第45話 「隠れ里」の名
山中に身を潜めざるを得ない人々――どんな人たちだったんだろう?
そして身を隠している割には、町では羽振りの良さを隠そうともしない――
それがなんだかアンバランスに思えて一層謎が深まる。
次から次に出てくる疑問に眠気を忘れて考え込んでいると、何度目かわからない
アラームの音が鳴り響いた。
本の続きが気になって、先ほどから何度もアラームが鳴っては消すを繰り返して
いたのだ。
おかげで気づけばスープから立ち上る湯気はすっかり消えて、ラーメンは見た目にも分かるほどすっかり伸びきってしまった。
しかし捨てるのは、もったいない。
ラーメンを食べてから続きを読むことにして、私はいったん本をデスクに置いた。
ほぼ義務感のみでラーメンを
自業自得とはいえ、生ぬるいラーメンはなかなかの不味さだったが、それも気に
ならないほど、私は本の続きが気になって仕方がなくなっており、こうして食べて
いる間もあれやこれやと頭の中を想像が駆け巡る。
早々に食べ終わって食器を片付けると私はすぐにデスクに戻り、目次からインタビュー記事が掲載されているページまで飛んだ。
***
インタビュー記事は、Y君がその協力者――仮名でA氏と記されている――に
尋ねる形で始まった。
Y 「まず最初にAさんは、もともと鳥追山地域に住んでいらっしゃったの
ですか?」
A氏 「いや俺は生まれも育ちも東京だ。母方の実家は鳥追山地域にあったが、
そこにも行ったことは数えるほどしかない」
Y 「ご自身と鳥追山地域とはあまり縁がなかったのですね。それでは
『隠れ里』の伝承についてはご存知でしたか?」
A氏 「母から聞いて知っていた。そういった一般に知られている伝承だけで
なく、その裏の意味も含めてな」
Y 「裏の意味とは?」
A氏 「伝承では『隠れ里』とだけ呼ばれているが、地元、いや一部の高貴な身分
の人間たちは、『橋姫の里』と呼んでいる。桃源郷という意味ではなく、
頼めばどんな願いも叶えてくれる『橋姫』との橋渡しをしてくれる場と
して知られているのだ」
Y 「橋姫……初めて聞いた言葉です。実在する人物なのですか?」
A氏 「橋姫は、いわゆる女神だ。といっても、土着宗教の祭神としてだが。
だから人間ではない」
Y 「どんな願いも叶えてくれる……にわかには信じられませんが、
それは本当ですか?」
A氏 「ある種の願いは必ず叶えてくれる。それは本当だ」
Y 「Aさんも願いを叶えてもらいに『隠れ里』、いえ『橋姫の里』に行った
のですか?」
A氏 「いや、俺はそんな大それた願いなんてないし、払える代償もないからな。
俺の場合は、東京の自宅で意識を失い、気が付いたら『橋姫の里』にいた」
Y 「それで、どのくらいの期間『橋姫の里』に滞在していたのですか?」
A君 「10年以上は住んでいたと思う。あの里では俺は、完全に『外界』とは隔絶
されていて、カレンダー1つなかったからな。あくまで体感だ。だから
そこら辺は曖昧になっちまう。すまないな」
Y 「なるほど。こちらの世界とは隔絶されているんですね。それでは『橋姫の
里』はどんな場所でしたか?」
A氏 「居心地の良い場所だ。逃げ出そうとさえしなければ、決められた仕事
をするだけで、たらふく飯は食えたし家も一軒家を与えてくれる」
Y 「それなら、どうして『橋姫の里』から逃げ出したのですか?」
A氏 「ある夜を契機に、里中で呪われた……としか思えない程、おかしな
ことが続出し、次々と人が死んでいった。それで命の危険を感じた俺は、
命からがら里から逃げ出したんだ」
Y 「『ある夜を契機に……』とのことですが、その夜に何か変わったことが
あったのですか?」
A氏 「ああ、忘れもしない。あの夜――祭主が一族を手にかけ、自身も
自害したんだ。 祭主は『橋姫』と願い事をする人間の橋渡しが出来る
唯一の人間だったから、里中が大騒ぎになった」
あれ、この話……。
ここまで読んで、私はあの日、X集落に向かう車での愛理との会話を思い出した。
『怪奇現象は――お金に困った神域の管理者が門外不出のモノを外部に持ち出したことで、神の呪いを受けて橋のたもとで家族を道ずれに心中してしまってから起こるようになった。
その日以来集落でも、橋を中心に不気味な怪奇現象が頻発したため、数少ない集落の住民も他所へと引っ越さざるを得なかった。その結果、X集落は、廃屋の集う呪われた地になってしまった――』
「祭主」を「神域の管理者」に代えれば、愛理がSNSで知ったという話と符合
する。
――これは偶然なの?
迫りくる闇を本能で感じた私の背中に、ゾワッと寒気が走った。
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