第44話 協力者


 記憶が抜け落ちていないか確かめるために、もう一度X集落までの行程を

脳をフル回転させて思い出す。


 なにせ半日がかりの行程で、訪れたのも一度きり。

 そのため地図上で「X集落の場所はここだ!」とピンポイントで指し示す

ことは難しかったが、道中通りがかった道の駅や、ひなびた観光地が

目印となり、おおよその位置は分かる。

 記憶が曖昧な部分はすべて候補に入れるとしても、やはりX集落は添山そえやまの奥深くに位置するはずだ。

 

 山の名前が歴史の波により洗い流されてでもいない限り、隠れ里伝説のある

添山にX集落があることになる。

 パソコンの画面に映る鳥追山地域を示す地図をにらみ、私は思案する。


 もちろん1つの山に複数の集落があることは十分考えられるし、隠れ里自体が

添山を舞台にした完全に空想の産物である可能性もあるのだけれど――。


 

 それにしても同じ鳥追山地域が舞台とはいえ、執筆者はどうして「隠れ里」伝説

の原型が添山にあると推測したのだろうか。


 先ほどの添山に関する記述が真実であり、私有地ゆえに他者を遠ざけたいからと

いうだけで「隠れ里」の伝承を作り上げたとすると、合点がいかない。

 隠れ里というファンタジックな民話の形式で警告するよりも、私有地であり禁足

地であると率直に伝える方が、効果的なはず。

 あえて不気味な「隠れ里」伝説をつくる必要なんてない。

 

 そう考えると、「添山」と「隠れ里」を結びつけるのは無理があるような気がしてしまう。門外漢の私でさえこう思うのに、どうして執筆者は、両者を結びつけたのだろうか?


 執筆者の名前を確認すると、この記事を執筆したのは郷土史家が情熱的な青年だと褒めていた共同執筆者の「役場のY君」らしいが……。

 

 気になって更にページを読み進めると、「Y君」の推察について、その論拠が書かれていた。


『我ら市井しせいの民からすれば、「隠れ里」というのは浪漫ろまんを感じるものであれ、講談や昔話などにしか登場しない非現実的なものであると私も思っていた。だがこの本を上梓するにあたって調査を実施した際に、噂を聞きつけた人物が隠れ里が実在することを語ってくれると名乗り出てくれた。彼の貴重な話は、この本の後半部分にて紹介する所存である……』


 添山は古来ある一族が所有していた禁足地であること、そして添山にある里は常に栄えていたことは、この自ら名乗り出てくれた協力者から得た情報をもとに、Y君が裏取りをしたようだ。そしてその結果、Y君は「隠れ里」がイコール添山の里であるという推測に至ったという訳だ。


 唐突に登場したこの協力者は、なぜ長年一般の人が知り得なかった秘事を承知し、なおかつ世間に知らしめようとするのか――。

 この人物が執筆者に協力する動機も人となりもこの時点では判然としないので、

その話に信憑性があるのか怪しく感じてしまう。


 しかし「Y君」は読者が不信感を持つことなどとうに見抜いているとばかりに、

この協力者がどういう立場で「なぜこの話を表沙汰にしようと思ったのか」について聞き取ったことをちゃんと書き記している。

 Y君は相手の要望を先回りして叶えられる、随分と気が利く人物のようだ。


『俺は君たちのいう隠れ里にて、長年過ごしてきた者である。不本意な理由により

ここに送られし立場ではあるが、里の暮らしは心地よく、不満もなく過ごしてきた。その間、外界は大きく世相変化せりと聞き、驚愕しきりの次第である。その余波は

いよいよこの里にも迫り、急激な変化を余儀なくされている。命の危険を感じた私は里からの脱出を試み、こうしてそなたらに里の実態を話すことにした。今後何人たりとも、たとえ相手が神であろうとも、自らの意思に背いてその生を歪められぬように』

 

 この協力者は隠れ里に長年暮らしてきた人物であり、隠れ里がおとぎ話の類では

なく実在することを証明する生き証人だった。


 「物語」が現実とリンクする――予想外の展開に、私は思わず息を呑んだ。

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