第46話 託された手紙


 X集落と橋姫の里に共通するもの――これは単なる偶然の一致として

片づけられるものなのだろうか。


 にわかには信じられないような話を、つらつらとA氏は並べていく。

 そしてその傾向は、インタビュー後半になって一層顕著になった。


Y 「それは……まさに怪奇現象、はたまた探偵モノの推理小説かといった

   事件ですね。逃げ出したくなる気持ちはわかります。しかし長年『橋姫

の里』で暮らしていたのに、よく 逃げ出せましたね?」

 

A氏「里は、外界とはことわりがまるで違う。いつ殺されるのか

分からない恐怖と戦い続けるのがたまらなくて、俺は逃げるしかなかった。

2日2晩山を彷徨さまよい続けて、ようやく人家に辿り着いた」


Y 「こちらの世界に帰ってきてから『橋姫の里』に戻りたいとは思わなかった

のですか?」


A氏 「あの夜の前だったら、いつまでも里に居たいと思っていただろうさ。ただ

    そうだとしても、それは誰かに用意された日を無為に過ごしていくだけの

人生だったのだろう――この世界に戻ってきて思い知らされた」

 

Y 「こちらの世界に戻ってから、改めて知ったことがあったのですね。他にも

  『橋姫の里』について、こちらに戻ってから知ったことはありますか?」


A氏 「橋姫の『橋』っていうのは、この世とあの世を渡す橋って意味で、橋姫が叶

   えてくれる願いってのは、もっぱら人間の生死に関わることらしい。


   そしてそれは一部の人間だけが知る秘密ゆえに、外部からの干渉を排除する

   ために『隠れ里』の話を流布させていたっていうのが真相らしい。

   

   俺が東京の自宅から姿を消したのも、おそらくは俺が外界で生きていることを

   良しとしない人間たちが橋姫様に願ったものだ。

  

   ――信じられない話だとは思うが、母親が叔父夫婦に託した遺書には、そう

   書いてあった。


   俺自身知らされていなかったが、俺はさる高貴な方と母親との間にできた子

   で、母親はその方に知らせることなくこっそり俺を生んだらしい。高貴な方の

   実子が亡くなったことから、俺の存在を探り当て、疎ましく思う奴らが橋姫

   に頼んだのだろう。


   ――少なくとも母親は生前そう思っていた。それが真実かどうかは分からない

   がな」

 

Y   「貴重なお話をありがとうございます。では最後に、改めて今『橋姫の里』

   についてどう思っていらっしゃいますか?」


A氏 「俺は逃げ出したから、あの里が今どうなったのかは知りようがない。

    添山って山の中にあることくらいだ。


     だが母の遺書によると、人の生死を橋姫に願い、それを叶えてもらう場と

    して、橋姫の里は遥か昔から存在し、一部の人間だけがそれを知っていた。

    人の生死を叶えるということは、人の人生を変えちまうってことだ。

         

    俺はたいした夢や希望があったわけじゃないが、顔も知らない奴らの願いの

    ために、人生が大きく変えられた。今じゃ、ずっと里にいたもんだから

    すっかり一文無しで、家族も絶えた。意図的に変えられた人生は 立て直す

    のが難しい。あれは偽りの桃源郷だ。だからこうしてあんたらに話をしよう

    と思ったんだ」


 これでA氏へのインタビューは終わっている。

 インタビュー記事の次のページには、A氏が持参したという母親からの遺書を撮影

したものが掲載されていた。


 知性と品格を感じる美しく流れるような文字で書かれた遺書は、上下に花をあしらった上品な便箋に書かれていて、A氏の語った「高貴な方との間に……」という話の信憑性が増す。


 この手紙を書いたA氏の母親は、どんな気持ちで突然姿を消した息子を待っていたのだろう。事情を知っているからこそ、内心穏やかではいられなかったはず。


 自らの死を目前にして、息子を案じながら遺書を叔父夫婦に託し逝ってしまった

母親――そんな母の姿を後になってから聞かされた息子A氏の悔しさは、いかばかりか。


 A氏の述懐では、姿を消した者と待っている者の思いが交錯する。

 そしてそれは突如行方が分からなくなった愛理と私、そして唯香とも重なり、

私はなんとも言えない気持ちになった。

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