話がかかってくるなんて予想もしていなかったので、
私はスマホを握ったまま固まってしまった。
出張所と法務局にしか電話をかけていないのに、どうして……?
「……もしもし?」
確認を求めるように男性の声が再度スマホから聞こえてきて、ようやく私は
声を出す決心をした。
「……はい」
悪いことをした訳でもないのに、得体のしれない緊張感で身がすくむ。
「私は添山の所有者の
者を調べているのですか?」
相手はあくまで淡々と話を進めているのに、気後れしているせいか、私には
威圧的に聞こえてしまう。
「普通はやっぱり不動産売買を考えている人が連絡を入れるんだろうな……」と
思うと、なかなか理由を言い出しにくい。非常識な人間だと思われないだろうか――と心配になり、話し方もしどろもどろになってしまう。
「え……と、私は『中平國風土記』という本を読んで、本に出てくる『橋姫の里』
と現在のX集落が同じ場所なのか気になって……それで、その……所有者の方なら
何かご存じではないかと」
要領を得ない話し方になってしまったが、嘘は吐いていない。
しかしこの電話の相手が「中平風土記」や「橋姫の里」などの言葉を知らなければ、私の話はまるで通じないだろう。
それに本に出てきたからって、山の所有者を探してまで尋ねるなんて、常軌を
逸していると思われてしまったのではないか?
もっと要領よく体裁が整った説明を事前に準備しておけば良かった……。
言ってしまってから、ちょっと後悔する。
「中平國風土記……なるほど、それで」
しかし意外なことに、相手は本の名前で合点がいったのか、それ以上の説明は
求めてこなかった。むしろそれは承知したからと言わんばかりに、更なる質問を
私にぶつけてきた。
「それでは『X集落』については、どこでその名前を?」
ウッと私は詰まってしまう。
X集落の話を最初にネットで発見したのは愛理で、私は愛理から又聞きしただけ。しかもそのX集落自体、愛理は地図アプリで集落らしきものがあると事前に話していたが、私が地図アプリで確認した時には「X集落」という名前は見当たらず、ネットの海の中に「X集落」に関する情報も見つけることは出来なかった。
「……えっと、ネットで友人が見つけて」
私はかいつまんでネットで見つけたX集落に、友人と二人で訪れたところ怪現象に見舞われ、帰ってからは友人が行方不明になってしまったことを話した。
X集落のある添山の所有者に、無断で添山に入ったことを告白するのは、正直
かなり勇気がいることがではあったが、それでも正直に話さないことには話が前に
進まない。そのため思い切って正直に打ち明けた。
「……X集落に行ってしまったのですか?」
案の定、仲舘と名乗る相手の男性は、X集落に足を踏み入れたかを確認してきた。
やっぱり不快に思ったんだろうな……訴訟とかになったらどうしよう……。
不安に思いつつも、ここまで来たら下手に隠した方が問題になりそうだ。
徹夜のテンションのまま、正直に答えた。
「すみません……はい。私有地とは知らなかったもので……」
「中平國風土記」の記載のとおり今も私有地というのであれば、私と愛理は
無断で私有地に侵入したことになる。
途中までは国道だったのだから通っても良かったはずだが、途中から私道に
なっていたのかもしれない。
権利関係には疎いから気づかなかったが、所有者的には良い気持ちにはなら
ないだろう――そう私は覚悟していたのだが、相手の反応は思いがけないもの
だった。
「よく分かりました。私は何もX集落に行ったことを
穏やかな口調でそう話すと、添山の所有者であるという男性は、自分は添山の近くにある橋立神社の神主であり、X集落に関する災いであれば、力になれるだろうと言ってくれた。
ホッとした私が安堵のあまり「すみません、ありがとうございます」と繰り返すと、男性は「いえいえ、もういいですよ」と言って反対に慰めてくれた。
正直この段階で私は当初の目的を忘れかけていたのだが、私が落ち着くのを待って男性の方から本題に戻してくれた。
私が知りたいと思っていたX集落と橋姫の里が同じものなのかという疑問に対して、決定的な一言を口にしたのだ。
仲舘と名乗る添山の所有者は言った。
「X集落は、言うなれば、Aの妄想が創り出した集落なのですよ」
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