第43話 添山の里


 テスト期間終了まで、後2日に迫った日の午後。


 奇しくも先輩から不審者の話を聞かせてもらったカフェテリアで、唯香と

二人でテスト勉強をしていた時のことだ。

 大学の総合図書館からZ県の県立図書館から本が届いたことを知らせる

メールが届いた。


 「図書館か……」とあれほど待ち望んだ本が届いたというのに、いざスマホ

に届いたメールの通知を見ると、先輩から聞かされた不審者の話が思い出されて、

億劫おっくうな気分になる。

 まだ昼間で人も多いと分かっていても、足がすくんでしまう。

 自分で自覚していた以上に、不審者の存在は私に大きな影響を与えていた。


 ここはちょうど目の前にいる唯香に事情を話して、受け取りに付いてきて

もらうことにしよう――と安易に思いついたものの、私がX集落にかかわることを

極端に嫌がる唯香のこと。

 Z県の県立図書館からわざわざ本を取り寄せたなんて話したら、また怒るかもしれない……。


 戦々恐々せんせんきょうきょうとしながら事実を打ち明けると、意外にも

「なんでまたそんな本を……?」と珍しく困惑しているような反応で、こちらが拍子抜けするほど、すんなりと図書館まで付いてきてくれた。 


 快晴の空の下キャンパスを歩いていると、薄暗い物事などこの世には存在しない

かのように、何もかもが明るく輝いて見える。その中でも総合図書館の白い建物は

ひときわ煌めき、テスト期間中ということもあって普段以上に学生で混雑していた。


 唯香とともに一応周囲を警戒するが、どの学生も手元のレジュメや本に夢中で、誰もこちらに注意を払っている者はいない。念のため、窓ガラスの向こうの薬用植物園の様子も確かめたが、特に怪しいものは見当たらなかった。


 ようやく安心した私は、唯香に傍で待っていてもらって、カウンターへ向かう。

 自習目的の学生ばかりなので、カウンターに座っている職員は時間を持て余して

いたのか、すぐに手続きを開始してくれた。


 せっかくなので届いた本の貸し出し手続きのついでに、私は他の著者の手による「隠れ里」に関する情報が載っていそうな本も借りる手続きをした。


 これはネットサーフィンで身に着けた付け焼刃の知識だが、文学や民俗学などでは「隠れ里」というのは、私の想像以上にポピュラーなテーマらしい。そのため他の

地域の「隠れ里」と比較するために借りることにしたのだ。


 手続きは10分もしないうちに終わり、唯香とともに次の授業へと向かう。

 当然この授業でもテストがあるから気は抜けない。


 テスト期間終了まで、あと2日。

 その間、持ち込み不可のテストにレポートの提出もある。

 あと2日。それさえ済めば……。

 今すぐにでも本を読みたい気持ちを無理やり抑え、私は机に向かった。


***


 長かった試験期間がようやく終わった日の午後、私は気力を振り絞って

なんとか部屋着に着替えると、そのまま自室のベッドに倒れこんだ。


 テスト期間最終日の試験は暗記一発勝負のものだったので、ほぼ徹夜で

勉強していたのだ。

 テスト前に考えることが多かったせいか、頭に残っていない授業内容が

結構あって、復習するのに予想以上に時間がかかってしまった。


 だからもう夕飯を食べることすら忘れて爆睡した。

 朝食も昼食も食べていなかったのだから、本当は空腹のはずなのに、

それすら忘れてひたすら眠った。


 そして気絶するように眠っていた私が目を覚ますと、時刻はもう夜中の12時

を過ぎていた。自室へ帰ってきたのが18時ごろだったから、6時間近く熟睡して

いたようだ。寮の中もすっかり静まり返っている。


 グー。


 自分でも忘れていた空腹を身体が自ら教えてくれて、私はようやくほぼ丸一日

何も食べていないことを思い出した。

 非常食用に買っておいたカップラーメンでも食べようかと用意をしていると、

ダイニングテーブルの上にいつでも読めるように置いてあった図書館の本が目に

留まる。


中平國風土記なかだいらこくふどき


 厳かに達筆な金色の筆文字でタイトルが書かれた表紙は、ワインレッドの布

クロスを使った高級感のあるもので、執筆者たちのこだわりを感じる。


 明日からゆっくり腰を据えて読み始めるつもりだったが――。

 好奇心に負けた私は――カップラーメンが出来る3分待つ間だけに少しだけ――

と自分に言い訳をして、手に取った重みのある本の表紙を開きそのまま読み進めた。  


 まずは目次を確認する。


 前に読んだ本の著者である郷土史家が宣伝していたように、鳥追山地域の文化・

風土をメインテーマにしており、その中でも一押しの特色として「隠れ里」を

クローズアップするという構成だった。

 具体的には、前半部分は鳥追山地域の自然環境や風習、名産品や食文化など地域

の紹介となるような内容が並び、後半部分に「隠れ里」について一般的な伝承から、

元となったと思われる話とその考察、最後にはインタビュー記事まで付いていた。 

 執筆者たちが「隠れ里」に並々ならぬ関心を持ち、情熱を注いでいることが分かる構成だ。


 隠れ里の元となったと思われる話――。

 気になった私は、すぐにそのページへと飛ぶ。

 ページをめくっている間に、タイマーが3分が経過したことを告げる音を鳴らしたが、即座に切って先を読み進める。

 

『調査したところ、鳥追山地域にある添山そえやまが古来ある一族が所有し、

禁足地としていたという事実を見つけた。ゆえに市井の者が山中に入ることは禁じ

られていた。所有者とどういう関係なのかは不明だが、その添山の中には里があり、その里の人たちは、どんなに飢饉の年であっても羽振りがよく、決して飢えることはなかったという。それが隠れ里伝説の原型になったのではないかと考える――』


 添山――。

 急いでネットでX集落のあった場所を地図アプリで検索する。

 アプリでは表示されないので、X集落に行った時の記憶を頼りに慎重に場所を特定する。


 ――やっぱり!

 X集落は、添山の奥深くに位置していた。

  

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