第48話 見知らぬ電話番号


 夜中までたっぷり眠ったせいか、それとも「中平國風土記」の想像以上に興味を

惹く内容に興奮していたせいか、朝になってもまるで眠気を感じない。

 一種のハイな状態になっているようだ。

 せっかくなので私はこのままのテンションで、一挙に気になることを調べること

にした。


 テストが終わり夏季休暇に入ったものの、時間にはそれほど余裕がある訳では

ない。一週間後には帰省する予定を立てているから、それまでには区切りを付ける

必要がある。これはX集落に関する出来事がある前から、両親との間で約束していた予定だから変更は出来ない。

 だから限られた時間内で、こちらで出来ることはやっておきたい。


 シャワーを浴びて身支度を整えると時計が9時を過ぎるのを待って、私は電話を

かけた。

 相手はZ県の添山そえやまのある鳥追山地域を管轄する市の出張所だ。


 市役所の総合窓口も考えたが、鳥追山地域にある出張所の方が職員も地域に

ついてより深く知っていそう――いや、知っていて欲しいという願望を含んだ

理由から相手に選んだ。


 私は、まだ大学1年生。世事には疎い自覚がある。

 本来なら目的に合致する情報を集約している行政機関があるのだろうが、ネット

で調べてみても正直合っているのか分からなかったので、まずは最も身近な行政

機関からあたってみることにしたのだ。


 平日昼間にかけた電話なので、すぐに職員らしき女性が電話に出てくれた。


 「個人情報についてはお答えできません。不動産の所有者を特定したい場合は、

法務局にご連絡してください」


 個人情報についての対応は予想通りだし、連絡すべき行政機関も教えてくれた。

 まずまずの出だしだ。

 だが……。


 法務局――名称からして、大学生が連絡をとるには敷居が高そうな印象を受ける。

 私はスマホを見つめたまま、しばらく逡巡しゅんじゅんする。

 

 ――でも私に残されたのは一週間。

 実家に戻れば、それなりに用事が出来て、X集落に関することに集中は出来ない

だろう。

 

それにただでさえ県外の大学への進学は、両親ともども気乗りしない様子だった

のに、今X集落を訪問して面倒なことに巻き込まれていることを知れば、心配の余り実家に戻されてしまうかもしれない。


 ここで無駄に躊躇ちゅうちょしている暇はない。


 気を取り直した私は勇気を出して、その地域を担当する法務局をネットで調べて

電話をかけ、山の所有者を調べる方法を教えてもらう。

 すると地番という土地の住所を示す番号はネットで調べるサービスがあるが、地番に基づいて山の所有者を調べるには、やはり個人情報なので、法務局に出向いて登記を閲覧させてもらうことで確認することしかできないと教えてもらった。


 予想以上に手続きが面倒だ。

 添山のある鳥追山地域は公共交通機関がかなり限られているので、自動車免許の

ない私が現地まで行って資料を閲覧させてもらうというのは、時間とお金がかなり

かかってしまう。

 一週間以内に現地に飛んで所有者を確認し連絡を取った上で、愛理の行方を捜すというのは、現実的にかなり難しい。


 困ったな……と私が次の一手を考えあぐねていると、知らない番号から電話が

かかって来た。

 

「え……誰だろう?」


 このタイミングで電話をかけてくる間の悪さに苛立ちを覚える。

 携帯電話の電話番号なので大学事務局からとは考えにくいが……。


 もしかして愛理がまた……?


 普段愛理が使う携帯電話の番号ではなかったが、何らかの事情があって他の

携帯電話からかけているのかもしれない。

 一縷いちるの望みをかけて、私は電話に出た。


「先ほどから添山の所有者について調べている方、ですよね?」


 自分の父親よりも年配らしき男性の声が、スマホの向こうから重々しく

聞こえてきた。

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